12/16 偉そうな卵

『会う人ごとに違う顔。自分の顔はなくしたの?』 

 ピコーン

「鏡!」

『正解』


『僕たち二人で一人分、力合わせて戦えば、あらゆる敵をまっぷたつ』

 ビコーン

「ハサミ!」

『正解』



 僕らは、クイズ大会に参加している。


 主催者兼、出題者は、丸く艶々とした白いボディに手足が生えた珍妙な生き物。その名も“ハンプティ・ダンプティ”。


 森を歩いていたら半ば拉致されるような形で参加させられた、このイベント。嫌なら、さっさと辞退するなり、わざと解答を間違えればいい。

 でも、ある理由で僕たちは全力で優勝を狙っている。


 なぜなら、景品が——『至高の卵』だからだ。


『100年に一度の美卵。お菓子、とくにクリスマス・プディング作りに最適』と札をつけられた、その卵はハンプティ・ダンプティの横で燦然さんぜんと輝いている。


 こういうキャッチフレーズに僕は弱い。どうしても、手に入れて味を確かめたくなってしまう。実際、卵はプディングの材料として必要だと思っていたので、好都合だ。


 僕らの頭には英国国旗柄、いわゆるユニオン・ジャック柄のシルクハットが乗っかっていて、手元のボタンを押すと上部がパカッと開いて、ピコーンとライトが光る仕掛けになっている。ベタすぎて、逆に昨今みないような演出だ。

 ただこのシルクハット……レディには、ものすごく似合っている。普段の格好が、羽根つき帽子にストライプ柄のドレスだからだろうか。なんの違和感もない。


「ちょっとぉ、ジロジロみないでよぉ。こんなダサい帽子、耐えらんないんだけど。ホントあのクソ卵、後からバキバキに割ってやるんだから!」

 好みじゃない格好をさせられて、レディは相当おかんむりだ。

 

『はいはい、集中、集中。お口にチャック。あまりにうるさい方は、一生おしゃべりできないようして差し上げますよ』

 ハンプティ・ダンプティは、穏やかでないセリフを穏やかに口にしながら、手元のメモをペラリとめくった。


 僕たちはチームで戦っていて、すでにこれは“決勝戦”。


 対戦相手は、ひたすらニコニコしている男女のカップルだ。お揃いのショッキングピンクの服を着ており、胸元にはそれぞれジャック、ジルとロゴが入っている。


 どうやら彼らは有名人らしく、正解するたびに、きゃーー!とか頑張ってーー!とかいう黄色い声援が森のあちこちから湧いてくる。

 対して、僕らが正解したときは、申し訳程度にパラパラと拍手がされるだけ。ちょっと寂しい。


 やっているのは、クイズ100題先取。一進一退の攻防を繰り広げ、いまや僕らが99題、ジャック&ジルが98題正解し、非常に重要な局面に差し掛かっていた。


『羽のない鳥が来て 葉のない木に止まった。口のない乙女が葉のない木から羽のない鳥をとってたべた。これなあに?』

 ピコーン

「雪!」

『不正解』

 ビコーン

「雪とおひさま」

『はい、正解!』


「ジルは物知りだなぁ⭐︎」「うふ、ジャックったら褒め上手⭐︎」正解して盛り上がったジャックとジルは、人目も憚らずイチャつき始める。


「そんなの、おかしいでしょ! アタシ、合ってたじゃない!」

 青筋をたててレディが猛抗議する。


 けれど、こっちを見て、煩わしそうに首を振ったハンプティ・ダンプティは、フイッと手を横に動かした。途端にレディの口には、チャックがつく。


「レディ! 大丈夫?!」

「うぅぅ」

 レディは手で三角をつくる。


 ねえ、大丈夫なの? 大丈夫じゃないの? どっち???

 狼狽えている間に、ハンプティ•ダンプティは吠える。


『さぁ、運命の最終問題。これで勝敗が決まります! 勝利の花冠はどちらに? 断頭台の露と消えるのはどちらなのかー?!』


 あぁ、もう! こんな状況じゃ、僕が答えるしかないじゃないか。


『セント・アイヴスへいく道すがら、ひとりの男にであった。男には おかみさんが七人、おかみさんは めいめい ふくろを七つ、どのふくろにも ネコが七ひき、ネコは それぞれ 七ひきずつの子もち。子ネコ 親ネコ ふくろにおかみさん、セント・アイヴスへいくのは なん人?』


「ええっ? 七人が7個の袋だから、かける7で49……それに……」

 ジャックとジルは、戸惑いながらも指を折々計算を始める。


 僕は妙な既視感に襲われた。


 ……なんかこのシーン、見たことがあるぞ。


 タンクトップを着たいかつい男がでてきて……電話ボックスのところで……まさにこんな会話を……。

 そうだ! ついこの間、テレビで見た『ダイ・○ード3』だ。1、2はクリスマスシーズンの話だから、3もそうなのかなって見てたら、舞台はまさかの真夏。これにはびっくりした。けれど話自体はまあまあ面白かったし、特にこのなぞなぞのシーンは印象的なシーンだったから覚えている。


 だとしたら、答えは……


 ピコーン!!!

 僕は、思いっきり手元のボタンを押す。


 叫んだ。


 ————しばしの沈黙。


『だいせいかーーい!!!!!!!!』


 メモを放り出し、ピョンピョン飛んではしゃぐ、ハンプティ・ダンプティ。森の中から、色とりどりの紙吹雪が飛んでくる。レディと思わずハイタッチした。


 ……まあ、ボンヤリみてた映画の内容を覚えていただけ、なんだけどね。

 しかも、観てる時はどこか焦っていた。こんなことしてないで、外に行かなきゃ。食べ歩きとか仕事に役立つこと、しなきゃって。


 でも、案外無駄じゃなかったのかな……? こうして役に立ったのだから。僕は不思議な気分で、体に大量に張り付いてくる祝福の紙切れを眺めた。



 ハンプティ・ダンプティは塀の上にぴょこんと立ち上がり、景品の卵を恭しくこちらへ差し出してくる。

 僕はそれを笑顔で受け取り————対するハンプティ・ダンプティも笑顔で……と思ったらバランスを崩し、「あああああ」と叫びながら塀の向こう側へと落ちていく。追って聞こえたのは、あまり良くない音。


「?!」

「けっ! ほっときましょ。アイツ、ずっとああやって生きてるんだから。自分でなんとかするわよ」

 口元のチャックが消えたレディは、頭から帽子を素早く外し、遠くに勢いよく投げる。


「でも、一応助けに……」

「うーん、どうしてもって言うなら止めないけど……私は見ないことをおすすめするわ。これからも卵が食べたいならね」

 言うと、レディは意味ありげに僕の目を見たあと、すっと視線を横を流した。


 ええぇ……。あ……でも卵は……食べたい、な。


 いさぎよく、僕は見てみぬふりすることを決めた。


 ごめんよ、ハンプティ・ダンプティ。


 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 以下、登場したマザーグースの紹介


『Jack and Jill』

(ジャックとジル)


 Jack and Jill went up the hill

 To fetch a pail of water;

 Jack fell down and broke his crown,

 And Jill came tumbling after.


 Up Jack got, and home did trot,

 As fast as he could caper,

 To old Dame Dob, who patched his nob

 With vinegar and brown paper.


 ジャックとジル 丘を登った。

 手桶で水をくむために。

 ジャックは転んで頭に大怪我

 ジルも続いて転げ落ちた。


 立ち上がると、すぐにジャックは、

 家に全速力で戻った。

 老ダブ夫人は、ジャックの頭に

 お酢を染み込ませた茶色の湿布をぺたりと貼った。



『Humpty Dumpty』

(ハンプティ・ダンプティ)


 Humpty Dumpty sat on a wall,

 Humpty Dumpty had a great fall.

 All the king's horses and all the king's men

 Couldn't put Humpty together again.


 ハンプティ・ダンプティ 塀に座り、

 ハンプティ・ダンプティ したたか落ちた。

 王様の馬と家来全員でも

 ハンプティを元には戻せなかった。


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