君のためなら

早見羽流

あなたに決めたよ

 どのくらい私は眠っていたのだろうか。暗い、なにもない空間で私はひたすらその時を待ち続けていた。いつまで待てばいいのかはわからない。もしかしたらこのままずっと待ち続けないといけないのかも……。


 時間を数えることはとうの昔に放棄していた。今はただ、まだ見ぬ『相棒』をひたすら待ち続けることしか――


 と、突然目の前に白い光の点が現れた。その点は徐々に広がっていき、私を包み込む。眩しい。思わず目を閉じた私の耳に、こんな声が飛び込んできた。


「よしっ、あなたに――決めたよっ!」


 ――あぁ


 ――ついに現れたんだなぁ


 ――私を選んでくれる人が


 期待に応えられるように頑張らないと!




「っとぉ!」


 封印されていた石碑から飛び出した私は、華麗に着地を決めた。周囲は洞窟ようだが、石碑が光り輝いているため、結構明るい。


「うわぁびっくりしたぁ……」


 私の目の前で一人の女の子が目を丸くして驚いている。茶色い髪をポニーテールにまとめて、白い魔法使いのような衣装に身を包んだ彼女に、私は微笑みかけた。


「君だね? 私を召喚したのは」


「えっ、あっ、うん、はい……」


 彼女はまんまるな目をぱちぱちさせて驚いている。自分で召喚したんじゃん……。なんで驚いてるの。


「あれ、もしかして私のこと間違えて召喚したの?」


「う、ううん違うよ? 私があなたを選んだのは本当だけど、『クリーチャー』がいきなり目の前に現れて喋ったから……」


 あぁ……そゆこと。初心者にありがちな驚きだ。


「えーっと、君。このゲームのことどれくらい分かってるの?」


 そう、これはゲーム。彼女はプレイヤーで、私は彼女の代わりに戦う『クリーチャー』。分かっているはずなのに、彼女は今だにVRというものがどんなものなのか理解出来ていないらしい。


「うーん、なんかモンスターを召喚して戦うってことしか……」


 本物の初心者だ。事前情報もなし、攻略を覗いたりしたこともない。友達が始めたからやってみよーみたいな感じで始めたに違いない。しかも私のことをモンスター呼ばわりしたなっ!


「一応聞いておくけど、なんで?」


「えっ?」


 彼女は可愛らしく首を傾げる。私は、はぁぁとため息をつくと、ショートの黒髪をぐしゃっとかき回しながら更に尋ねた。


「初期クリーチャーは100以上のクリーチャーから選び放題。わざわざ私を召喚した理由はなに?」


「う、うーん……なんとなく? 見た目? 可愛いかなって」


 はぁ……そうですか。あまり意地悪するのもアレなので、ここはしっかりと説明してあげないと。


「光属性なら、『シェンロン』とか『ホーリーファルコン』とかの方が断然強いし、天使がいいなら『ウリエル』とか『サンダルフォン』とかオススメだし、私なんかより可愛いクリーチャーもたくさん――」


「あーっ、いいのっ! 私はあなたがいいのっ!」


 駄々っ子のように両手をブンブン振り回されて、私は口を閉じるしかなかった。見た目で選んだのでない限り、私を選ぶプレイヤーはいない。見た目だって、『サクヤ』とか『アリアンロッド』とかのほうが絶対かわいいのに。


「まあもう決まっちゃったことだし、仕方ないか。……私の名前は『リリエル』。見てのとおり天使族のクリーチャーだよ。ちなみに私、?」


 私は背中の天使の翼をバサッと広げると、彼女の手を握って挨拶した。せっかく私を気に入ってくれたプレイヤーさんだもん。仲良くしないとね。


「私はサヤカっていうの! よろしくねリリエルちゃん!」


「あ、うん」


 サヤカと名乗った女の子は私の手を力強く握り返しながらブンブンと勢いよく上下に振り続けた。なんというか、パワフルな子だ。やる気は十分、それがわかっただけでも良い。


「そんなサヤカには私がしっかりとチュートリアルをしてあげるね」


「わーい、ありがとうリリエルちゃん!」


 サヤカはぱっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。可愛い……というかもはや神々しい。長い間プレイヤーに召喚されることなく石碑の中に眠っていたから、サヤカは私の救世主に見えるのかもしれない。


 私はサクヤとかアリアンロッドみたいな派手な髪色ではなく、真っ黒の髪をクルクルと弄びながら、サヤカのもとに歩み寄った。


「じゃあ、『グリモワール』を展開して?」


「へっ? ぐ、ぐりも……?」


 はぁ……私は思わずため息をついた。そこから教えないといけないかぁ。


「あのね。『召喚士(サモナー)』になったんだからグリモワールの展開の仕方くらい知っててよ!」


「あ、あぅぅ……こ、これのことかな?」


 サヤカが右腕をお手洗いで手を洗った後にハンカチで拭かずに振って乾かす小学生のようにブンッと振った。すると、彼女の右手に白い本のようなオブジェクトが出現した。


「あ、そうそれ。開いてみて?」


「は、はいっ!」


 白い本を開くサヤカ。本の中身は白紙のページだ。プレイヤーはここに新たな物語(ストーリー)を描いていくことになる。


「はい、これが『ブック』だよ。初心者用のやつ。今はあまり強くないけど、これからどんどん冒険しながら『魔導札(カード)』を集めて強くしていくんだよ」


「……うん」


 わかってるんだか、わかっていないんだか、私が差し出した手のひらに乗るくらいの魔導札の束をグリモワールを持っていない左手で受け取ったサヤカは神妙な面持ちで頷いた。


「いい? 魔導札の束を『ブック』っていうんだけど、魔導札の種類は主に4種類。――クリーチャーを召喚する『召喚札』、攻撃魔法を放つ『攻撃札』、防御やカウンターをする『罠札』、そして自分やクリーチャーを強化する『強化札』。『召喚札』は五枚、残りは他の札で構築されてるよ」


「そうなんだ……」


 あ、わかってないなこれ。


「と、とにかく! 百聞は一見にしかず! 戦いながら教えてあげる。私は光属性だから、まずはこの洞窟の奥に進んで主を倒そう。そしたら使い勝手のいい光属性クリーチャー『ホワイトドラゴン』の召喚札が手に入るよ」


「あーうん、お任せします」


 あ、投げた。しょうがないなぁ、しばらくは引っ張ってあげるかぁ。


「ついてきてー」


「はーい」


 私がサヤカを案内しながら洞窟を歩き始めると、なんとサヤカは私の隣にやってきて、自然な仕草で手を繋いできた。私はだいぶびっくりした。どうして……私はクリーチャーで、サヤカの使い魔みたいなもの。しかも弱いからゲームを進めるにつれて使えなくなって捨てられてしまうことはわかっているのに……。


 どうしても彼女のことが理解できない。


「あ、そうそう。リリエルちゃんって、なんでクリーチャーなのにこうやっていつも実体化してられるの?」


「あぁ……それはね、あの石碑から召喚されるプレイヤーのパートナークリーチャーは、チュートリアルの進行をやったりとか、しばらくプレイヤーのサポートをやらなきゃいけないからだよ。……大丈夫、バトルの時は普通に召喚できるから」


「そうなんだ。えへへ、なんか嬉しいな♪」


「どうして……?」


 サヤカは私と繋いだ手をブンブンと元気よく振りながら、笑顔で続けた。


「このゲーム、一人で進めるのはちょっと不安だったから……リリエルちゃんが居てくれて心強いよ」


「あ、ありがと……」


 そう言われるとなんか照れるね……。


 しばらく歩くと、目の前に石の扉が現れた。扉には幾何学模様が刻まれており、物々しい雰囲気がある。


「ここが主の部屋だよ。私がサポートするからチュートリアルがてらにバトルの練習をしてみよう」


「はーい、お願いしますっ!」


 私とサヤカは相変わらず手を繋いだまま、二人で石の扉に手を当ててそのまま押した。ゴゴゴゴという重苦しい音ともに扉が内側に開く。

 中は広めの空間になっており、中央には白く美しい小型の飛竜――ホワイトドラゴンが首をもたげてこちらを伺っていた。


「いくよ、グリモワールを構えて!」


「はいっ!」


 私の指示でサヤカが手を振り、白い本を展開する。そして、先程私が手渡した魔導札(カード)を構えると、こう叫んだ。


「グリモワール展開! バトルスタート!」



 白い本――グリモワールが光を放つ。と、同時にホワイトドラゴンがグヮァァァッ! という咆哮を上げた。


「いい? まずはクリーチャーを召喚だよ!」


「『召喚札』! リリエルちゃんを召喚!」


 サヤカがグリモワールに一枚の魔導札を乗せる。……いきなり出番かぁ。まあ主のお呼びだし、やるしかない。

 私は天使の羽を広げて、ホワイトドラゴンとサヤカの間に割って入った。


「次は強化だよ!」


「よーし、『強化札』! 魔導兵装三式!」


 再びサヤカが別の魔導札をグリモワールに乗せると、グリモワールから光の線が伸びて私の体を包み込む。光がおさまると、私は白い鎧に身を包み盾と槍を装備していた。うん、初心者にしてはなかなかいいものを選んだね。


 ――グァァァァッ!


 襲いかかってくるホワイトドラゴンの爪を私は盾で防ぐと、すぐさま反撃、槍を敵の腹部に突き刺した。


 ――ゴァァァッ!


 苦悶の声を上げながら飛び退くホワイトドラゴン。よし、効いている。


「次、防御だよ!」


 接近戦では敵わないと思ったのか、ホワイトドラゴンが遠距離から白いブレスを吐いてくる。


「『防御札』! ミラーフォースシールド!」


 グリモワールから再び光が溢れて、今度は私とホワイトドラゴンの間に光り輝く白い壁を形成した。ブレスはその壁に綺麗に吸収される。

 ホワイトドラゴンはそれを確認すると、再び接近して壁を物理攻撃で破壊しようとしてきた。しかし、『ミラーフォースシールド』の効果はこれだけではない。


「いっけぇ!」


 サヤカの声とともに壁から先程ホワイトドラゴンが吐いたものと同じブレスが吹き出して、敵を直撃した。


 ――ガァァァッ!


 どっと倒れるホワイトドラゴン。そう、ミラーフォースシールドは防御と罠を兼ね備える札。私が渡した初心者用の『ブック』の中ではピカイチの性能を誇るキーカードだ。サヤカ……なかなかセンスがいい。


「最後に攻撃してみよっか」


「はーい! 『攻撃札』! ライトニングアロー!」


 シュンッ! グリモワールから飛び出した大きな光の矢は、倒れたホワイトドラゴンの体を貫き……跡形もなく消し飛ばした。


「……ふぅ、やったの?」


「おめでとう! センスいいよサヤカ!」


 私は装備を解除すると、ほっとした様子のサヤカの肩を叩いて賞賛した。


「えへへっ、リリエルちゃんのサポートのおかげだよぉ」


「私ほとんどなにもやってないよ?」


 ほんと、サヤカはほぼ一人の力でホワイトドラゴンを倒したのだ。


「あっ、なにか手に入ったみたい!」


 サヤカの手には一枚の魔導札(カード)が握られていた。


「それが『ホワイトドラゴン』の魔導札だよ。とっても使いやすいからおすすめ。とりあえずなんか適当なクリーチャーと入れ替えて『ブック』に入れておこう」


 魔導札の束――『ブック』には40枚という枚数の制限がある。そのうち『召喚札』は5枚と決められている。この調子で強い札を揃えていったら……少なくとも後四回以内に私は御役御免になってしまうのだ。

 ……期限付きの関係、それもなかなかいいかもしれない。そうと決まれば私はこの子が強くなるまで、精一杯サポートするだけだ。


 その後、チュートリアルを終えて洞窟を後にしたサヤカは、私の予想通りメキメキと力をつけた。彼女の魅力はなんといっても、札を使用するタイミングと使用する札の種類が的確すぎるのだ。本人はそんなに考えてゲームをしているようには見えないが、数回の戦闘でこれは天性の才能だと私は思った。


 やがて、サヤカは


「今日はありがとうリリエルちゃん!」


 などと手を振りながらゲームからログアウトしていった。私も「また来てね」と手を振ってそれを見送った。私とは違って彼女は人間であり、彼女にとってこれはゲーム、遊びである。都合によっては……あるいは気分によっては明日は来てくれないかもしれないし、もう二度と現れないかもしれない。


 しかし、私は何故か彼女はこれから毎日欠かさずやってきてくれると信じていた。そうするであろうと、自信をもてるような笑顔を彼女はしていたからだ。本気でゲームを楽しんでいる。そんな顔だった。


 案の定、サヤカは翌日からも毎日ゲームにログインしてくれて、私は共に旅を楽しんだ。彼女の『ブック』も魔導札の入れ替えをしながらだいぶ強化されて、私は自分のリストラが近いのを感じていた。


 そんな中ついにサヤカは5枚目の強力なクリーチャー『エンシェント・パラディン』の魔導札を手に入れた。ついにその時がやってきてしまった。……私がサヤカとお別れする日が。

 魔導札を眺めながら満足気なサヤカに私は話しかけた。


「サヤカ……今までありがとう。これでお別れだね?」


「何言ってるの? これからも一緒だよ?」


「……へっ?」


 サヤカの言葉に私は戸惑った。それはつまりどういう……


「!? ちょっと!? なにしてるの!?」


 サヤカは『エンシェント・パラディン』の魔導札を『ブック』に収めると、代わりに私より遥かに強い『ホワイトドラゴン』の魔導札を取り出して、地面に置いたのだ。


「ん? せっかく手に入れた札だから、『ブック』に入れないとね? 強いんでしょ?」


「いやいや、そういうんじゃなくて! なんで私じゃなくてホワイトドラゴンを捨てたの!?」


「えっ、だって私がリリエルちゃんを捨てるわけないじゃない?」


 サヤカはさもそれが当然だとでも言うかのように口にした。でも正直そろそろ私も周りのモンスターのレベルについていけなくなりつつあって、サヤカの魔法のサポートを受けていても敵に負けてしまうことが多くなってきた。

 そんな時はサヤカは他のクリーチャーを使って敵を倒すので、自然と私の出番は減ってきて……自分がお荷物になっているのが辛かった。


「でも……私はお荷物……っ!?」


 項垂れた私の頭をサヤカがポンッと叩いた。


「ほら、そんな事言わないで? リリエルちゃんがいるから私は頑張れるんだから!」


「……うん」


 私はそっぽを向いて溢れる涙を隠した。弱くて、大して可愛くなくて、ハズレキャラの私は今までプレイヤーにこんなに大切されたことなんてなかった。……純粋に嬉しかった。


「……ありがと」


 だから、先を歩くサヤカの背中にボソッと声をかけたりした。


「ん? なあに? リリエルちゃん?」


「なんでもなーい!」


 こんな日々がずっと続くのかなって……そう思っていた。




 ――でも




「また負けた……」


「どんまいどんまい! 次頑張ろっ?」


 私たちはとある城跡でどうしても倒せない敵に遭遇していた。この城跡の主は、シナリオ上倒さなければ先に進めないモンスターで、避けて通ることはできない。ゲームシステム上、普通に進めていれば攻略に行き詰まることはない。ましてやサヤカはセンスがある。


 これは疑いようもなく私のせいだった。

 私が弱いから……足を引っ張っているから……敵を倒せず、先に進めないんだ。


「無理だよ勝てないよ……」


「うーん……強化札を変えてみるかなー?」


 ……そうじゃない。原因は違うのに……。


「サヤカ……やっぱり私を――」


「言わないでっ!」


 サヤカが突然大声を出したので、私は驚いてその場で跳ねてしまった。


「言わないで……分かってるよ。あの敵に勝つにはリリエルちゃんを外して他のクリーチャーにするしかない……でもそれは嫌なの!」


「……どうして」


「リリエルちゃんは私の大切な友達だから……」


「とも……だち……」


 そう思ってくれていたのか。使い魔ではなく、友達……。同じ人間のように扱ってくれていた。嬉しい。嬉しいけれど……だからこそ役に立てないことが苦しい。


「うん……私ね、リアルだと友達いないの。だからリリエルちゃんが唯一の……」


 サヤカの性格なら絶対友達出来ると思うけどな……引っ込み思案だからかな……?


「でも、この敵を倒せないと先に進めないよ? 私を捨てる以外に道はないんだよ?」


「リリエルちゃんはっ……!」


「……!?」


「リリエルちゃんは私の事、なんとも思ってないの!?」


 サヤカはくりくりした人懐っこい目にたっぷり涙を浮かべながら必死の形相で叫んだ。どうしてそこまで必死になるのだろう?


「そりゃあもちろん。私はサヤカのこと、大切なプレイヤーだと――」


「あー、そうだよね! リリエルちゃんはだもんね? 私の気持ち分からないよね!」


「……」


 へそを曲げられてしまった。いや、私がいけないこと言ったのかな? 人間というのはよく分からない。

 やがてサヤカはひと言


「もういいよ」


 と呟いた。もういいよ? それはどういう意味?


「私はサヤカのことを思って……」


「うるさい」


 サヤカはそのままログアウトしてしまった。私は……私はサヤカにどんな言葉をかけるべきだったのだろうか? わからない。ほんとによくわからないよ。


 誰もいなくなった城跡で、私は一人自分の翼に顔を埋めながらずっと……ずっと考え続けていた。



 その次の日、サヤカはゲームにログインして来ることは無かった。昨日のことを謝りたかったのに。

 その次の日も、更にその次の日も、サヤカが現れなかった。

 こちらからサヤカに話しかける術はない以上、私はひたすら待ち続けるしかなかった。


 ――もしかしたら


 もしかしたらもうサヤカは嫌になってゲームを辞めたのかもしれない。ゲーム機を処分したり売ったりしたのかも……そんな最悪のシナリオが脳裏に浮かび始めた。

 なによりも、もうサヤカに会えないことが私にとってショックだった。……お別れも言えてないのに……どうして。


 こんなの……捨てられるより辛いよ。


 私は誰も戻ってこない城跡の隅にひたすら蹲り、昼夜翼に顔を埋めて泣くということを繰り返していた。


 やがて、だんだんと私の中の気持ちが一点に集約されつつあるのを感じた。


 ――サヤカに会いたい


 一目でいい。会って無事を確かめるだけでもいい。今まで毎日会っていた彼女に会えないだけで、こんなにも喪失感がつのるものなのか。


「うぅ……サヤカぁ……サヤカぁぁぁ……」


 私はブツブツと呟きながら城跡を歩き回るという不審な挙動を繰り返すようになった。


「さやかに……あいたい」


 サヤカの言いたかったことはか……『友達』を失うということはこんなに心が折れそうになることなのか。


「……ぐすっ」


 歩き疲れると、私は城跡の隅で再び項垂れた。




 そんな私の背中をポンポンと叩くものがあった。なんだろう。今は一人にしてほしいのに。


 ――ポンポンポンポン


「なによもう!」


 振り向くとそこには……懐かしい顔があった。


「リリエルちゃんっ!」


「サヤカぁぁぁっ!」


 私は勢いよく立ち上がってサヤカに抱きついた。サヤカも私のことを抱き返してくれた。あったかい。これが人間の温かさ……。


「ごめんね。私考えたんだけど、やっぱりリリエルちゃんの気持ちを大切にしなきゃねって……聞いてる?」


「う、うぅ……サヤカごめんっ! 私もサヤカのこと、友達だって思ってたって……サヤカがいなくなってわかったの……だから!」


「よしよし……ごめんね一人にしちゃって」


 サヤカが私の頭を撫でるので、私は堪えきれずに大粒の涙を流してしまった。


「あれ、おかしいな。目にゴミが入ったのかな?」


「……よしよし」


 しばらくそうしていただろうか。やがてサヤカが再び口を開いた。


「私、リリエルちゃんのためにも、先に進むことに決めたの。……ちゃんとお別れして。そしたら、リリエルちゃんはまた新しいプレイヤーさんと旅ができるでしょ?」


 そう、捨てられた魔導札は土に還り、私は元いた石碑に再び封印されて、新たなプレイヤーに選ばれるのを待つことになる。

 サヤカと会えなくなるのは辛いけれど、このまま城跡にずっと放置されることに比べれば……。


「その代わり、次のプレイヤーさんとも仲良くしてあげてね?」


「も、もちろんだよ!」


「ありがとう!」


「あ、あのねっ! 私からもお願いがあるの!」


 私は笑顔のサヤカに告げた。彼女は可愛らしく首を傾げる。


「私、友達がいないってすごく寂しいことだってわかったから……その……」


「ん?」


「サヤカにもリアルで頑張って友達作って欲しい! そして、できたら私にも……紹介して欲しいなっ!」


「あははっ! 無理だよそれは。リアルの友達をクリーチャーのリリエルちゃんに紹介するなんて」


「そ、そうだよねっ、あははっ!」


 私とサヤカは声を上げて笑った。……まるで、すぐに訪れる別れから目を逸らすかのように。

 やがて、サヤカな『ブック』から一枚の札を取り出した。私の召喚札だ。あれを地面に置くと、私は石碑に戻って彼女は新たなクリーチャーを仲間に加えることができるようになる。


「……お別れだね」


「……そうだね」


 私はサヤカの姿をじっと見つめた。白い魔法使いのような衣装。人懐っこい茶色い瞳に同じ色のポニーテール。太陽のような眩しい笑顔。それらを脳裏に焼き付ける。……絶対に忘れないように。


「今までありがとうリリエルちゃん。……元気でね?」


「サヤカも、頑張って!」


「うん、頑張る! 絶対クリアするからこのゲーム!」


 サヤカがゆっくりと魔導札を地面に置き、魔導札が地面に溶けていく。と、同時に私の体も光の欠片となって徐々に消え始めた。

 私は消えつつある自分の手足を眺めて……最後にもう一度サヤカに視線を向けた。


 彼女は……泣きながら手を振っていた。

 私も手を振り返そうとした時、私の意識は闇に飲まれた。




 どのくらい私は眠っていたのだろうか。暗い、なにもない空間で私はひたすらその時を待ち続けていた。いつまで待てばいいのかはわからない。もしかしたらこのままずっと待ち続けないといけないのかも……。


 時間を数えることはとうの昔に放棄していた。今はただ、まだ見ぬ『相棒』をひたすら待ち続けることしか――


 と、突然目の前に白い光の点が現れた。その点は徐々に広がっていき、私を包み込む。眩しい。思わず目を閉じた私の耳に、こんな声が飛び込んできた。


「あ、いたいた! 君に――決めたよ!」


 ――あぁ


 ――現れたんだなぁ


 ――私を選んでくれる人が


 今度も期待に応えられるように頑張らないと!




 石碑から飛び出した私の前で、黒い魔法使いのような衣装を着た、赤いツインテールの女の子がニヤニヤ笑っていた。


「君だね? 私を召喚したのは」


 私の問いかけに、女の子は頷いた。


「友達からオススメされてね。つい選んじゃったよ」


 へぇ、物好きな友達だなぁその子は。


「あの……分かってると思うけど私、弱いよ?」


「知ってる知ってる! でもいいの、あたしはリリエルがいいのっ!」


「どうして……」


「だから、最近知り合った友達がオススメしてたんだって。サヤカっていうんだけど、そいつが最初に選ぶクリーチャーはリリエルが優しくていい子だってオススメして……っておーい! なんで泣いてるの!?」


 あれ、おかしいな。嬉しいはずなのに視界が霞んで……。

 サヤカ……君はほんとに……。


 お願い、叶えてくれたんだ。

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