きけばいいのに、って瑞希は言うけど、その方法が難しい。ほたるちゃんの方から、話を振ってくれればいいのに。だってもし、私がスノードームの世界で見たのがほたるちゃんなら、ほたるちゃんは私の正体を知っているはずでしょう?


 だとしたら、黙っているのは何故? ……あれはやっぱり、ほたるちゃんじゃなくて、私の見間違いなのだろう。




――――




 合唱コンクールの日がやってきた! くまを学校に連れていく日!


 私は朝から張り切っていた。合唱コンクールも楽しみだし、それにくまを学校に連れていくのもわくわくする。いつもの通学かばんの中だと他の荷物に紛れてもみくちゃにされるかもしれないから、わざわざくま用に別のかばんを用意する。私って、心優しいなあ……。


 くまはやっぱり少し迷っているようだった。何故かはわからない。けれども行きたくないとは言わなかったので、予定通り連れていくことにする。


 学校に到着して教室で。私は瑞希たちをよんだ。


 私の机の周りに瑞希、沢渡さん、楓ちゃんが集まる。私は小さなてさげかばんを机の上に置いた。


「さて、この中には何が入ってるでしょう」


 三人がかばんの中を覗き込む。真っ先に、楓ちゃんが嬉しそうな声をあげた。


「くまだ!」


 楓ちゃんはくまが好きなのだった。くまはかばんの中でじっとしている。本当に、ただのぬいぐるみみたい。「いない」状態、つまり、接続を切っているようにも見える。でもくまは「いる」。私にはわかる。


「どうしたの? なんで連れてきたの?」


 瑞希が驚いた声を出す。私は言った。


「学校を案内したかったから! この学校をくまに見せたかったの。くまも、私の部屋だけじゃなくて別の光景も見たいかなって思って」


 かばんから出してあげたいけど、今はまだ周りに他の生徒たちがいるから駄目。大人しくしててね、って伝える意味もこめてくまをつんつんとつついた。くまはちょっと身を震わせたけど、ぬいぐるみっぽく転がったままだ。


 朝のホームルームが終わり、みんながあちこちに散っていく。講堂に行く子もいれば、他のクラスを訪ねる子、空き教室に向かったり、中庭に出てみたり。今日は自由な日なのだ。私たち四人をのぞいて、全員がいなくなったところで、私はようやく、くまを外に出す。


「これが学校だよー!」


 そう言ってくまを机の上に座らせた。それを半円形に囲む私たち。くまはちょっと戸惑っているようだ。


「外に出るの、初めてなの?」


 楓ちゃんが尋ねた。くまは答える。


「ああ、この姿では初めてということになる。私の場合、本体はよそにあるわけだから……」


 そうだ、本体。本来の姿。


 私は近くの机の上に腰掛け、そのことを考える。本来の姿って、どんななんだろう。一体このくまは――というか、そこにとりついている(?)異世界人は、どういう姿をしているんだろう。


 一度、他のみんなと議論になったことがある。その時に、瑞希が言った。


「奇跡のように美しいだなんて、嘘くさいよね」


 うーん、そうかもしれないけど……。でもどうせなら、美しいほうがいいじゃない?


「人型をしているとは限らない」


 これは沢渡さん。真面目な顔で続ける。「美の基準も私たちと合致しているとは限らない」


 瑞希が同意した。


「そうだね。身体中にとげが生えている生き物とかかもしれないし。そして、とげが多い方が美しいとされてるとか」


 ええー……それは嫌だなあ……。思わず想像してしまう。でも、はりねずみみたいな生き物だったらかわいいかも。


「私は……本来の姿もこのくまと同じだったらいいなあと思うの」


 楓ちゃんは言う。楓ちゃんはこのくまのぬいぐるみをいたく気に入っているのだ。


「……それ、どういうことなの?」


 瑞希の問いに楓ちゃんは言った。


「このくまさんの中の人が住んでいるところは、くまのぬいぐるみたちの世界なの。あ、くまだけじゃなくて、かわいいぬいぐるみの世界でもいいな」


 私は想像した。ぬいぐるみたちが暮らす異世界。どういうわけだか知らないけど、彼らは魔法少女たちとコンタクトを取っている。それが仕事。彼らは出勤して、パソコンの前に座って、魔法少女たちとやりとりをする。うん……かわいい。メルヘンな世界だな。


 楓ちゃんの案も捨てがたいけど、私としては、ハンサムな人型の男性だったらいいなーって思う。だから、イケメンアイドルや俳優さんの写真をいっぱい見せて、この中で誰に似てる? ってくまにきいてみたことがある。でもくまはくすくす笑うばかりで、何も教えてくれなかった。残念。


 ともかくくまは、自分や自分たちが暮らす世界についてほとんど教えてくれない。きくだけ無駄なのではないかという気がしてきた。


 などと考えていると、いつの間にやら、楓ちゃんが手近な椅子に座って、膝の上にくまを置いている。今日、これからどうする? の話題に応じながら、くまの手を躍らせるように左右に動かす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る