ACT23 新堂由仁の行き先


「ふぁああ……ちょっと休憩~」


 朝、自室の窓の外から淡い日が差してくるのを感じつつ、新堂しんどう由仁ゆにはシャーペンを置いて、勉強机の椅子に座ったまま軽く伸びをした。

 机上のデジタル時計を見ると、時刻は午前六時。

 だというのに、今の由仁には眠気がなく、頭もよく冴えている。


「んー、水分補給しよっかな」


 そう思い立ち、由仁は席から立とうとしたのだが、その前に、


 コンコン


 自室の入り口からノック音が入って、


『おはよう、ゆーちゃん。入ってええか?』


 次いで、兄の新堂しんどう源斗げんとの声が聞こえてきた。

 兄がそのように声をかけてくるのは一週間ほど前からのルーティンなので、由仁は特に気にすることもなく頷く。


「ええよ~」


 答えると、その直後に自室の戸が開いて、ジャージ姿の源斗がアイスコーヒーの入ったお盆を手に部屋に入ってきた。


「邪魔するでー」

「邪魔するんやったら帰ってー」

「はいよー。よっしゃ朝のランニングいくかー……って、なんでやねんっ」

「おお。ゲンさん、今日もいいノリツッコミ」

「うむ。ただ、毎朝は飽きるから、そろそろ違うバリエーションが欲しいところやな」

「ははは」


 このように交わされる新喜劇なノリも、わりと毎回行われているやりとりである。

 そのくらい、由仁と兄の源斗との仲は、家族として良好である。


「勉強、捗っとる?」


 アイスコーヒーのグラスを机に起きながら、源斗が訊いてくる。


「うん。まあぼちぼち。次の中間は、この前の実力テストみたいなヒドいことにはならへんと思うし、赤点も回避できるはずやで」

「そっか。それにしても、ゆーちゃんが朝方勉強法とはな。えーちゃんが薦めてくれたんやっけ」

「そうそう。ホンマ、早起きは中学の時以来やったから、起きれるかどうかちょっと不安やったけど、結構何とかなるもんやね」


 笑いながら、由仁は窓の外から慣れ親しんだ朝の光景を見る。

 微かに聞こえてくる雀のさえずり。

 自宅周囲の静けさ。

 そして……ちょっとした眠気の残ったまま身体を動かしていた、あの頃。

 今は、来週の中間テストで赤点を取ったらお小遣い抜きにされるという事態を回避するために、勉強を朝から頑張っているけど。

 その、中間テストが終わったら、


「また、走ろっかなぁ……」


 窓の外のその空気を感つつ、ついつい、由仁は呟いてしまった。


「そんなこと言うて。ゆーちゃん、膝の調子はどうなん」


 そして、それを源斗はきちんと聞き逃していなかった。

 見ると、いつも明るく快活な兄が、とても神妙な顔をしているのだが……そうなってしまうのも、仕方ないのかもしれない。

 わずかな胸中の疼きと、中学卒業まで残っていた左膝の感覚の名残を感じつつも、由仁は兄に笑顔を返して、


「心配せんでも、もうバッチリよ。フツーに走れるし、体育で動かすのも問題なかったしで」

「ん。せやったら、ええんやけど。無理だけはしたらアカンで」

「ありがと、ゲンさん」


 未だに心配そうにしている源斗に、由仁は苦笑する。

 こういう時にちょっと過保護なくらいに気を配ってくれる兄に、由仁は頭が下がる思いである。

 これ以上心配させないためにも、別の話題を振ることにしよう。


「それはそうと、ゲンさん、今日から朝のランニングに詠ちゃんが加わるんやって?」

「う……ま、まあ、そうやな。えーちゃんに頼まれたから」


 心配顔から一転、あからさまに言葉に詰まる源斗。中々にわかりやすい反応である。

 先日、由仁の親友である鐘鳴かねなりえいが兄に抱きついたことを詠自身の口から聴いて、さらに昨日の昼休みに源斗に会いに行ってから、詠が真っ赤な状態で教室に帰ってきたという経緯があり、詠はその詳細を話してくれなかったのだが。

 絶対に何かがあった、とだけ由仁は察しており、源斗のこの反応からもそれはもはや決定的と言えようか。


「そっかー。ゲンさん、詠ちゃんはデリケートなんやから、優しくしてあげないとアカンで?」

「お、おう、わかっとるわい。まずはランニングやのうて、軽いジョギングから始めるつもりやしな」


 想像以上に、源斗と詠の仲は進展していると見ていい。

 ……昨日も感じたように、なんだかちょっと、羨ましい。

 だから、自分も前に進みたいと思うと共に、


「……うちも、慧センパイに勉強教えてもらおうかなぁ」


 またも、思ったことが呟きになって口に出た。

 そして、今回に関しても、源斗はわりと早急に反応していた。


「なんやて……?」

「聞いた話、慧センパイは学年トップ5の常連やし、慧センパイ自身は忙しいかもしれへんけど、一度くらいは事前に予約を取れば、ワンチャンスで」

「……………………」

「って、どしたん、ゲンさん? えらいムッツリしてるけど」

「……ゆーちゃん」

「ん?」

「アイツに教わるのはやめとこ? 勉強なら、俺がちゃんと教えたるから」

「え?」


 などと告げてくる源斗に、由仁は少々困惑した。


「でも、ゲンさんも忙しいやん。次の中間で学年三十位にアタックするって前から言うてたし、詠ちゃんとのこともあるし、それに次の日曜日はサッカー部の練習試合の助っ人でしょ。うちにかまってるヒマはないと思うんやけど」

「サッカー部よりゆーちゃんのことが大事や。助っ人は……まあ、どうにかする」

「アカンて。学校のみんなが俺を頼ってくれるから、一つを贔屓にするわけには行かんって、ゲンさんずっと言ってたやん。うちはゲンさんに頼んでへんで」

「それでもや。それに、アイツの教え方はいろいろ小難しくてメンドいから、俺くらいに大まかな教え方じゃないと――」

「ゲンさんっ!」


 信念を曲げてまで食い下がってくるのと……もう一つ、源斗の口から彼のことを悪く言う言葉が出てきたのには、由仁は黙っていられずに、


「出てって」


 突き放すように、そう言った。


「ゆ、ゆーちゃん?」

「いいから、出てって」

「せやかて」

「しつこいっ! それ以上慧センパイのことで何か言うんやら、うち、もうゲンさんと口利かへんからっ!」

「!!!!!」


 ついつい由仁が放ってしまった言葉に、源斗は衝撃波を受けたかのように大きく仰け反った。

 何故か『ズギャアアアアアアンッ!』という書文字が、その背後に見えたような気がした。


「…………はい」


 そして、蚊の鳴くような声で返事をして、源斗は由仁の部屋を出ていく。

 そんな儚さすらある後ろ姿を見せたとなると、言い過ぎだったかもしれない、という罪悪感が由仁の中で少しあったのだが、


「あれはゲンさんが悪い」


 やけに食い下がってきたな兄への反発心と、自分の好きな人を悪く言われたことがやはり不快だったことから総合して、そう思うことにした。

 兄と彼が不仲なのは知っているが、だとしても、由仁にとっては到底聞き過ごせるものではない。


「ゲンさんも、慧センパイと仲良くなればいいのになぁ」


 由仁と詠はもはや親友ともいえるくらいに仲がいいのだから、兄達も仲良くなってくれれば、詠は源斗とさらに進展するだろうし、由仁自身も彼に向かって少しは距離を縮められるかもしれない。

 そして、距離を縮めた先には……そう、昨日の昼の握手だけに留まらず、今度こそあの時想像したとおり、彼に抱き締めてもらったりして――


「アカンアカンアカン! うちったら、なに想像してるのっ。いややわ、も~~~~~」


 ついつい考えてしまったことに自分で赤くなって、でも表情の緩みが堪えきれなくて、由仁はバシバシと机を叩く。

 そんなこんなで、身体をクネクネさせながら身悶えしていると、


「って、気がついたら、あとちょっとで朝ご飯の時間やわ。せめてここまで済ませないと……!」


 いつの間にか時刻は午前六時半を大きく超えていた。結構時間をロスしてしまったので、取り戻さないといけない。

 慌てた心地で由仁は自習を再開し、朝食の時間までにどうにか目標の最低限のラインを超えることは出来たのだが、さっきのことがあったので、内容が頭に入ってきたかについては若干怪しい。


「……うーん、もうちょっとどうにかしないとなぁ。慧センパイは、いいやり方を何か知ってるかな……」


 勉強道具を仕舞って登校の準備を整えながら、考えてしまうのは、やはり意中の先輩のこと。

 色恋のこともあるが、勉強のことを訊くならば、二年生の学年四位である彼は、まさにうってつけの存在である。


「よし……!」


 それまでを考えて、由仁は一つ、決意を固めた。

 


 そして、放課後。


「あ……」


 由仁は、幸運にも意中の男の子で一つ年上の先輩、鐘鳴かねなりけいの姿を見かけることが出来た。

 剣道の竹刀袋と道具袋を肩に担いでおり、今から部活に向かうところなのだろう。

 もちろん、由仁は今すぐにでも声をかけたかったのだが、ふと、昨日の昼休み――あの、彼を握手したときのことを思い出す。

 間近で見た、あの素敵な笑顔を想起すると、彼と向き合うときに鼓動が爆発しないか、いまいち自信がなかったのだが……そこは、もう、勢いでいこう。

 すぐに気持ちを切り替えて、


「慧センパイっ!」


 その名を呼ぶことが出来た。

 声は上擦ってない。大丈夫。声質もよく通っていたためか、慧もすぐに気づいてくれて、こちらを向いて、


「…………ああ、由仁さんか、こんにちは」

「け、慧センパイ!?」


 明らかにテンションが降下した状態の挨拶を返してきた。 

 いつも沈着冷静、一分の隙もない立ち居振る舞いの彼が、今や弱々しい隙だらけの少年となっているのは、確実と言っていいほどの異常事態である。こんな彼の姿を初めて見た。

 あと。

 今朝、ついつい由仁が強く言い過ぎてしまった後に、兄が見せていたあの雰囲気に、若干似ているような……?


「由仁さん、今日も元気で何よりだ……」

「あ、いや、慧センパイはものすごく元気やないんですけどっ!?」

「むぅ……まあ、少しこちらで事情があってな」

「事情?」

「うむ。大したことはないのだが……」


 口ではそう言いつつ、結構大したことがあったらしい。

 詳細については、どうにも彼は話したくなさそうだった。

 今ある事実は、慧がどうにも元気をなくして、落ち込んでいるということである。

 こういうとき、自分に何か出来ることはないかと、由仁は考える。

 詠が落ち込んで励ます時なんかには、由仁がいつもやっていることがあるのだが……アレを慧にするのは、どうにも恥ずかしい。

 ただ、それを思い浮かべて、閃いたことが一つある。


「慧センパイ」

「……ん?」


 腋を締めて、両拳を握って、ちょっと上目遣い気味に慧のことを正面に見ながら、



「ふぁいと、ですよっ」


「――――」



 その言葉を、慧に告げると。

 慧は、普段は鋭い黒眼をクワッと見開いて、シュボッと顔を赤くしていた。


「ゆ、由仁さん、その……うむ……」


 照れているのがハッキリとわかった。視線をこちらに合わせてこない。

 そんな反応をされると、これもこれで由仁自身もそこそこ照れが入る気持ちなのだが、今の慧がなんだかちょっと可愛くて、和む方が勝ったので、


「えっと、詠ちゃんからの受け売りです。うちが勉強で詰まってて、その内容を詠ちゃんが教えてくれて、最後に活を入れるときにこれやってくれるんです」

「詠から?」

「はい。元気、出ました?」

「……………………」


 慧、照れた顔から一転、目を閉じて何かを真顔で考えていたようだが、


「……ふ」


 やがて、何かから解放されたかのように小さく笑った。

 あの、由仁がいつも見たいと願っていた笑顔とは異なるものの、それでも胸中がドキリとなった。

 また一つ、慧の新しい表情を見られたような気がする。


「ありがとう、由仁さん。キミのいうとおり、いくつか気が晴れた」

「それはよかったです。その、もう大丈夫そうです?」

「ああ。キミのおかげで、これからの部活も集中できそうだ。本当に、キミにはお世話になりっぱなしで、頭が下がる」

「う、うちはそこまで大したことしてないですよ」

「否。何度も言っているが、俺はキミを心から尊敬している。だからこそ、キミの存在は詠にとっても、もちろん俺にとっても有り難い」

「……!」


 これには、今度は由仁が顔に熱を持つ番だった。

 真面目で誠実な慧であるので、こういう真っ直ぐな言葉が、いちいち由仁の胸中を貫いてくるのだからたまらない。

 彼のそんなところが、由仁にとっては彼のことを好きな理由の一つであるし……そんなところが出たということは、確かに、慧は元の調子に戻ったかも知れない。

 ホッとするやら、ドキドキするやらで、由仁、いろいろ心が休まらない心地である。


「だから、昨日言ったように、由仁さんに悩み事があったらいつでも俺に頼ってきて欲しい。絶対にキミの力になる」

「あ……そ、それじゃ。今度でいいんで、勉強、教えてくれませんか?」


 慧がそう言ったときに、由仁は元より本題の頼みごとを思い出して。

 安堵もドキドキもひとまず脇に置いておき、わりと勢いでその本題を切り出すことが出来た。


「勉強?」

「は、はい。うち、次の中間でいい成績を取りたいのでっ」

「ふむ……週明けの放課後で、いいだろうか? その日からちょうど、部活の休み期間に入る」

「いいんですかっ!? その、自分で頼んでおいてアレなんですけど、慧センパイの勉強の邪魔になったりなんかは……その、慧センパイ、いつもトップ狙ってるし」

「問題ない。他ならぬ由仁さんの頼みだ。邪魔になどなるはずがないし、教えながらで、自分のやり方に気づきを得ることもある。俺としても、一度はやっておきたい試みだ」

「あ……ありがとうございますっ」


 快諾してくれた慧に、由仁の心はどこまでも弾む。

 好きな異性と共に過ごす時間が増えつつ、さらには成績を上げることも出来る。

 これほどお得なイベント、他にあるのだろうか……!


「――ただし、宿題がある」


 と、浮かれる由仁に釘を刺すかのように、慧が己のスマホを取り出しつつ、そのように言ってきた。


「? 宿題?」

「メッセージアプリ、開けるだろうか? 今からその宿題内容を送信したい」

「あ……そういえば、慧センパイのコード、知らなかったような」

「……ついでに、それも交換しておこうか。週明けの件についても連絡出来るようにしておきたいし」

「は、はいっ!」


 そんな経緯を経て。

 慧のスマホの電話番号およびアドレス、メッセージアプリのコードもゲットしたとならば、由仁のテンションは有頂天になろうものだが。


「……こんなにっ!?」


 そのメッセージアプリに提示された『宿題』の量に、由仁は愕然となった。

 詳細は言えないが、端的に言えばたくさんである。

 本当に、たくさん。


「俺が去年の今頃にやっていた量の、三割くらいだ。これくらいは出来ていてくれないと、ちょっと困る」

「お、おおぅ……」

「教えるのに邪魔にならないといっても、やはり最低限のラインがある。教えようがなくなっては、どうにもならないだろう?」

「……ご、ごもっとも」


 普段、教えてくれている詠が、天使を通り越して慈愛の神様に思えるくらいの、慧のスパルタっぷりの予感であった。

 だが、頼んだからには、乗り越えないといけない。

 それにしても……週明けまでに、間に合うんかな、これ……。

 と、由仁の中で不安が過ぎってきたのだが、


「由仁さん」

「あ……はい?」


 彼は、優しく声をかけてくれて。


「前にも言ったとおり、キミはやれば出来る子だ」

「……え?」

「少々厳しいかも知れないが、己を磨き続けるキミならば、必ず乗り越えてくれると俺は信じている」

「慧センパイ」

「今さっきスマートフォンで、知り合いの図書委員に、俺が愛用していた参考書を貸与するように話を通しておいた。学生にはとても助けになる書物だ。その力を借りれば、週明けまでに目標に到達できるだろう。それに」

「……それに?」


「俺が、必ずキミの望み通りの結果を出せるようにしてみせる。絶対に」


「――――」


 どんな時でも。

 彼は由仁のことを真っ直ぐに褒めてくれるし、応援してくれるし、頼もしい声をかけてくれるものだから。

 由仁の中の不安は、自然と、どこかに消えてなくなっていって、


「……はい、慧センパイの期待に応えられるように、うち、頑張るっ」


 頑張ろう、と思えるのだ。

 本当に。

 この人に頼んで、よかった。


「よく言ってくれた、由仁さん。やはり、俺の見込みは間違っていなかった」

「あ、あの、慧センパイいつも褒めてくれるんですけど、そこまで持ち上げなくてもいいんですよ」

「とんでもない。由仁さんの才能に俺の助力が伴えば、来年、キミは学年トップを取れていることだろう」

「そんなに!?」

「そう考えると、学年は違えど俺もモタモタしていられない。俺自身も、もっと己を高めていかなければ。そしていつかは、共にトップを取ろう」

「で、できますかね?」

「出来る。自分を信じるといい。俺も信じてるのだから」

「は、はいっ」

「さて……俺はこれから部活にいく。由仁さんは今から図書室に寄っていくといい」

「あ、はい、そうします」

「では、週明けを楽しみにしている」

「はい。また週明けに。ばいばい、慧センパイ」

「うむ。ばいばいだ」


 そういって、踵を返してスタスタと慧は歩き出すのだが、


「……そうだ。由仁さんに一つ、忠告を」


 何かを思い出したかのようで、少々、神妙そうな面もちでこちらを振り返った。

 その意味が分からず、由仁、頭に疑問符を浮かべていたのだが、


「先ほど、詠の受け売りで励ましてくれたことは、非常に有り難かったのだが」

「あの、ふぁいとです、のやつ?」

「うむ。今後、誰かにそれをするときは、シャツのボタンを首元まで閉じて、リボンタイをしておいた方がいい。……少々、目のやり場に困った」

「え……」


 一瞬、言われたことの意味が分からなかった。

 由仁の現在の服装は、六月の衣替えで高校の夏服となっている。

 上は白のボタン付きの半袖シャツで、高校指定のリボンタイはしておらず、ボタンについては首元のボタンだけ外しているつもりだったのだが。


「あ……!」


 そこで、由仁は気づいた。

 いつの間にか、シャツの第二ボタンが取れてなくなって、少し胸元がはだけられており。

 ぎゅっと両腋を締めてみると、去年からぐんぐん育ってきた由仁の胸部が、しっかりと寄せられる形になって――


「!!!!!」


 つまり、あのとき、由仁は。

 上目遣いかつ、彼に、自分の胸部の谷間を――!


 その事実に、今度は由仁が真っ赤になる番であり。

 急いで、腰に巻いていたカーディガンを上に着込んで、首元のボタンを閉じて、あと、カーディガンのポケットに入っていたリボンタイも付けておいた。

 少々暑いが、それ以上に、今、自分の顔が熱くなるのを避けねばならない。


「……キミのファッションを否定するわけではないが、勉強会の時だけは、気を締めた服装で臨むようにした方がいいかもしれない。俺からは以上だ」

「…………はい」

「では」


 これ以上は、何も言うまい。

 少々気まずい空気ながらも、今度こそ、慧は剣道の道具袋を担いで、そそくさとこの場を後にした。


「……は~~~~~~~」


 彼の姿が見えなくなってから、由仁、大きく息を吐く。

 まさかの失態を演じてしまった気がする。まだちょっと恥ずかしさが取れてくれない。

 ただ……注意はされたものの、そこまで慧の反応が悪くないあたり、やはり、慧も妙齢の男の子ということなのだろう。

 つまり、由仁の身体を見ることで、彼がまた興奮する可能性もあるのだろうか?


「……やめとこ」


 そこまで考えて、由仁は首を振った。

 そういう路線で攻めても、由仁自身が何か違う気がするし、慧も良くも悪くも真面目な人なので、必要以上にやったらさすがに怒られると思うし……それこそ、上を目指している彼の邪魔になる。

 邪魔にならないためには、由仁も由仁で、もっと上を目指さないといけない。


「一緒に、トップかぁ……」


 先ほど、彼が言っていたこと。

 小学校も中学校も、万年、成績が下から数えた方が早かった由仁には、まるで想像もつかないことだ。

 目指すならば、とても果てしない道のりになると思う。

 ただ。


「……やって、みようかな」


 彼が、そこまでの期待をかけてくれるなら、例え果てしない道のりでも、ついつい、そう呟けるくらいに。

 鐘鳴慧の真っ直ぐな言葉は、心強くて、心地いい。

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犬猿の仲である俺とアイツが、双方の妹に気に入られるお話 阪木洋一 @sakaki41

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