第6話『こひのゆくへは』

 遠くからこちらへ歩いてくる人影が見えた。その人は僕らの座っているベンチの前まで来ると言った。

「はじめまして、どちらがベイクさんですか?お取り込み中だったかな?」

 ベイクは顔を発言者に向けて

「いえいえ、ロンダさんですね?はじめまして。わたくしがベイクでございます本日はご協力ありがとうございます。丁度話が終わったところですよ。では行きましょうか」

 と言って立ち上がった。そして今度は僕に向けて言った。

「姉の復讐に燃える『空の丘』の守り手よ、巡り合わせがあれば、またどこかでお会いすることもあるでしょう。では、それまでお達者で」

 そう言って大人びた雰囲気ふんいきの少年は去っていった。

「姉の復讐に燃える『空の丘』の守り手...か」

 僕はつぶやいた。

「確かに、的を射てるな」

 イツキが言った。

「今日は疲れた。小説の名探偵の推理シーンみたいだな。もう帰ろっか?」

「ああ、クサナギがそれでいいなら」

 イツキが言った。

「これで犯人が見つかったら、彼は本当に名探偵でござるな」

 サスケも言った。

「うん、その時はお礼を言わなくちゃね」

 だから僕も返す。寂しいからだ。だって、結局今日は一人だった。

(明日はアヤの家にお邪魔させてもらおう。アヤのお母さんに頼めば入れてくれるだろう)

 そして僕は光に包まれ、千の塔を去った。


 翌日、11月1日日曜日。着飾って弥生の家に行った。弥生のお母さんに弥生に用事があるとだけ告げてリビングに通してもらう。

 言われた通り適当にリビングチェアーに座った僕の前にお茶を出して弥生のお母明日香さんは僕の向かいの席に座る。

「そこね、弥生の席なのよ」

 楽しそうに、まさに揶揄からかうような笑みで言った。

「へっ?」

 僕の顔が赤くなったと明日香さんはのちに言ったけど。冗談はよして下さいよ、明日香さん。

「んっんー。それで、弥生はどうしたんですか?」

「ごめんなさいね岳流君。弥生、何回呼んでも扉開けてくれなくて。いつもならもう起きてるはずなんだけど。やっぱり、鍵付きの扉にしたのがいけなかったのかな...?」

(でも、脳内世界に行っている時に入られたら困るし、鍵はあったほうがいいだろう。ちなみにこれは、姉ちゃんの教えだ)

 僕は壁にかかっている時計を見る。

 6ー1=5、5×2=10、10+0=10。

 たしかに、夜更かしでもしていない限りもう起ききてても良い時間だろう。

「たしかにそうですね。僕が行ってもいいですか?」

 こうなったら強硬手段だ。

「そうね、その方がいいかもね。弥生、岳流くんに気があるし。一昨日の午後あたりから顔を合わせるのはご飯の時くらいであとはずっと部屋に閉じこもりっぱなしよ、部活にも行かなかったでしょ?私、何か怒らせるようなことしちゃったかな?」

「心配ですね」

 僕はうなずいた。でも、

(でも明日香さんは悪くないですよ。僕が悪いんです。僕がしっかりしていれば、彼女に苦労をかける必要もなかったんです)

 と同時に否定した。

「ええ、前は岳流君が遊びにきたとなれば飛ぶように降りてくるのに。何があったのかしら?」

 と二階へと続く階段を見つめる。

 原因を知っているからこそ、原因だからこそ、僕がやらなくちゃいけない。

「よろしくね、岳流君」

「任せてくださいよ」

 僕は少し頼りなく言った。


 二階、弥生の自室前。僕は弥生と扉越しに向かい合った。

「弥生、君は前に自分のことを情けないって言ったね。そんなことないよ」

「......」

「だからって訳じゃないけど僕はまたアヤと一緒に脳戦士したい」

「脳戦士は動詞じゃな...」

 弥生は途中でやめてしまったものの口を開いてくれた。思い切って僕は体勢を変え扉に寄りかかった。前に見た恋愛ドラマにこんなのがあった。これで弥生も扉に寄りかかっていれば完璧だ。

「弥生、僕は姉ちゃんが好きだ。優しくて、強くて、物知りな姉ちゃんが好きなんだ。でも、や...弥生も」

「何よ?」

「弥生も好きだ。優しくて、強くて、頭も良くて、その上...可愛いし...」

「で、何?告白すれば私がでて行くとでも?私はね、もうあなたに必要な人間じゃないの!友達としての意味でも脳戦士としての意味でも」

 そこへ会話を盗み聞いていた弥生のお母さんが会話に乱入した。

「何しゃべっちゅの?岳流君勇気出すていってぐれでんのにそったふうに断るのがい?わっきゃ知ってらよ、ながむったど岳流君の写真机の右下の引ぎ出すに入れで大事そうに見ぢゅの」

 何を言っているのかさっぱり分からないが弥生のお母さんが東北出身だということを思い出した。興奮するとでてしまうのだろうか?そして寄りかかっていた扉が勢いよく開き、弥生が飛び出してきた。

「うぉっ...!」

 ドンッ!

「何でそんなこと言ってるの?しかも岳流の前で、恥ずかしいでしょ」

「ほーら捕まえた、ありがとね岳流君」

「はっ、はい」

 僕の目の前で親子の逮捕劇が幕を閉じた。僕は扉が開いたせいで大きく転倒し地面に尻餅をつくカッコ悪い体勢である。どうやら弥生は僕が寄りかかっているとも知らず、躊躇ちゅうちょなく開いたらしい。そんな僕を弥生が手を差し伸べて起こしてくれた。

「カッコ悪いよ、私の......彼氏なんだからしっかりしなさい」

「ごめん...」

 僕は項垂うなだれる。しかし、明日香さんは笑っていた。初めからこうなる事を予想していたように。

「こりゃお祝いだね、私と美冬さんがあんたら二人がくっつくのをどれほど待ち侘びたことと思ってるんだい。こりゃ早いとこ報告しないとね」

「弥生の「お母さん⁉︎」」

 二人の声が重なった。

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