第7話

 学園からの支給までの日数と現在の所持金を照らし合わせると一食カツカレー竹一つが限界である。

 腹四分目で食事を終えないといけないというのはなんとも物悲しい。

「オゥフ、即売会のような人混み」

 やはり昼時ということもあって食堂は生徒たちでごった返していた。

 デブにとっての人混みは、ワゴン車にとっての住宅街くらいの隘路あいろ

 なにより周りの人間が少し触れた程度で射殺さんばかりの眼力で睨んでくるので精神的消耗が激しい。

「ツイナは鯖味噌定食でよろし?」

 肩に乗る白狐は問いに「金銭的余裕がなく食事の必要も無いのだから放っておいて良いのですよ」と言ったところでなんと返されるかわかっているので、何を言うわけでもなく頰を寄せた。

 券売機で食券を購入してカウンターで料理を受け取る。

 トレーを片手に流動的な人の波を避けつつ空席を探すが見つからない。

 否、正確には発見しているものの近寄りがたい。

 窓際の右から四つめのテーブル席、主にグループで使用するのを想定されているとはいえ、この混雑具合ではどこも相席している。

 しかしその円卓には一人の少女が座っているだけだというのに残り三つの空席に誰も寄り付こうとはしない。

 こういうのは何かしら原因があるものなのだが、流石にカツカレーを立ち食いは困難を極める。主に膝が。

「どっこいせ、相席失礼致し申す」

 ぎろり、少女の眼差しが京太郎を刺す。

 触れてはいけない人種アンタッチャブルとは言動が特異であったり、背後関係にやんごとなき存在がいたりと関わるリスクとメリットが見合わない存在が分類される。

 しかし眼前の少女はたしかに悪目立ちするゴシックロリータに身を包んではいるものの、あとは目付きがひたすらに悪いというくらいで奇行に走る気配もない。

 睨まれているのだって、突然見知らぬデブが右手でカレーを食べながら左手で膝上の白狐に鯖味噌を餌付けするというトンチンカンな光景を見ているからに違いない。

「あんた、私が誰か知らないの?」

 色の白いは七難隠すとも言うけれど、流石に仁王めいた表情はどうにもならない。

 今年一番に鋭い眼光を浴びながら正直に答えるか茶化すか逡巡するが、やはり初対面は明るくいきたい。

 黙っていれば嘆息して見惚れそうな陶器のように整った白磁の顔。長い睫毛、つり上がった目尻。刺々しい言動。ツインテール。

 アイドルだのモデルなら納得はするのだが、いかんせんノンフィクションは管轄外。口振りからもそういった俗な類ではないと思われる。

 唯一発された言葉からは00’ゼロ年代のツンケンした幼馴染枠ヒロインぽいという事しかわからない。

 優しげな転校生ヒロインと主人公が仲良くなるのに嫉妬するが素直になれず三割増しに主人公へのツンが激しくなって主人公が転校生ヒロインへの気持ちに気づいたあたりで焦ってようやく主人公に思いの丈をぶつけてフラれる枠。

「つまり……負けヒロイン?」

「死になさい」

 ぐりぐりとテーブルの下で足を踏みにじられる。

 絶対に、わからないと返答したら怒られるからわからないなりに機知エスプリを効かせたというのに、ユーモアの足りないお嬢さんなようだった。

「拙僧パツパツの転校生でして。学園のパワーバランスとか知らなんだ」

 正直に答えたというのに不満足そうなゴスロリ少女は顎を上げて蔑んだ瞳で見下ろす。

「この学園に来る人間も世間知らずが増えたものね、無知は罪だと知りなさい」

「ああ、知らないという罪と知りすぎるという罠!」

 ギロリ、黙っていろと言わんばかりに蛇睨み。

 合コンでカラオケに行ったら知ってるアニメの曲が歌われたので「あのアニメ好きなんですか?」と尋ねたら「は?」と冷たい対応されたオタクのように縮こまってしまう。

 タイアップしているアーティストが好きなだけだったりする場合が多々あるので迂闊な発言には気をつけよう。

「ワタシは『禿かむろ紫芳院しほういん』が次女、紫芳院鴨脚いちょう!」

「仰々しく名乗ったのにそこは長女じゃないんですねwってホギャーwwwおでこにナイフ刺さっティwwwwww食器を凶器として使うんじゃありません!」

「使わせた人間が言うんじゃないわよ!」

「仰る通り!」

 額に刺さったナイフをテーブルに置く。

 大した出血もないので骨には届いていない。デブでよかった。

 それにしても初対面の人間に刃物投擲なんて暴力ヒロインでもしない蛮行、アンタッチャブルな理由を垣間見た。

「そんで、しほーいん? の人ってなんです、死神?」

 ひく、と鴨脚の頰が引き攣ったのを見なかった事にすると、声を潜めてツイナが耳打ちする。

「京都に根付く家の一つですよ、なんだか名家の一つになってる様子ですが織豊しょくほうの頃真っ先に南蛮人へ股を開いた淫売も五百年経てば出世するんですね」

「惨たらしく死になさい」

「ホヘェwww」

 再び飛んできたナイフを白刃取り。

「こほん、間違えました。都京太郎、アナタに決闘を申し込みます」

「なしてwww」

 ポケットの端末が振動したので取り出すと、画面にはデフォルメされた二本の剣が交差したいかにも決闘という風なアイコンがでかでかと表示された。

 画面をタップすると挑戦状を送ってきた相手のプロフィールが表示される。


『二年B組 機兵科 紫芳院鴨脚』


「拙僧名乗ったっけ、とか思ってたけど同じクラスだったんか……」

「今のでまたヘイト溜めましたよご主人」

「んへぇwwwだって勉強内容のすり合わせで忙しかったんだものwwwwww」

 そも自分から話しかけに来てもいないクラスメイトの事なんて知っているわけがない。

 なのに自分の事を知っていてほしいと憤るのは子供の我儘に等しい。

「はいはいー現在紫芳院1.2倍、都5.3倍だよー」

 周りを見渡せばちょっとした騒ぎになっていて、どこから嗅ぎつけてきたのか見覚えのあるダフ屋がトトカルチョを始めている始末。

 誰も彼もが決闘を降りるという選択肢を許してはくれない。

「へいへいへいへーい、そこなちょいワルお兄さんや。勝手に拙僧をダシに使わんでおくんなまし」

 淀んだ目をしたダフ屋は後のことを背の高い同僚らしき少女に任せると悪戯な顔をして肩を組──もうとしたが不可能な体格差なのを確認すると京太郎の襟を引き、頭を下げさせると耳打ちをした。

「いいじゃねえか、このあいだの借りを返せよ」

「うん?」

 顔見知りかのような物言いに記憶を漁る。

 該当、一名。

「ああ、昨日拙僧のセカンドインパクトに巻き込まれた!」

「勝手に二十億人殺すな」

「それにしたって水を掛けたのと違法賭博では釣り合いませんがな」

 基本的に主催と参加の双方に金銭的損失の可能性が発生するギャンブルは営業許可の出ている店でもない限りはアウト、逮捕対象になる。

 五十万円以下の罰金や五年以下の懲役が科せられる。

「でーじょーぶ、あの調子だから黙殺されてんのよ」

 ダフ屋が顎で指す方向を見ると、ちらほらと生徒に混じって教員の姿が見られる。

「きょーくん頑張ってねーぇ! 私の生活費がかかってるんだよーぅ!」

「教育界腐りすぎでは?」

「姉御は生活費まで酒代に突っ込むからよく参加してくれんのよ」

 美人でなければギャンブル癖有りアルコール依存女など即刻縁を切っているところだ。

 でも顔が良いので仕方ない。

「いやいや、仮にもここは国が設立した学舎。内輪揉めですら外に漏れれば諸外国に小言を言われるようなグローバルな空間なんですが?

 それにギャンブル依存はこういう些細な遊びを足掛かりに悪化するもの。同級生、あるいは後輩がパチンカスに成り下がったら、なんて考えたら心が痛くなる!」

 ダフ屋の片割れは相変わらず外野を捲し立てている。

 触発された生徒が次第に生徒証を弄り始めた。

 学内の匿名掲示板サイトにスレッドを立て、アドレスが貼り付けるのが常套手段だった。

 下手な公的施設よりもメディアへの露出多い学園で一体なにを考えているのだと喝発かっぱするのが正しき人の行いである。

「『違法賭博』をする」

「だから気に入った」

「ベネ、そう言ってくれると思ってたよ」

 厚い握手を交わす。

 摘発の問題がないのなら避ける理由もない。

 そも賭け事は得意とする身、入り用な事もあってむしろ願ったり叶ったり。

「で、機兵てなんぞや」

「おま、そんな事も知らずにこの学園に来たのかよ……ロボだよロボ」

「ああ、放電する緑が嫁の!」

「そりゃ狼だ、嫁も別の野生児だろそれ。有人搭乗式機動戦術兵器、ベイヤードの事だ──って民間人が軍用機に詳しいわけもないか」

「ロボットと言われてもスーパー系かリアル系か判明しない事には……スピリットオブサムライ的な?」

「よりにもよってなんでそんなマニアックなチョイスなんだよ、その話は今度付き合ってやるからおまえの端末貸せ」

「拙僧、外付けSSDに用途ごとで保存する派なので秘蔵ファイルはござらんよ?」

「今エロ画像を欲するような会話してたか俺?」

 今生で会ったことのないくらいに会話のテンポの合う相手だったのでついつい脱線しがちな会話を元に戻す。

 慣れた手つきで受け取ったダフ屋はものの数分もせずに端末を返した。

「基本的なセットアップはしてやったから行ってこい、折角だから負けんなよ」

 ポンと背中を押すとダフ屋はまたトトカルチョに戻っていった。

 卓上の食べかけのカツカレーを一気に呷る。

 さして噛まずにコップの水で流し込み、無理矢理に嚥下すると口元を拭って鴨脚を見据える。

「遠路はるばる新天地、馴染め馴染めとあくせくしてりゃあ果たし状と来たもんだ。さりとて尾っぽ巻きゃ男の恥。とくれば答えは一つきり。いいともいいともその喧嘩、この都がひとつ買ったろうじゃありゃせんか!」

 高らかに、鴨脚へ拳を突き出すと食堂が歓声に沸いた。

 フンと鼻を鳴らして踵を返した鴨脚がエレベーターへ向かうのに追従する。

 二人分の生徒証が操作盤に翳されると、昇降の矢印を浮かべていた液晶パネルが赤く変質し、デフォルメされた二本の剣が交差する如何にも決闘といった風なピクトグラムを浮かべる。

 二人が乗り込むと、エレベーターは重厚な口を紡ぎ、地上から姿を消した。

「よし、遠野、準備はいいか?」

『もーっちろーん!』

 食堂でトトカルチョを続けるダフ屋の男子が耳に沿えた端末の向こう側で、元気な声が応答する。

「さぁて、お手並み拝見だ転校生!」

 視線の先の鉄の箱。落ちる先は地上に非ず地下に非ず。

 彼ら二人の行き先は、シュレディンガーの箱の中。

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