第33話 オヨビでない奴①

あのオークの襲撃から一カ月が経過した。季節は秋が深まり、ここ奥秩父では紅葉が終わり、冬の気配も感じられるようになった。


この一カ月、俺達は満峰神社でお世話になり、滞在し続けている。ここでは自分達の魔法修行を行いつつ、今西大尉を始めとする特殊部隊の隊員達、妹の雪枝、後輩の北川舞さん、獣人の子供達に魔法を教え、異世界からの転移者を探し、そして満峰山近隣の魔物を狩り続けた。


魔法の訓練では、個人差はありつつも、皆短時間で初歩の魔法が使えるようになり、成果を挙げていた。特に雪枝と北川さんは特に訓練に熱心に取り組み、今では魔法戦闘を行える程の腕前になっている。


二人は、何だかんだと理由をつけて救助を先延ばしにして、満峰神社に残り続けていた。俺が以前に二人の部屋を訪れて話をした際、二人は俺と一緒にいる事を希望した。それは流石に、それぞれの家族が心配し、無理だからと説得したのだが、雪枝は断固として拒否した。理由は言わなかったが、何か思うところがあるのかもしれない。


獣人の子供達の魔法訓練も順調だ。彼等と巡り会って一カ月になるが、以前よりも栄養状態が良く、訓練で体を動かしているせいか、皆肉づきも良くなってきている。


サキとミアは、同郷であるエーリカとユーリカに魔法全般について学んでいる。元々魔法が存在している世界で生ま育っていた二人なので、魔法を疑うような事もなく、覚えも早かったようだ。


男子組のラミッド、アミッド、アックスも魔法をエルフ姉妹から魔法を学んでいるが、ラミッド、アミッドの虎兄弟は、俺と身体強化して行う格闘技の稽古を好んだ。元来、獣人は身体能力が高いため、二人ともみるみるうちに上達し、教える俺も面白い。


それに対し、狐獣人のアックスは、虎兄弟との格闘技訓練が少々キツそうだった。獣人同士でも種族によって差はあるわけで、それは仕方のない事だ。アックスも決して弱い訳ではないが、体格も自分より大きなあの兄弟相手では、ちょっと無理があったようなのだ。なので、俺は斉藤と話し合い、アックスを斉藤の元で魔法の理論やこっちの世界の科学を学ばせる事にした。


まあ、見るからに賢そうな彼の事、好奇心も強く、生き生きと学び、今では斉藤の事を「先生」と呼び、一生懸命勉学に励んでいる。


因みにアックスは以前から俺の事を「兄貴」と呼ぶのだが、斉藤の「先生」とは随分差があるように思ったりした。まあ、いいのだけど。


また、俺達は、今西大尉率いる特殊部隊に魔法を教えたバーターとして、長距離偵察などの特殊戦について指導してもらった。そして、遂に今西大尉が、魔法と既存の戦闘技術を組み合わせた" 魔法特殊戦 "とでも呼ぶべき戦闘スタイルを考案し、訓練の末に開発したのだ。


その成果は、合同で行った長距離偵察で遺憾無く発揮され、隊員に負傷者を出す事無く、遭遇した魔物を屠り続ける事が出来たのだ。


長距離偵察で最初に遭遇した魔物は、マンティコアと呼ばれる四つ足の魔物だった。3体のマンティコアが一頭の鹿を捕食していたところを発見、3名の隊員が風魔法の風刃により一瞬でバラバラに切り刻んで屠ったのだ。


ややこしいけど、これは、異世界の魔法を修得したこの世界の人間から魔法の教えを受けて魔法を修得したこの世界の人間が、魔法で魔物を討伐した最初の事例といえるのではないかと思った。


長距離偵察では、以前よりも多種多様な魔物と遭遇し、再び魔物は増えているようだった。しかし、それに対して異世界からの転移者には未だに出会えていない。


エルム大森林の大精霊による転移は、エルフ姉妹と獣人の子供達がそうだったように、時間差を伴うのかもしれない。


ただ、俺と斉藤、エーリカ、ユーリカの四人で山梨県との県境を越えた湖に行った長距離偵察にて、転移"者" ではない存在と遭遇した。なかなか気の良い連中で、俺達は彼等と友好関係を築く事に成功した。そして、ちょっと事情があるのだが、この事は、この四人だけの秘密にする事としたのだ。。


それは何故かと言うと、以下の理由の為だ。


この一カ月の間の出来事について、今西大尉は部隊日誌に記録している。また、今西大尉、朝倉少尉共に俺達の事や魔法などを、それぞれの所属に報告しているのだ。それについては、俺達も同意しているので問題は無かった。だが、満峰神社における俺達とオークとの戦いが、救助ヘリに搭乗していた避難民により携帯電話で撮影されていて、尚且つそれがSNSにアップされ、世間では大いに話題となっていた。


その事もあり、SNSの動画と今西大尉と朝倉少尉の報告が結びつけられて各分野の組織や機関を刺激する可能性があり、近い将来にどこかの組織なり機関が俺達に接触、というか、いらんちょっかいをかけて来るのは時間の問題と、俺と斉藤は考えていた。


俺も斉藤も今西大尉や朝倉少尉を信用していない訳ではなかったが、念には念を入れて、二人にも把握されていない、謂わば"切り札" が必要だったのだ。


そして、案の定、事件は起きた。










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