第5話 初めての召喚 1

この世界では大きさに関係無く町に入るには、通行税を払わないといけない。


しかし、リリカの育った様な小さな村では、通行税は必要なかった。あくまで旅人や商人など、多くの人が訪れる町や都市で徴収される税金である。


入り口の門に着いた時、通行税を払う人が列を作って並んでいたのに。


最後尾に並んだリリカの順番が来るまで、そう時間はかからなった。


「こんにちは!」と、リリカは笑顔で挨拶した。


「やあ、お嬢さん。こんにちは、どこから来たのかな」、門番をしていた若い衛兵は、リリカの頭の先からつま先までをくまなく見ながら質問をしてくる。


「エンスから来ました」と、答えるとリリカはポシェットから100ゼム出し、集金係をする衛兵に渡した。


「はい、もう良いよ。ようこそシュバーチへ」、衛兵は町への入場を許可し訪問を歓迎した。


何とも簡単な質問に答え通行税を支払えば町に入れる仕組みだ。


門番は、相手の容姿、服装、言葉遣いから町に入れても大丈夫か、そうでないかの確認をしていただけなのだ。よほどの悪人面か、みすぼらしい服装でない限り入場を断られる事は無いのである。


町に入ってしまうと、気が緩んだのかリリカのお腹の虫が鳴った。


「うう、お腹がすいた。町の食堂でランチしたいな」


建物の看板を見上げるリリカは、食堂を探しながら歩いていた。


前の人に気が付かず、彼女はぶつかってしまった。勢いよく後ろへ転び、尻もちをついた。


「キャー、いっ、いたーい」、リリカの背負っていたリュックとショルダーバッグから、荷物が飛び出し地面に転がり落ちた。


「怪我は、ないか?」と、目つきの悪い薄汚れた服を着る20歳前後の若い男が手を差し伸べた。


「ごめんなさい。私、前を見ていなかった」


「こちらこそ、悪かったな」、男は周りを気にしながら地面に落ちた荷物を集めるのを手伝ってくれる。


男から荷物を受け取ったリリカは立ち上がると、少し先から良い匂いがしてくるのに気が付いた。


「おお、食堂、見つけた!」、鼻をひくひくさせた彼女は、お尻に付いた泥を払い小走りで食堂へと向かった。


初めて訪れた大きな町の活気に気持ちが高ぶり、無意識に注意力が散漫になっていた。警戒心の薄れた彼女は、落とした荷物の確認を怠っていた。


木造の小さな食堂の前で、歩く人が思わず立ち止まる。

入り口から漂ってくる良い匂いに誘われ、入ろうかどうか迷う人を追い抜いたリリカがお店の中に入って行った。


「お一人様かい?」、店のカウンターからバンダナを頭に巻いた小太りの亭主が顔を出した。


「どこでも良いから、空いている席にお座り」と、エプロン姿で三角巾をかぶる中年の女性が、笑顔でリリカを迎える。


「今日のランチは、シチューだけど。それで良いかい」


「はい、ランチをお願いします」


「直ぐに用意できるからね」と、中年の女性はカウンターへ向かった。


空いている席に座ると、盛り付けるだけだったのか、あっという間に料理が運ばれてきた。


目の前には、温かいシチューがある。セットでパンとサラダが付いていた。立ち昇る湯気と香りで、口の中から溢れ出る唾液が止まらない。


リリカにとっては、久しぶりに味わえるまともな食事だ。


スプーンでシチューを掬い、口の中に入れた瞬間から彼女の手は止まらなくなった。


旅の道中、リリカは街道の脇の林に入り山菜や木の実を採り、保存食として持っていた干し肉と一緒に食べていた。温かさとは、程遠い食事だ。


だからこそ、目の前の温かい料理は、見ているだけで彼女を幸せな気分にさせてくれる。更にそんな料理を口にしたリリカは、もう、最高に幸せな気持ちだった。


出された料理をきれいに食べ終えた彼女は、暫く天井や周りを眺めながら満腹感を味わっていた。


代金を払おうと、ショルダーバッグから財布を出そうとしたが、財布が見当たらない。勘違いかと思い、リュックの中を調べたが財布は入っていなかった。


もう一度、ショルダーバッグの中身を確認するが、持っていたはずの財布が無くなっていた。


「あー、お嬢ちゃん。大丈夫か、お金、あるよな?」、カウンター越しで、焦りながらリュックやポシェットを探るリリカの姿に、店主は心配になった。


「お金は、持っています。確か通行税を払った後に、財布をバッグに入れたはずですから」


しかし、いくら探しても財布は見つからない。


どうしよう、焦れば焦るほどリリカの頭の中は、真っ白になっていく。このままでは、無銭飲食になってしまう。そんな事で捕まるのは、嫌だ!


彼女の顔から血の気が引き青ざめていく。


「無い、どうし無いの。何で・・・どうしてよ、嘘じゃないの、お金は持っているの、でも、無いよ・・・、あー、もう、誰か助けて!」と、涙目になったリリカは小声で呟いた。


体の奥にある魔力が、ネックレスの石に吸い込まれた感覚を覚える。


すると床に光る文字で書かれた魔法陣が浮かび上がり、そのまま上へと伸びて行く。光の柱が出来上がると、中から見知らぬ人が現れた。


突然現れた青年に店主は驚いて、「あんた、誰だい。どこから現れた? このお嬢ちゃんの連れか?」と、声を上ずらせた。


店主の驚く声にリリカが横を向くと、綺麗な黒髪を持つ背の高い青年が立っていた。


人間族としては、平均以上の高身長だ。白いシャツが爽やかさを演出し、黒いスラックスは長い足を強調していた。


彼は、突然の出来事に全く動揺していない様子だった。


冷静に周りを見渡しながら独り言を話している。


状況を冷静に把握するため、頭の中で分析していたのだ。


「中世の服装なのか、ログハウスの中のような室内に、料理があるからレストランか何か?」、頭を掻いた後、青年は両腕を組み横に居たリリカを上から見下ろした。


「赤毛!? グリーンの大きな瞳の女の子・・・」


何かを察した青年は、口を半開きにするリリカに話しかけた。


「ふーん。ここは、異世界か? ばあさんに行けば分かると言われていたが、良く分からないじゃないか。それで、君がリリカか?」


涙を手で拭ったリリカは、「はい、リリカです。あなたは、誰ですか?」


泣き顔を見せる少女に青年は、自分の事を怖がっているのかと思い、警戒されないように微笑みかけた。


「春馬だ。俺は、一条春馬だけど。聞いていないのか? 助けが必要な時に呼び出されるはずだが。見る限り君に危険はなさそうだし、何が起きているのか説明して欲しいな。ばあさんからは、詳しい説明をしてもらっていないし」


トミが元の世界に戻る前に話していた事を思い出した。


そうだった、自分のパートナーになる人の名前は、確か一条春馬だと言っていた。


この人は、自分のパートナーだ。そしてトミさんのお孫さんだ。


意図せず呼び出してしまった事に、リリカは申し訳なく思いながら春馬に状況を説明し始めた。


「ごめんなさい、財布を無くして困っていて。助けて欲しいって願ったら、あなたを呼び出してしまったみたい」、指と指を合わせながら春馬を見つめた。


何となく状況を把握した春馬は、呆れたのか、安心したのか、ため息をついて見せた。それでもリリカの頭を撫でた彼は、年下の彼女を思っての事か何も文句は言わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る