天孫の理術師〜養成所で目立たない俺は裏では国最強の守護者〜

のの字

前編

〜高天原家屋敷〜


夜のリビングに、ぴちゃっぴちゃっという音が響く。

俺はくすぐったさを感じながらも、必死に耐える。


「姉さん」

「ん」


顔下からくぐもった声が聞こえてくる。

黒髪和風美人、俺の姉である高天原咲耶が上目で見てくる。

その間もぴちゃっぴちゃっと俺の首を舐めるのをやめない。


「姉さん、もう十分だろ」

「まだ、です……もっと日向のが、欲しい、です……」

「ほーら、離れてよ」

「嫌、です……」


俺と姉さんが攻防を繰り返していると、スマホが鳴った。

俺は片手を伸ばしスマホをつかむと着信相手を見て、それを姉さんにも見せる。

そんな露骨に嫌そうな顔しなくても。


「こんな夜遅くにお勤めですか」

「多分ね」


ようやく離れてくれた姉さんに安堵しながら通話ボタンを押した。


###


〜ドーム0-03 オド再利用発電所〜


俺はバイクをかっ飛ばし、ドームに到着した。

ヘルメットを外すと、後ろに乗っていた姉さんのも受け取る。


「別に付いてこなくても」

「弟の格好いい様を見るのはお姉ちゃんの特権です」

「はいはい」


俺達は認証をパスしてドーム内に入る。

標識のない通路も迷うことなく、目的の扉の前まで来る。

入った瞬間、何かが俺の方へすっ飛んできた。


「ひゅーちゃーん♪一昨日ぶりねー♪会いたかったわー♪」


ジャンプで俺の頭に抱きつき、豊満すぎる胸を押し当てているのは俺の母親である高天原千尋だ。

隣にいる姉さんが不機嫌になるのを感じる。

姉さんと母さんは顔の作りは似ているけど、一部に圧倒的格差があるからな。

やっべ、さらに冷気が増してしまった。


「さくちゃん、大丈夫よー。まだまだ成長の余地はあるわー」

「殺しますよ?」

「ひゅーちゃん、さくちゃんに殺すとか言われたー。慰めてー」

「うっとうしいですね。いい加減、離れてください」


姉さんが俺から母さんをぺりっと引き剥がす。


「それで、任務内容は?早くしないと日向の睡眠時間がなくなってしまいます」

「相変わらず、ひゅーちゃん以外にはつれないんだから。ま、時間がないのは本当だし、こっちよー。ついてきてー」


母さんが歩きながら言う。


「敵は伯爵級悪魔が一体」

「伯爵級?母さんじゃ、いけなかった?」


俺のそんな疑問はモニター画面を見てすぐに氷解した。


「タイプ暴食――消失系か。錬金系の母さんじゃ確かに相性が悪い」

「そういうことよー」


【消失系大罪術式 失・伯爵級】


モニター画面の向こうでは、巨人が派手に暴れ回り、顎から次々と黒い塊を発射していた。あれに触れた物は全て術式の効果が続く限り消失し、無に帰す。

通常はだが。


【特殊系理術式 イージス】


黒い塊は隔離シェルターにぶつかった瞬間、霧消する。

ドームの自動防衛システムによるものであり、計算上、公爵級悪魔の攻撃まで無効化できる。


「施設内オド量、10%を切りました!もう時間がありません!」


コントロール画面にしがみついていた理術師の一人が叫ぶ。

【イージス】は恐ろしく燃費が悪いのが最大の欠点だったりする。


「そんじゃ、さっさと片付けてくるよ」

「よろしくねー」


母さんに声をかけ踵を返そうと――姉さんに腕をつかまれる。


「ちょっと待ってください。どうやって戦うつもりですか?」

「えっと……グーで」

「再考を提案します。具体的には刀とかいいと思います」

「あー」

「刀がいいです」


姉さん好きだもんね、刀。


「分かったよ。刀にする」

「はい!ありがとうございます!日向!」


満面の笑みの姉さんに見送られながら、俺は扉を出る。

長い階段を下りていく。

隔離シェルターの前まで来ると自動で扉が開く。

二重扉になっており、俺は特段気負うことなく二つ目の扉に行く。


隔離シェルター内に入るとすぐに、一つ目の巨人がぎょろりとこちらを向く。

俺は「力」を解放する。

巨人は顎を大きく開け黒い塊を発射する。

物質を消失させるそれが俺の目前まで迫り――霧消する。


「GRAAAAAAAAAAAA!」


いくら連射しようが無駄だ。

俺は巨人の怒りを無視するように虚空に手を突っ込む。

引き抜いたその手には一本の刀。金色の刃文を放っている。

俺は刀を上段に構え――


【閃】


振り下ろしたと同時、巨人はずるりと二つに崩れ落ちた。

煙のように跡形もなく消え去る。

あとには一個の結晶体、オドクリスタルがあるだけ。

俺は人の頭大のそれを持ち上げる。


「さすが伯爵級となると、なかなかだな」


しげしげと見ていると、隔離シェルターの扉が開いた。


「ひゅーちゃーん♪お疲れ様ー♪」


またも母さんがジャンピング。


「やっぱり、そっちの顔が百倍かっこいいわ-。忍君の次にかっこいいわー。あーん、忍君に会いたいよー。忍君ー」


高天原忍は俺の父親であり、現在、帝國代表理術師として海外遠征中だ。

といっても毎日、テレビ電話してるだろうに。

俺が呆れていると、姉さんが母さんをぺりっと引き剥がす。


「母様、間違っています。一番格好いいのは断然、日向です」

「忍君よ!」

「日向です!」

「「ぐぬぬぬぬ」」


「あなた達、明日も学校でしょうから、この問題はまた後日にしましょ」

「望むところです」

「話は変わるけど、ひゅーくん。結婚したい人は見つかったのー?」

「あー……」

「ダメよー。ひゅーくんは高天原家を次代に残す義務があるんだから」

「日向は奥手ですからね。ですが、私がすでに一人は見つけてあるので抜かりはありません」

「え!?俺、知らないんだけど!?」

「一人は、ってことは、さくちゃん的にハーレムはあり?」

「当然です。日向を支えるには複数の妻が必要です。五人でも、十人でも」

「多いから!てか、俺は一人だけで十分だから!」

「お姉ちゃんだけということですか?嬉しいですが、現実的に……」


姉さん以外なんだけどなあ。

俺は現実逃避しながら「力」の解放を止める。

普段通りの、どこにでもいる平凡な姿に戻るのだった。


###


〜都立理術師養成所 二回生講義室〜


俺は今日も今日とてモブっぽく学生達の中にまぎれている。

なにせ講義室には百人はいる。

帝國全土から集まった将来有望な理術師の卵だ。

そんな中で俺はと言うと、勉強も実技も下の方をうろちょろしている。

高天原の男としてはこれがベストだろう。


「であるからして、悪魔は内在オド量を計測することによって階級を分けることができ――」


今日の講義は、週末に行われる、養成所に入って初の「実地演習」のためのおさらいだった。

オドとは、悪魔とは、理術師とは、と簡単にまとめている。


オドとは森羅万象全ての物に内在し、事象に干渉する「力」のことである。

悪魔とは「異界」から俺達のいる「現界」への侵略者。帝國ではその昔、鬼と呼んでいたが、現在では世界標準の悪魔と呼んでいる。

悪魔は「空間歪曲」を経て現界に出現し、オドを用いた【大罪術式】で人類を攻撃する。また、彼らの持つオド量に応じて多い順に、魔王級、公爵級、伯爵級、子爵級、男爵級、騎士級、と類別される。階級が上の悪魔はそれだけ大規模な【大罪術式】を使うことが出来る。

そして、理術師とは人類の中でも特に体内に持つオド量が多い者達が、【理術式】でもって悪魔と対抗し、討伐する。

全理術師は国際機関である理術師協会に所属しており、そんな理術師を育てるのがこの養成所というわけだ。


……うん?


肩をつつかれた感触に横を見る。

講義室は長机が階段状にあるのけど、俺の隣には九条蛍がいて、にぱぁとこちらに笑みを浮かべていた。

くりくりした目とふわふわな茶髪が犬っぽい。

九条はルーズリーフに文字を書き始める。


『ひまだねー』


俺も書く。


『授業中ですが』

『ひまだねー』


これはあれか、「イエス」でないと永遠続く感じか。


『同意』

『でしょー』

『で、何?』


九条は何やら前衛的な人っぽい何かを描く。


『日向くん!!』

『本当、ひまなんだな』


くすくす笑うのを横目で見ながら、俺は息をつく。

九条蛍という存在は謎だ。

俺の思い違いでなければ、違ったていたら恥ずかしいけど、なぜか懐かれてしまっている。

最近では講義の度に隣に座っている気がする。

やっかいなことに。

いや、九条自身は悪くないが、この養成所で彼女は容姿で姉さんにも勝るとも劣らない一人だ。姉さんと違って可愛い系だけど。

モブな俺にとっては男共のやっかみがね。


『そうそう、日向くん』

『何?』

『演習の班って決まった?』


実地演習は六人一班で行われる。

俺は適当に余っている所に入れてもらうつもりでいる。


『いや』


返事が来ない。

横を見ると、九条はシャーペンを唇に当てて考え込んでいるようだった。


「高天原!」

「は、はいっ!」


突然の講師の指名に慌てて立つ。


「悪魔との戦闘で我々が最も注意すべきことは何だ?」

「メルト、でしょうか?」

「では、メルトとは何だ?」

「えっと……メルトとは、タイプ嫉妬の悪魔が自身の核であるオドクリスタルを【燃焼系大罪術式 炎】で燃やし破壊することで瞬間的に高密度のオドが発生、それに伴う「空間歪曲」が起こることを指します。

「これがなぜ危険かと言えば、より強い悪魔が現れる可能性が高いからです。そもそも「現界」は「異界」に比べ、空間的に高次にあります。ゆえに悪魔は現界に現れる際、大量のオドを必要とします。そのため通常現れる個体は、オドの大半を失った騎士級となります。しかし、逆に、空間的高次である現界から「空間歪曲」を起こすことは容易であり、先に述べた方法で空間歪曲が起きると、異界から悪魔がオドを失わずに現界に現れることになります。これがメルトの危険性です。

「よって、戦闘では、タイプ嫉妬の悪魔の見極め、早期討伐が肝心となります」

「……上出来だ」


やっべ、素で長々と答えてしまった。


「九条が可愛いのは分かるがよそ見せず、講義に集中しろ」

「はい、すいませんでした」


講義室内、失笑である。

あーやらかした。

九条のやつ、「メンゴメンゴ」じゃないよ、もう。


###


〜都立理術師養成所 訓練場〜


昼休みを挟み、俺達二回生は実技訓練である。

帝國帝都のお膝元ということもあり、訓練場は広大で高機能だ。

俺は射撃場のレーンでハンドガンを握っている。

狙いは騎士級悪魔を模したゴーレム。大人と似た一つ目のそれが、三十メートル離れたところから、こっちへ近づいてくる。


【強化系理術式 硬壱式】


ハンドガンから放たれた強化弾はゴーレムの一つ目に当たる。

表面が削れ、ノックバックする。

貫通もせず、倒れもしない。俺はもう一度、ハンドガンを発射する。


このハンドガンは「装具」だ。

装具とは理術式演算回路を搭載した武器防具の総称で、事前に理術式を登録しておけばオドを流し込むだけで理術式が展開される。

オド量で、大半の理術師が騎士級悪魔にさえ負けるにもかかわらず、討伐できるのは、装具による高速戦闘のおかげだった。


装具は武器であれば、ソード型、ガン型、ステッキ型、ボム型に類別される。

どれを使うかは個人の自由だが、個人のオドのタイプによって大まかに決まる。

オドのタイプは「七つの大罪」になぞらえ、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。それぞれ得意な理術式は、重力系、錬金系、燃焼系、強化系、魅了系、消失系、遅延系となる。

俺の場合は、オドがタイプ憤怒なので、得意な理術式は強化系。装具はソード型かガン型が相性がいい。

平凡な俺では近接戦なんて極力避けたい。

よって、ガン型のハンドガンというわけ。


四発目でようやく風穴が開き、ゴーレムは倒れて停止する。

俺はゴーレムの元まで行く。

四発の着弾にぶれが小さいことに満足する。


「おー、さすがですなー、日向氏」

「……何、その喋り方?」

「なんとなく?」


ひょこっと背中から現れたのは九条だった。

さっきから背後に視線を感じていたが。


「でも、ほんとさすがだね、日向くん。射撃精度は養成所一番なんじゃない?」

「俺は体内オド量がD級だから一発も無駄撃ち出来ないからな」

「何発連射出来るんだっけ?」

「【壱式】が32発。B級の九条さんがうらやましいよ」

「…………」

「……え?何?」


九条が急に距離を縮めてきて、顔を覗き込んでくる。


「むー、まだ九条呼び。蛍って呼んでいいんだよ」

「あー……」

「蛍って呼んでいいんだよ」


またもエンドレス。

俺がどう対処しようかと思っていると、何だか九条の様子がおかしい。

顔がほんのり赤く、目がとろんとしてくる。

呼吸が心なしか荒い。


「おーい、九条ー」


軽く肩を揺すってやる。

はっと我に返った様子の九条は俺から距離を取る。

頬に両手を当てて首を振る。


「どうした?気分でも悪くなったか?」

「な、なんでもないよ!……こほん。それより射撃の話だったね」


もういつもの九条に見える。何だったのだろうか。

俺は気にせず話を合わせる。


「射撃って言っても、九条は魅了系で、装具はボム型だろ?」

「そうなんだけどねー」


九条は肩に提げているバッグからテニスボール大の球体を取り出す。

ボム型はオドを込め、投げると着弾点で理術式を展開する。

主に範囲攻撃が可能なタイプ強欲の錬金系やタイプ色欲の魅了系に使い手が多い。


「私って肩があんまり強くないんだもん」

「いや、遠投百メートル越えと聞き及んでおりますが」

「一瞬で見破られた!?私のか弱いアピールが!?」

「あのなあ……」

「でも、えへへ、そっか、知ってるんだ」

「何だよ?」

「日向くんってちょっとは私に興味を持ってくれてるんだなーって」

「そりゃ、まあ……」


普通の男子くらいには。

何だか照れくさくなり、少し投げやり気味に倒れたままのゴーレムに手を当てる。


【特殊系理術式 悪魔型ゴーレム・騎士級】


頭部が塞がったそれが立ち上がる。

次の瞬間、殺気を感じ、片足を一歩斜めに引く。


【燃焼系理術式 炎弐式】


俺の目前を炎を纏った大剣が通り過ぎる。

ゴーレムを頭から真っ二つにする。

振り返るとそこには身長190にも届く大柄な男、京極鏡也が忌々しげに俺を睨んでいた。


「大丈夫!?日向くん!」

「ああ平気」

「京極くん!どいうつもり!こんな至近距離で!」

「チッ」


最近、京極の俺に対する当たりが強い。

理由は言うまでもないのだけど、さっきのあれ、普通に直撃コースだったぞ。


「こんなチマチマ撃つしか能がないカスにかまってんじゃねえ。蛍、演習の話し合いやるから付いて来い」

「そんなことより、まずは日向くんに謝って――」

「あー俺はいいから、行けって。話し合いなんだろ?」

「日向くん……」


「ごめんね」と言い残して九条は歩き出す。

それを後ろ目で確認した京極は舌打ちして立ち去る。

俺はため息をつき、もう一度、ゴーレムにオドを流し込むのだった。


###


サイド:九条蛍


私は離れた距離で京極くんの後ろをついていく。

まださっきのあれのせいで感情に整理がついていない。

京極くんが立ち止まって振り返る。


「そんな目するなって、蛍、な?」


そんな目ってどんな目してるんだろ、私。

京極くんの手が伸びてきて肩に触れようとしたので、かわす。

この男に触れられたくなかった。

本当は下の名前で呼ばれたくだってない。


「チッ、あんなD級のカス、どうでもいいだろうが」


また日向くんのことをカスって言った。

京極くんは私の目を逃れるように前を向く。


「くそっ」


再び歩き出した背中についていく。

ああ、ダメだ、ダメ。こういうのは良くない。

今から実地演習の話し合いなんだから。

私は深呼吸して心を落ち着かせる。


でも、どうして日向くんが「カス」だなんて言われなくてはいけないのか。

日向くんの養成所内での評価は低い。

それは学生会会長をしている、あのすごいお姉さんのせいでもあるのだろう。

それでも日向くんにもいい所だっていっぱいある。

射撃精度はすごいし、講義中に突然当てられても理路整然と答えていたし。

話していて私は楽しいし。

日向くんはどうなのかなあ……。


あと、日向くんのそばってなんか不思議な感じがするんだよね。

温かいというか、安心するというか。

てか、さっきはヤバかった。これまで以上に日向くんに近づいたら突然、頭がぽーってなって、胸もドキドキして。

何だったんだろ、あれ。


さておき、日向くんだ。

日向くんのことをもっとちゃんと知ってもらうためにはどうすればいいんだろう。

……やっぱり私達の班に誘うしかないよね!

班を勝手に「家」で固められたけど、だったら、日向くんだってあの「高天原」だし、問題ない。

一緒の班になって実地演習すれば、日向くんの良さが分かって、京極くんも「カス」なんて言葉は撤回してくれるはず。


よーし、みんなを説得だー!

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