02 狩名更、由凪比華

 初めて仕事で会ったときから。なんとなく、馬が合うなとは思った。


 そして、それが、とても気にくわなかった。会う度に親密になっていく関係性も。お互いのことを分かっているような気分になることも。すべてが、意に沿わない。


「気にくわないって顔してるなあ?」


 恋人が来た。煙草の煙を差し向ける。


「やめろよ。煙草」


「いやだね」


 死にたかった。でも、死ねない。だから、中途半端に煙草で命を燃やしている。それに、煙草は偽物だった。ライターで火を点けるけど、中身は市販のアロマキャンドルよりも無害。ただのミント味。ガムと同じ。


「俺はおまえがいれば、それでいいんだ。他に誰もいらない」


「それが問題なんだろ?」


 彼女が、偽物の煙草を奪って、吸い始める。煙。


「元恋人なんだから。いいかげん、新しい恋に踏み出しなよ」


「俺はおまえしか欲しくない」


「一途かよ」


「悪いかよ」


 彼女から一方的に、恋愛関係を解消してきた。理由もわかっている。


「頭の調子は?」


「最近はかなり良いよ。セックスするか?」


「しない」


 彼女の脳に、不具合があった。いつ死んでもおかしくない、らしい。彼女は、それで恋愛関係を解消した。それでも、こうやって自分が寂しくしていると、寄り添ってくれる。


「やっぱりしようか。さびしそうだよ」


「しないよ。セックスは」


 たとえ、ほんの少しの揺れだとしても。彼女の脳に負担をかけたくはなかった。


 生きていてほしい。そう、強く思う。


「今度。ドナーの適応検査に行く予定だから」


 自分がドナーとして適応されたら、すぐに死ぬつもりだった。彼女が生きるためなら、死にたい自分なんて、どうなってもいい。


「だめだよ。そんなことしちゃ」


 ドナーは否定されるけど。彼女は、死にたい自分を、止めようとしない。だから、好きになった。

 彼女は、どこまでも、やさしい。死にたい自分を生かそうとするのではなく、いつか死ぬまでの時間を寄り添ってくれる。そういう、包み込むようなやさしさだった。

 生きることを強制されないのが、とても、心地よかった。それでも、彼女のやさしさに対して、自分は無力だった。


 なぜ、死ぬのが彼女なのだろうか。自分が死ぬなら、それでいいのに。彼女は、奪わないでほしい。


 そういうことを考えていたら、いつのまにか、彼女の胸で眠っていた。


 あわてて起き上がる。


「だめだよ。がまんしちゃだめ」


 そのまま。

 あきらめるような、気持ちになった。

 セックスはせず、彼女の胸にうずまって、ただ眠る。


 死なないでほしい。そう、思いながら。

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