第7話 ラーメン



「いただきます」


「い、いただきます」


 俺が通う大幕高校はそこそこ田舎にある。周りに大きな建物はなく、畑とかが広がっている。まさしく自然に囲まれた学校と言っていい。

 となれば都会ほど店もない。学校から徒歩一〇分のところに小さなショッピングモールがあるくらいだ。もちろん飲食店など選べるほど種類はなく、片手で数えれるくらいだ。

 そして。

 ズズズ、と麺を啜る先生が手を止めていた俺を見て不思議そうな顔をする。


「どうしたの? 食べないの?」


「いや、なんでラーメンと思って」


「うどんの方が良かった?」


 うどん屋も近くにあったけど。


「そういうことじゃなくてですね、何で俺は先生と飯食ってんだって話ですよ」


 俺が言うと、先生は合点がいったように手を叩く。


「間宮くんにはわたしのお手伝いをしてもらったから、そのせめてものお礼だよ。ラーメン嫌いだった?」


「いや、ラーメン嫌いな男はいませんよ。男ってのは歳取るごとにラーメンが好きになる生き物なんです」


 俺も子供の頃は好きじゃなかった。

 晩飯を食べに行く際にラーメンを提案されると拒んでいたくらいだ。しかし今では大歓迎なのだ。社会人になってくらいからは冬の外食はラーメン、というくらいには食べてた。


「間宮くんは何歳なのかな……」


「あ、いや、親父が言ってて……確かになーと思ったんですよ」


 今のは高校生らしからぬ発言だったか。

 ていうか、先生は俺が実は未来からタイムリープしてきたって言ったら信じてくれるのだろうか。わけ分からん冗談真に受けるくらいだし、もしかしたら信じてくれるのかもしれない。

 驚くことに変わりはないが。


「麺、伸びちゃうよ」


「あ、はい」


 言われて、俺もラーメンを啜る。

 雑草抜きのあとも何だかんだいろいろと手伝わされた。そして気づけば辺りは暗くなっていて、俺のお腹が鳴って、それじゃあご褒美あげましょうみたいな流れになったんだ。


「こんな時間に飯食ってたら、誰かに見られるんじゃ」


 部活終わりの生徒や仕事終わりの先生とか。店が少ないのだからエンカウントの確率も上がるだろ。


「生徒とご飯くらい普通じゃない? この前三木先生も生徒とご飯食べてるの見かけたよ?」


 三木先生といえば男子の柔道担当の体育教師、兼男子バレー部顧問だったかな。


「部活終わりの生徒と打ち上げとかでしょ?」


「んーん、女の子と二人でいたよ?」


 だったらそれはヤベえ現場だよ。

 何やってんだよあのロリコン先生は。


「たまたま二人になったタイミングだったんじゃないですかね」


「どうなのかな、楽しそうにお喋りしてたからわたしはそのお見せに入るのを遠慮したんだよ」


「ちなみに何のお店?」


「イタリアン」


 ああ。

 あの田舎には似つかわしくないオシャレな外観と内装の店か。違和感しかないけど近所のマダムとかに評判よくて繁盛してんだよな確か。店主がイケメンらしいし。


「生徒と先生が二人でイタリアンって」


 それはもう完全にそういうことなのでは?

 だとしてももうちょい離れた場所でやれよ。リスク考えろよ。


「ダメなことだと思う?」


 言われて、俺は箸を止める。

 先生の方を見ると、上目遣いでこちらの返事を待っていた。髪が揺れると隠れた瞳と目が合う。


「えっと」


 どういう意味だ?

 俺はこれに何と答えるべきなのだろうか。

 教師と生徒。

 それはいわゆる禁断の愛的なこととして世間に知れ渡っており、兄妹恋愛や不倫と似たような印象を与えていることだろう。

 世間的に言えば、もちろんダメだ。

 でも。

 俺は。

 そもそも、何をしに来た?

 何を思って、何を願って、ここまでやって来たと言うのだ。


「ダメっちゃあ、ダメなんじゃないですかね。世間的には」


 言葉を選ぶ。

 ここで間違えれば、俺の目指す未来がずっと遠く難しくなる。

 俺が言うと、先生は少しだけ表情を曇らせた……ような気がした。


「でも」


 俺は続ける。

 唇を湿らせて、高鳴る心臓を必死に抑えつけながら。声を震わせないように気丈に振る舞う。


「いいと思いますけどね。人間、ダメって言われるとやりたくなるし、正直俺は憧れます」


 言いながら、先生を見る。

 じっと、まるでお互いが吸い寄せあっているのかと錯覚してしまうくらいに、視線を逸らせない。

 どちらかが逸らさなければならないのに、どちらも逸らさない。互いの心の中を覗き合っているようだ。俺の考えすべてが読みとられている気分。


「だったら」


 先生が小さく言う。

 言って、視線を逸したとき先生はあることに気づいた。


「あ」


「ん?」


 短い声に俺も反応する。


「麺、伸びちゃうね」


 くだらないことを思い出した先生は、残念そうに笑ってお箸を手に持つのだった。

 まるで、何かを誤魔化すように。

 俺も、胸中のモヤモヤを埋めるようにラーメンを啜り、飲み込んだ。

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