第9話 ハッピーエンドとは



 物語のハッピーエンドについて考えてみた。

 とある街から旅に出る勇者がいたとする。その勇者の目的は、姫様を助けるために魔王を倒すことだとして、その勇者にとってのハッピーエンドはなんだろうか。魔王を倒し、姫を助けることができたならば万々歳である。けれど、実際すべてを手に入れるというのは難しい。現実的に考えれば、どちらか片方だけでも叶えば十分だろう。姫を助けたが魔王には逃げられた、あるいは魔王は倒したがすでに姫の命はなかった。後味が悪くても、それが現実的なハッピーエンドの妥協点といえる。

 そもそもを言うなら、魔王を倒せなくても、姫を助けることができなくても、街で仲間と過ごしていればそれはもうハッピーエンドなのかもしれない。その勇者が何に幸せを感じるのかが重要なのであって、その幸せを手に入れることができるのかが問題なのだ。

 つまり、何が言いたいのかというと幸せのカタチというのは人それぞれあって、一〇〇人の人間がいればハッピーエンドは一〇〇通り、いやそれ以上に存在するのだと思う。

 そこで本題だ。

 桜木遊助にとってのハッピーエンドとは?

 もっと言うのであれば、俺の幸せとは何なのだろうか……ということである。


「……ぅ」


 目覚ましの音で目を覚ます。

 いつもならばここから二度寝を実行するところだが、今日は重たい体を起こしてベッドから出る。何だか二度寝する気にならなかった。というか、二度寝してはいけないような気がしたからだ。

 昨日の放課後のことを思い出す。

 いつもとはどこか違う雰囲気の奏乃は、何かを言いたげに声を荒げた。

 しかし、彼女は言おうとした何かを、こみ上げてくる何かをぐっと飲み込んで言葉を発することはなかったのだ。

 そして、無理矢理に笑顔を作って見せて、走って先に帰ってしまった。


「はあ」


 俺はそんな奏乃を追いかけることができずに、ただ小さくなる彼女の姿をぼうっと見ていることしかできなかったのだ。

 今でも鮮明に思い出せる奏乃の去り際の顔。

 あんな顔を俺は今までに見たことがなかった。だから、どう声をかけていいのかも分からずに、立ち尽くすしかなかったのだ。

 一晩経っても、その答えは出ないままだった。


「飯、どうすっかなー」


 奏乃はきっとここには来ないだろう。

 根拠はないけど、たぶんそんな気がする。だから、自分で全部しなければいけないのだけれど、どうにもやる気が出ない。

 冷蔵庫の中を漁りながら、朝食についてを考える。いろいろ選択肢はあるけれど、面倒くさいので卵かけご飯で済ませた。昼はコンビニで適当に買えばいいだろう。

 いつも当たり前のようにあったものは、失って初めてその大切さに気づく。

 奏乃がいない朝は、いつぶりだろう。


「……学校、行くか」


 ギリギリに起きたわけでもないのに、気づけばもう家を出る時間だった。俺は支度を済ませて家を出る。

 彼女のことを特別に感じたことはなかった。

 俺にとって、奏乃がそこにいるのは当たり前のことだったから。保育所に入る頃にはもう一緒にいて、そこからはどこに行くのも、何をするのにも一緒だった。小学校も、中学校も、高校だって一緒で、いつもあいつは俺の隣りにいて。

 俺にとって奏乃は、家族同然だったんだ。


「さむ」


 冬の訪れを思わせる風の冷たさに、俺は思わず身震いする。雨予報ではなかったはずだが、空は雲に覆われていて暗さを感じる。出発の時間はいつもと変わらないのに、何だかそうではないようだ。


「――」


 ぼうっと空を見上げながら重い体を引きずるように歩いていると、後ろから声が聞こえたような気がした。こんなところで声をかけてくる知り合いなんていただろうかと怪訝に思いながらも後ろを振り返る。


「おーいっ!」


 声がだんだんと大きくなって、それが俺に向けているものだという確信を得た。

 なぜなら――。


「……奏乃?」

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