第6話 初めての召喚 2

困った時に呼び出されると聞いていたけど、お金に困っている時も呼び出されるのか。そんな疑問が、春馬の頭を過った。確かばあさんの口ぶりでは、リリカの身に危険が迫った時に呼び出されると思っていたのに。


呼び出されてしまったからには、仕方がない。


「この子の食事代は、幾らですか?」、春馬は深く考えず店主に話しかけた。


「ランチ代で600ゼムだよ」と、カウンター越しから店主が顔を出す。


「600ゼム?・・・」、春馬は気が付いた。


そうだ、ここは自分の住む世界とは違う。この世界の通貨なんて持っていないし、どんな物なのか知らない。


どうする金はあるが、円だぞ。日本円は通じるのか?


しまった、どうやってこの場を切り抜けようかと考えたが、良い解決策は直ぐには浮かばない。


とりあえず、どんな世界でも通用しそうな硬貨っぽいもので試して、駄目だったら違う方法を考えようと決めた。


春馬は店主の居るカウンターへ歩みより、ポケットに入っていた500円硬貨を取り出しカウンターの上に置いた。


彼は、この世界の遠い国の人になりきる事にした。


店主を欺くために、本物らしく演技をする。想像を膨らませ異国の旅人になりきろうと考えたのだ。


「私は、旅をしています。遠い東の国からやって来ました。あいにく今は私の国のお金しか持っていません、これでも良いでしょうか?」


「あんた、これは銀貨か? しかし、綺麗で繊細な細工だな」


「ええ、銀貨ですよ」、春馬は真顔で答えた。ニッケルだが、色と質感だけでは見分けられないだろう。


「へー、珍しい硬貨だな。それに見たこともない模様が彫られているし。よし、兄ちゃん、銀貨1枚ってことで手を打つが、それで良いか?」


「それで、良いですよ」


「じゃあ、お釣りを渡すな」


異国人だと信じた店主は、春馬につり銭の銅貨を手渡した。


即興の演技で何とかこの場を切り抜けた春馬は、背中が汗ばんでいる事に今更気が付いた。思った以上に緊張していたみたいだ。


眉間にしわを寄せた春馬は、リリカの腕を掴み、お店の外へ連れだした。


外に出ると直ぐに、彼女を問いただし始めた。


「無銭飲食か? 本当に財布を無くしたのか?」


「痛いです! 嘘じゃないです」、リリカは春馬の腕を払いのけた。


信じてくれないパートナーに対して怒りを露わにした。


「本当に財布は持ってたの、でも・・・、バッグから無くなってた」


「ふーん、それじゃあ、その財布は何処に行った?」


「分からない。町の入り口で、通行税を払った時には、確かにあったのよ」


春馬と言い争いをするリリカは、何も知らない彼に怒るのが恥ずかしくなった。自分の失敗が原因かも知れないと考えると、どこか後ろめたい気持ちになる。


口を尖らせた彼女は、自信なさげに下を向いた。


「初めて会ったから、私の事を信じてもらえるか分からないけど」、下を向いたまま黙り込んだ。何を話したら良いのか分からなくなってしまった。


「キャー!」、女性の悲鳴が賑わう町の雑踏をかき消した。


「申し訳ない、大丈夫ですか?」


声のする方に視線をやると、出合い頭でぶつかったのか、転んでいる女性と彼女に近づくみすぼらしい服を着た男性の姿が二人の目に映った。


男は落ちている荷物を拾い女に渡していたが、彼女の死角になっている所に落ちていた何かを自分のポケットに入れた。


その不審な行動を春馬は、見逃さなかった。


転ぶ女性と荷物を拾う男のやり取りを見ていたリリカは、はっとした。同じような光景が頭に浮かぶ、そう町の入り口で起こった事を思い出した。


「そういえば。通行税を払った後に、私もあの人とぶつかった。同じように荷物を拾って貰ったよ」


「・・・ッ」、リリカの話を聞いた春馬は、何も言わず男の方へと走り出した。


リリカの話しぶりから、男はスリで彼女の財布も盗んだに違いないと考えたのだ。どんな世界でも大なり小なり悪党は、必ずいるものだから。


「どうしたのよ、ちょっと待って!」、いきなり走り出した春馬を慌ててリリカは追いかけた。


女から何かを奪った男は、そそくさと路地に入って行く。


目立ちくないのか、次の獲物を狙う為なのか、男は逃げる様に表通りから姿を消した。


スリの男に見つからない様に、春馬は路地をのぞき込んだ。


追いついたリリカは、春馬の背中にへばりつき同じように路地をのぞき込む。


「はあ、はあ・・・、あの男です。目が鋭かったのを覚えているから」、息切れするリリカは激しく口で呼吸をしていた。


「俺が行って話をしてくるから、ここで待っていろ」


「私も一緒に行く!」


「ダメだ。あいつは、スリだ。危険だから、ここに居て欲しい」


春馬は一緒に行こうとするリリカを表通りに残し、路地裏に入った。


近づいて来る春馬に気が付いていないスリの男は、女から奪った袋を開け中身を確認しながら、ブツブツ文句を言っていた。


「ちぇっ、あの女、しけた金しか持っていないのかよ」


「おい! あんた、さっき女性から何か奪っただろ」


ふいに後ろから声をかけられた男は、驚き振り向いた。


しかし、春馬の姿を見ると安堵した表情を見せ、ふてぶてしい態度を取り始める。背は高くても細い体で武器を持たない春馬は、男にとって脅威では無い様子だ。


「何を言っているのか、さっぱり分からないね。俺が取った証拠でもあるって言うのか?」、白を切る男は両肩を上げた。


春馬は男を睨みつけ、「さっき、通りで見ていた。あんたが、ポケットにその袋を入れるのをね」


財布を盗んだ所を見たと聞かされたスリの男は、春馬を威嚇するためにナイフを取り出した。10センチほどの刃が、光を反射しキラリと光る。


腰を低くして右手でナイフを構える男に、春馬は呆れていた。


ナイフを見ても動じない青年に、苛立つスリの男は不敵な笑みを浮かべる。


「めんどうくさい奴だな。ケガしたくないなら、とっとと失せな」


スリの男が威嚇しても何食わぬ顔で動じない春馬は、軽く息を吐いた。両腕を前にした彼は、半身で構える。


春馬の態度が気に入らないスリの男は、ナイフを突き出し飛び掛かった。


「キャー、危ない。我に従いし風よ、吹き荒れよウィンドブロー」と、リリカは咄嗟に詠唱を唱えた。


路地裏の入り口に立つリリカの後ろから、突風がブワッと路地を吹き抜けた。


風によって巻き上げられた砂埃が、スリの男に纏わり付く。眼に砂が入ったのか、スリの男は腕で両目を覆った。


視界を奪われた男に隙が出来る。


その瞬間に春馬は、地面を蹴り男との間合いを詰めた。そしてナイフを持つ右手首を掴むと、そのまま関節とは逆方向に捻った。


手首に痛みを感じたスリは、持っていたナイフを落としてしまった。


春馬は、男の腕を捻りながら引っ張り上げる。


「うっ・・・、い、痛いだろ、馬鹿野郎!」、腕を後ろに倒されると肘の関節がミシミシときしむ。


関節と逆方向に曲げられた手首と肘に痛みが走る。


スリの男が抵抗しようと体を動かすと、春馬は男の足を払った。


「うっ、うわー!」、一回転しながら宙を舞う男は、何が起きたのか分からなかった。受け身を取る間もなく、そのままうつ伏せの状態で、スリの男は地面へと叩きつけられた。


「ぐえっ、うっ、う・・うう・・・」、全身を地面に打ちつけた痛みで、言葉にならない声が出る。まるで叩きつけられたヒキガエル見たいだ。


無駄のない美しく流れるような動作を目にしたリリカは、旅芸人が見せる舞が頭の中に浮かんだ。村祭りで見た、美しく踊る男性の姿を。


「すごい! 春馬さん」と、リリカは手を叩いて喜んでいた。


スリの男の腕を背中に回して掴む春馬は、彼の耳元で話しかけた。


「あの女の子からも財布を奪ったんだろ。返してもらおうか」


「・・・ッ、ふん!」


まともに答えない男に腹が立つのを抑えながら強い口調で、「それともこのまま、腕をへし折られたいのか?」と、春馬は本当に腕の骨を折ろうとした。


腕の骨がきしみ、痛みに我慢出来なくなったスリは観念した。


「わ、分かったから、財布を返すから、その手を・・・早く放してくれー!」


女性とリリカから奪った財布を春馬に渡すと、そのまま路地の奥へと逃げ去った。

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