第3話

 衛士えいし学園。それは国際連合加盟国に限り設立を義務付けられた訓練機関。

 衛士とは緊急時の武力行為、超法規的措置が世界的に許容される唯一の資格である。

 学園は義務教育課程の修了を目的としていて、分類としては附属学校と変わらない。

 あくまで衛士とは資格であり、学園卒業にあたり初等部から高等部までの教育課程を修了したついでに授与されるものとなっている。

 なので卒業後は必ず軍部に所属しなければならないというわけではない。

 よって一般企業への就職も可能であり、国のお墨付きということもあって求人募集がおびただしい量来ている。

 それら全てを受け入れているとキリがないので島のスポンサーになるという意向のもと生徒へ求人情報を斡旋あっせんしている。

 衛士島と本土を繋ぐ海峡かいきょう大橋のそばにはスポンサーになった企業が学園生徒の慰安用として出店しており、サービスをリーズナブルな価格で利用できるようになっている。

 ショッピングモールやレジャー施設がお手軽に楽しめるということで本土からも休日は観光客が訪れて賑わしている。

 一般公開されているのは島の一端のみとはいえ、衛士学園周辺は外交面で目立つ風景になっている。

 故に各国は学園の周辺を自国の特色が出るような外装にすることを重要視している。

 例えば中国であれば街路樹を竹林にして神秘的な森閑しんかんを演出したり、アメリカであればストリートと芝生の多い開放的な空間にしたり。

 日本はというと、タイルをシックなモノトーンにしたり噴水広場を作って夜にはライトアップしてみたり、とモダン路線で和洋折衷わようせっちゅうを目指している。

 その金はどこから来ているのかと言うと、先ほど触れたスポンサーのアウトレットによる上納金で、あくまでも島の運営機関が島の景観を飾っただけなので衛士学園は関与していない。

 という体裁で通している。

「ンなわけあるかいってなモンだよなぁ」

「急にどげんした椎葉しいば?」

「うんにゃ、世の中キレイに回ってる所がねえなと憂いただけさね」

「まあなんでんよか。それよりいつ仕掛けっとよ、新入生の勧誘も終わったし早かやらな機会ば失うばい」

 に座った少女の問いかけに椎葉と呼ばれた少年が唸り、噴水のへりに寝転ぶ。

「わかってんだけどなぁ……今の戦力じゃあ一手足りねえんだよなぁ。三年が卒業して戦力が落ちたのは向こうに限らず俺らもだ」

 三月に学園へ在籍していた元三年生が卒業し、学内の様々な団体で人手不足を実感した四月。

 一年生を確保しようと躍起になった有象無象うぞうむぞうたちに混ざり、どうにか新規人員を確保はしたが選り好みできなかったのは事実。練度には期待できない。

「一年らをさっさと鍛え上げればよか」

「んな短期間で分隊行動できるほどに指導が上手けりゃ学生やってねえよ。一年坊も全員が全員衛士になりに来たんじゃねえんだ、腕に覚えのないヤツらもいるだろう」

「ならどうすっと?」

「んー、そうさなぁ……うちは集団戦闘が得意なヤツらは多くても突破力のあるヤツが少ないからなぁ……」


 ────パリン。


 込み入った思案で白熱しているとどこかでガラスの割れた音がした。

「なんだぁ?」

 椎葉が空を見上げると、隕石のようなモノがガラスの破片と共に迫っていた。

「天ッ空マン字けえぇぇぇぇんッ!!」

「どおおおうわああぁぁぁぁぁーーっ!?」

 間一髪のところでヘリから転がり落ちた椎葉に噴水から溢れた水が掛かる。

「なんだどっかの国からの攻撃かそれとも遊星からの物体かァ!?」

 恐る恐る噴水の中に落ちたモノを覗くと、半ケツを晒した全長二メートルほどの生物と思わしきモノが浮いていた。

「…………トド?」

「誰がアイヌのおやつじゃい!」

 空中で首を傾げた少女に噴水に落ちたそれは水面を漂いながらツッコミを入れた。

 トドと言うよりは流氷のような体躯たいくだった。

「フォカヌポゥ……デブじゃなきゃ死んでたぜ」

「いやあの高さからだったらデブでも死ぬだろどんな身体構造してんだ……?」

 ザバァと水中に立ったデブを自称するまごう事なきデブが額を拭うのに尻餅を突きながらもツッコむ椎葉。

「おっとこれは拙僧のファーストインパクトの被害に遭われた様子、お詫びに膝の負荷ゆえに滅多にできないスローテンポ宇都宮ダンス披露しましょう」

「なにそれスゲェ見てえ。じゃなくて、本当に大丈夫かよ、結構な高さから落ちて来たろ?」

 噴水内から水を滴らせながら出てきて、準備体操をするかのように手足を軽く振った後にサムズアップをする。

 問題ない、ということらしい。

「おろ、これは拙僧のエイリアンカラーのスタンパーでござるな」

 落ちていた片足だけのスニーカーを拾い上げると上からコツンと頭部にもう一足が直撃。

 見上げるとベランダで誰がきびすを返した後ろ姿が見えた。

「やれやれ、燕氏のツンデレにも困ったものですな。いくら照れ隠しとはいえ初手紐なしバンバンジーは玄人くろうと嗜好しこうですぞ。しかしそんな所が好きな拙僧であった」

「よ、よくわからんが無事なら部屋に帰った方がいいんじゃないか? ずぶ濡れだし」

「拙僧もそうしたい気持ちではありますが、今帰るとラスボスみたいな人に必中熱血付きのブラックホール講座されて宇宙の藻屑になってしまうんですなこれが」

 ほっ、という軽い掛け声と共に水を滴らせていた服が湯気を出しながら一瞬で乾いてしまう。

 器用に立ったまま靴を履くデブに惚けていた椎葉が慌てて立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待てなんだ今の!?」

「拙僧ほどのデブになるとできるようになる特殊技能ですな、というわけで拙僧はデブ散歩して参りますので失礼します。メターボワゴンはクールに去るぜ甘ァァーーーーイ!!」

 軽い足取りで去るのを止めることもできず、呆気にとられた二人だけがその場に残される。

 一過性の台風そのものだった。

「…………なんだったんだ?」

「さあ? でもあげなおデブちん見たことなかよ」

「新入生であんなんいたら嫌でも目に付くしなぁ」

「ん、たしか明日から二年に転校生が来るとか」

「それがアイツだってか? しかし転校生てのはまた珍しいな」

 衛士学園の編入試験は入学試験と打って変わって恐ろしく難易度が高い。

 学園の授業は基本的な教育課程をそこそこに、兵科訓練というものが存在する。

 歩兵、騎兵、伝兵と別れてそれぞれの役割を果たすための訓練をするもので、それを一年受けたのと受けていないのとでは漠然とした差が出る。

 故に第二学年以降の編入試験は余程の戦闘技能を有していなければ突破は不可能とされている。

「…………よし、八尋やひろ。明日以降アイツをマークしといてくれ、遠野とおのに言って情報洗っとく」

「仲間にすっと?」

「ああ、こんな時期に転入なんてワケありだろ? こっちは猫の手でも足でも借りたいくらいなんだ、乾坤一擲けんこんいってきの可能性に賭けるのもアリだからな」

 眉根を釣り上げた少女、八尋が愉快そうに空中でくるりと逆さになった。

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