第31話『この残酷な世界で脳戦士は少女に問う』

翌日、12月15日水曜日。

 放課後

 地上庭園の隠れ家にまた神が来た。

 いつものように落ち着いた雰囲気ふんいきはなく、焦ったように飛び込んできた。

「クサナギはいるか?アヤでもいい」

「!おっと。どうしたんですか?」

 そんな神に驚いた僕は、持っていたコーヒーカップを取り落としそうになった。

「今日、君の学校の生徒で何か変わった様子の者はいた?」

「いや、特に変わった人は...」

平岡ひらおかさきという生徒がいるのは間違いないよね?」

「はい、確かいたと思います」

 本当に、多分いたんじゃないかな。くらいの認識だ。目立つ方じゃないけど、同じクラスだから記憶にはある。

 僕はどちらかと言えばクラスでも真ん中にいるタイプの人間だから他人と関わることは多い。だけど平岡さんとはあまり関わったことがない。理由は、平岡さん自身が、あまり他人と関わるタイプではなかったからだ。とはいえ、彼女も大切なクラスメートだ。が、神の報告は、その考えをボロボロに打ち砕いた。

「その人が脳獣にやられてしまった可能性が高いんだ」

 今度こそ僕はコーヒーカップを取り落とす。僕の耳にコーヒーカップが砕ける音が響く。飛び散ったコーヒーが神の服にかかった事に気づいた僕は

「あっ、ごめんなさい『想像治癒:改』」

 と新たな力を使う。砕けたカップは元に戻り、こぼれた中身はカップの中に戻る。バイヤに教えてもらった『想像治癒』の進化版。自分以外の物を想像で直す力。二日だけだったけど、だいぶ習得できた。しかし、技の出来に喜んでいる場合ではない。

「それは『想像技法』の『想像治癒:改』か、上手いじゃないか。頑張れよ。それと、調査及び捕獲または退治よろしく頼むぞ」

「…はい」

 僕にはやるべき事がある。


翌日、12月16日木曜日。

 朝、登校してすぐに僕は平岡さんに話しかける。

「こんにちは、平岡さん」

「こんにちは、珍しいわね。あなたが私に話しかけてくるなんて」

「ああ、気にかけてほしいって『』に頼まれたもんで」

「なるほど、ワンランク下がったあなたは『』というわけね」

 彼女は意味深に笑う。これではっきりした。『平岡咲は死んだ。ここにいるのは平岡咲の体を奪った殺人脳獣だ』僕は神に定期連絡を送る。と言っても言伝をサスケに頼んだだけなのだが、情報の伝達スピードなら他のどの脳獣にも負けない忍者サスケはすぐに帰ってきた。

「[分かった、引き続き調査を頼むよ]とのことでござる」

「ありがとう」


 昼休み

「平岡さん、放課後、体育館裏に来てくれるかな?」

「私のことが好きなの?告白だったら今この場でしてほしいんだけど」

 茶化すような偽平岡さんの言葉に、僕はきっぱりと告げる。

「いや、大っ嫌いなんだ」

「そう…」


 放課後

「来てくれてありがとう」

「なんのことだか知らないけど、私忙しいの、早くしてくれない?」

「分かった。君がその体を出て、僕に退治されてくれれば終わるよ」

「ごめんなさい、

 と彼女はやけに強調して言った。

「なら仕方ない。クサナギより申請,強制入場,千の塔,100階,円形闘技場」



 この世に起こる不可解な出来事は、脳獣を用いれば全て説明がつく。

『霊感がある。ということは対脳獣感覚を持っているということ』

『霊が見える。ということは対脳獣視覚を持っているということ』

『霊の声が聞こえる。ということは対脳獣聴覚を持っているということ』

『変な匂いがする。や、何かが触れたような気がした。も、それぞれの脳力を持っている人に、持っているが故に起こるもの』

 昔から伝わる怖い話は、いずれも当時にしては珍しく上記の『脳力』を持っていた人達が見て聞いて嗅いで触れて感じた実体験である事がほとんどだ。しかし、その話たちに出てくる彼彼女かれかのじょはみんな脳獣だ。何も恐れることはない。

 例えば昔、こんな話がある。とあるおじさんが、知らぬ内に、草で足を切ってしまったことがあった。そのおじさんはその事を妖の仕業として脳獣『鎌鼬かまいたち』を作った。そして時はとび、鎌鼬は一人の『対脳獣触覚』を持つ少年を傷つけてしまう。しかしその少年は脳獣のことなど知らず、ただ何もしていないのに自分の足に出来た傷を見て、悲鳴を上げた。それを、怪談話として友達に広めた。その少年が僕なのだ。

 その鎌鼬の『カマさん』は脳獣の友人だ。自分を作ったおじさんの話をしてくれたりする気前のいい脳獣だ。つまり言いたいことは『不可解な足切り事件は脳獣の仕業だったということ』だ。

 脳獣は人を襲う。その理由として最も高いのは『目的を果たすため』だ。人間が脳獣を作る時に『目的』が必要になる。脳獣は理想の権化だ。『自分は○○が出来ないから、○○したいな』などという思いから脳獣は生まれる。

 人間が脳獣に触れられないように、脳獣は人間をはじめとしたこの世にある物に触る事が出来ない。だから人間の体を求めるのだ。現実世界に触れられる体が欲しいのだ。

 だから『恋愛が出来ないから、恋愛したいな』という思いから生まれた恋愛の脳獣が人間と恋するために、人間の体を乗っ取る。

 『TVのスーパーヒーローに憧れて、こんな風になりたい』という思いから生まれたスーパーヒーローの脳獣が他人を助けるために、人間の体を乗っ取ったりする。

 僕ら脳戦士が戦う最大の理由だ。



 円形闘技場で僕らは対峙する。僕の前に立つ少女が僕が戦わなくてはいけない事をきっぱりと告げる。

「私はイラストレーターの脳獣『リーナ』この、イラストレーターを目指す女の体を使い、夢を叶える」

「そうはさせないよ。『想像創造』『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ』」

(ああ、この世界は実に、残酷だな…)

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