第32話 テイキング オフ

女神様からの要請を、仲間達からの願いという名のプレッシャーで引き受けた。引き受けざるを得なかった、というべきか。だが、その願いを果たすのに、自分で言うのもアレだけど、実力不足ではないだろうか?


魔法を使えるようにはなったし、オークやアラクネくらいなら負ける事は無い。しかし、それ以上の敵、魔物となると、どうなるのか?


オークキングは炎龍の力を借りて、どうにか倒す事が出来た。そして斉藤と力を合わせれば、確かに強力な技を出す事も出来る。しかし、その前提として、二人が揃わなければならい。俺的には二人で一人になる変身ヒーロー的で、格好良くはあるが、効率とか運用の面であまり良いとは言えない。


魔法の修行を地道に続け、より多くの魔素を吸収出来るようになれば、一人でも強力な魔法を使えるようになり、技の幅も広がるだろう。しかし、それでは時間を要し、女神様の要請に応じているとは言えない。さて、どうしたものか。


『竜太君。あー、今の俺ではまだまだ実力不足だ、どうしよう、とか思ってるでしょう?』


唐突に女神様に図星を突かれる。


「心を読まわれたのですか?」


『そんな面倒くさい事をするまでもありませんよ。あなたの顔にそう書いてあります。』


表情に出ていたか。まあ、俺はすぐに顔に出ると、昔から斉藤には言われていたが。


「ですが、ここの皆が力を合わせても、実力不足は否めないところです。」


『竜太君はまだ気づいてないようなので、教えておきましょう。あなたは炎龍の息吹を浴びていますね?』


「はい。」


オーガキングを倒す際、必殺技に炎龍の名を冠した事から現れた炎龍。俺は確かにとぐろを巻く炎龍に取り込まれている。


『炎龍とは即ち龍神。竜太君は既に神である炎龍の加護を授けられているのですよ?内に眠る龍神の力を意識してみなさい。感じられるはずです。』


女神様が言われたように、目を瞑り、内面に炎龍を意識して集中してみる。すると、それに呼応するように臍の下辺りが熱を帯び始める。それは魔力を伴って回転し、次第に熱は下腹部から全身へと伝わり、凄まじい魔力が体中に漲ってきたのだ。


「熱っ!」

「ちょっとリュータ、熱いわよ!」

「凄い魔力!」

「これが龍神の力なのね、ハァハァ=3」


四人が俺から発せられる熱から逃げるように離れた。


『はい、それまで。社殿を燃やすつもりですか?』


ちょっと調子に乗ってしまったが、確かに炎龍の力を感じる事が出来た。しかも凄まじい力だ。下腹で回っている魔力を止めるようイメージすると、徐々に熱は下がっていく。


『よろしいですか、皆さん。この地は空を炎龍が、山を私が守っています。炎龍が竜太君に加護を与えたならば、当然、この私も皆さんに頼み事をした以上、加護を与えねばなりません。っていうか、私の方が先に竜太君に目をつけたのですけどね。それを炎龍の奴、横取りして、腹立つ!』


最後の方は何やら炎龍への愚痴になっていたけど、女神様からも俺達に加護を授けてくれるようだ。


女神様は胡床に座り頭を下げる俺達一人一人に右手を翳す。すると、先程の炎龍の魔力とは異なり、下腹部に暴風の様な回転する魔力を感じた。


女神様は俺達に加護を授けると、顔を上げるよう促し、全員を見渡した。


『それでは皆さん。私からの願いは神界からのものと思い、しっかり頼みますよ。』


いや、なんかとんでもない事を最後にちょろっと付け加えたよ、この女神様(このひと)!


女神様は俺達の「何それ、聞いてないよ!」という抗議の視線をしれっと無視し、それまで空気だった御眷属様に視線を向ける。


『三郎丸?』

『はっ、はひぃ。』


あっ、噛んだ。


『三郎丸、お前は竜太君に同行し、私との繋ぎ役をなさい。』


『えっ、ちょ、ちょっと待って下さい主神様。なんで俺が、嫌ですよコイツらと一緒なんて。勘弁して下さい。』


三郎丸と呼ばるた御眷属様は、突然の女神様からの命令に動揺していた。いや、でも、そんなに嫌がらなくてもいいだろうに。


『あら、三郎丸は私の言う事が聞けないのかしら?随分と偉くなったものね?嫌なら他の者に任せるけど、その場合三郎丸は、』

『わぁ、やります、やります、やらせて下さい。』


女神様は変わらず穏やかな笑顔をたたえていたが、その目は決して笑っていなかった。


そして、随分と焦った調子で女神様の命令を拝命した三郎丸だが、女神様の言葉の最後の続きが実に気になるところ。御眷属様といえど、相当辛い目に合うことになるのだろうか?神々の世界もシビアなものだ。


『わかれば宜しい。では、以後、私との連絡はこの三郎丸を通じて下さいね。皆さんの健闘を祈ります。』


そう言った後、女神様の姿は徐々に薄れ、完全に姿が消えると本殿の扉が音も無く閉じられた。


すると、拝殿内の張り詰めた空気は緩み、誰とも無くため息を吐いた。外の虫の音も聞こえる。


「またとんでもない事を頼まれてしまったな、リュウ。」


やれやれ、といった感じで斉藤が、どこか他人事のように言った。


「お前、他人事みたい言うなよ。加護貰ってるんだからお前も当事者の内なんだからな?」


「もちろん、そのつもりだ。エルム大森林の人々も見つけないといけないからな。これから忙しくなるぞ。」


その言葉を聞いて、ユーリカが斉藤の手を握った。


「タケシ、有難う。私も頑張るからね。エルムのみんなを探そう。」

「あぁ、一緒に探そう。」


なんか、いい雰囲気二人で出しちゃってるが、俺達が女神様に頼まれた事はそれだけじゃない。自分達も修行して魔力、魔法の底上げをして、戦闘力を高め、魔物を狩り、あぁ考えるだけでげんなりしてきた。


頭を抱えたい気分でいると、不意に左手が温もりに包まれる。左を向くとエーリカが俺の左手を両手で包み込むように握り、俺を見上げている。


「リュータ、ごめんなさい。」

「どうした?」

「だって、私達がエルムのみんなを助けてって頼んだから、女神様の頼み事を断れなかったんでしょ?」


それはそうなんだけど、


「いや、どうしたって断れないよ。それに、俺もエーリカのご家族とか助けられたらと思うから。」

「有難う、リュータ。それから、女神様は私達全員に頼んだんだから、一人で背負わないで。リュータにはさ、わ、私がついてるからさ、」


エーリカは恥ずかしそうに目を伏せた。あぁ、何て可愛いんだ。俺の左手を握るエーリカの両手に、俺は右手を重ねる。


「有難う、エーリカ。一緒に頑張ろう。」

「うん。」


" エーリカ "

" リュータ "


俺達は見つめ合い、念話で互いの名を呼ぶ。


「あのぅ、私もいるんですけど…」


「えっ」

「あっ」


「まったく、緩み過ぎですよ、皆さん。」


朝倉少尉に突っ込まれたところで、俺達は宿坊に戻るべく、拝殿を後にしようと、いや、その前にやる事があった。


本殿の扉の前には、伏せをして両前脚で鼻面を覆ったまま動けないでいる三郎丸がいるのだ。


「いつまでそうしてんだよ。三郎丸も一緒に行こうぜ。」

『 うるさい!放っておいてくれ。それと、呼び捨てにするな。』


三郎丸は女神様の命令に、相当ナーバスになっている。どうしたもんだろう。


すると、エーリカとユーリカが「私達に任せて」と名乗り出て、伏せったままの三郎丸を手櫛でブラッシングし始めたのだ。


『なっ、何をする。やめろ、やめないか!ちょっ、そこはちょっと待って。そこは堪らん。』


うん、彼の気分転換もエーリカとユーリカの" 神の手 " で無事済んだようだ。


三郎丸は「ちょくちょくやってあげるから、そろそろ行こう?」とエーリカに言われ、のっそりと立ち上がると、ふんっと鼻を鳴らして率先して参道に向かって歩き出した。


『何をしてる、さっさと行くぞ。』


はいはい。エーリカとユーリカはその様子にクスッと笑い、俺達は三郎丸の後に続いた。


「よろしくな、三郎丸。」

『呼び捨てにするなって言ってんだろ。馴れ馴れしいんだよ。俺は馴れ合うつもりは無いからな。』


馴れ合わない、ねぇ。


俺は先程、三郎丸がブラッシングされている様を思い起こしながら、しかし、そこは武士の情けで触れないでやる事にした。


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