第4話 そして主役は微笑んだ

 俺たちはライブハウスから出て、すっかりシャッターが閉まりきった竹下通りを歩いた。

 頬を撫でる風は冷たいのに、今もライブハウスの熱気が体にまとわりついている。


 だが、いつまでもその心地良い余韻に浸っているわけにはいかない。

 俺はまだ、清水に聞かなくちゃいけないことがある。


「どうしてあのメモの持ち主が先輩だった気づいたんだよ」

「あの学食で間近に文太の反応を見ておきながら気づかなかったら、それは単なる馬鹿だ。先輩の筆跡だって気付いたからこそ、下手な嘘をついてでも庇いたかったんだろう?」


 やっぱり露骨だったか……。自分の滑稽さに恥ずかしくなる。


「でも、先輩がバンドやってるっていうのはどうして分かったんだ? もしかして、前から知ってたとか――」

「指だよ。短い爪。それに指紋が薄い。おそらく日常的にギターを弾いてるせいだ」


 食堂で会った一瞬のうちにそこまで察していたなんて、つくづくシャーロックホームズのような観察眼だ。


「あんな少し見ただけなのに、分かるもんなんだな」

「他に指先を摩擦するようなことを日常的にしている可能性もあったけど。

 例えば、ガムテープの粘着面をひたすら指先でいじるのが趣味とか」


 先輩がそんな奇特な趣味の持ち主でたまるか。


「で、文太の憧れの先輩の素顔はだいぶロックな感じだったわけだけど……幻滅した?」

「するはずないだろ。どんな先輩でも、先輩であることに変わりない」


 俺はすぐさまそう返した。

 姿勢良く綺麗な文字で執筆する先輩も、マイクの前にいた先輩も、きっと思いは同じだ。

 人に想いを伝えたくて、やわらかい心をむき出しにして見せている。


 表現の手段、ファッション、言葉遣い……それらはみんな、その人の一部にすぎない。氷山の一角だ。

 うまく言葉に出来ないが、俺は先輩のもっと根っこの部分に魅力を感じていた。


 自分が見てきた先輩が全てだとは思っていないし、妙な幻想を押し付けてもいない。

 そう伝えると、清水はなぜか満足げに頷いた。


「……だから君と居るのは気楽で良いんだよ」

「なんだよ、それ?」


 意味が分からず聞き返した俺に構うことなく、清水が歩みを早める。

 一瞬馬鹿にされているんだろうかと考えたが、ちらりと見えた清水の横顔が楽しそうなので黙っておいてやることにした。

 こいつはこいつで、きっと美形なりの悩みがあるのだろう。


「それにしても、先輩、かっこ良かったな」


 俺がステージを思い返していると、清水は何を分かり切ったことを言っているんだと呆れたように言った。


「自分の人生の主役を張ってる奴は、かっこ良く見えるものだよ」


 そうか。すとんと、腑に落ちる。

 物語の主人公になるきっかけは、落ちてくるものじゃなくって、自分でつかみ取るものなのかもしれない。


 そして、こいつも間違いなく主役だ。美形で変人、特異な観察眼。

 表面上だけ優等生な清水は、自分の生き方を確立しているように見える。

 まだ脇役でしかない俺は、羨ましいような、それでいて少し誇らしいような気持ちになったのだった。


「文太君、何を笑ってるんだ」

「別に」


 ホームズじゃなくてワトスンでも良いじゃないか。

 そんなことを考えながら夜道を歩くのは、思いのほか悪くなかった。

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主役になれない俺と、殺人予告と、シャーロック 保月ミヒル @mihitora

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