第2話 始まりの村 エンス 1

時が過ぎると伝説の魔導士は、子供達に読み聞かせる定番のおとぎ話となった。まさか姿を消した魔法士の血が絶えることなく、今も引き継がれているなど誰も思いもしない。


しかも彼の血族は、大陸の東の果てにある小さな村エンスで、ひっそりと平和に暮らしていたのだ。


エンスは訪れる者がほぼいない、田舎にある小さな村。


村民は農業と牧畜を生活の糧としており、特に目立った産業や観光は無い。


そんなエンスで道具屋を営むミリアにとって、訳ありの孫娘を育てる環境としては絶好の場所だったのだ。


しかし、二人にとって穏やかで平和な時間を与えてくれた村の暮らしは、必ず何時か終わりを迎える。


そしてその終わりの時が、近づいていた。


黒煙を上げながら燃える建物が見える。その中を逃げ惑う人々や血を流し倒れる人々を横目に通り過ぎていく。


泣き叫び親を探す子供を助けたいが、思い通りに体が動かせない。それなのに体は、勝手に動いている。


これは夢の中、それとも・・・現実。


今ミリアが見ているのは、過去の記憶である。彼女が一番思い出したくない、今になっても忘れらない記憶だ。


「ミリア、早くリムの所に行って。ここは、私一人で防げるから」


迫りくる帝国軍を前に白髪が目立ち始めた髪を振り乱すパートナーのトミは、赤い柄の槍を片手で大きく振り上げ勢いよく回転させる。


初老の女性とは思えない勇ましい声を上げながら、突撃して来る軍勢の中へ飛び込んだ。


「ああ、早く、早く探さないと」、息苦しくて胸が痛い。


胸を手で抑えながら、焦る気持ちを必死に堪えた。


ミリアの娘夫婦が住む美しい街並みが自慢の港町ナルラカは、突如侵攻してきた帝国軍の攻撃で瞬く間に炎に包まれた。


燃え上がる建物に囲まれる通りを抜け、道に散乱する瓦礫を避け、彼女は息を切らして走り続ける。


娘夫婦が営む店が見えた。やっと辿り着けた、そう考えるミリアが近づくと店の前で娘リムが倒れていた。


はっと、息を呑んだミリアは、急いで駆け寄り倒れる娘を抱き起した。


「そんな! ああ、リム・・・、来るのが遅くなってごめんね」


抱きあげる娘の背中から、生温かい血が流れるのを感じる。無情にも娘の流す血は、ミリアの手を真っ赤に染めた。


大量の血を失った娘は、目が見えないのか母親の声を頼りに、彼女は震える手を伸ばした。


「お母さん・・・ッ、私、もう駄目みたい。・・・うっ、こ、この子をお願い」


息を引き取ったリムは、最後までしっかりとブランケットを抱きしめていた。ブランケットの中には、まだ幼い孫娘が何も知らずに、すやすやと眠っている。


「どうして? どうしてこんな目に会うのよ」と、怒りを通り越してやるせない気持ちが込み上げて来た。


グッと、下唇を噛みしめたミリアは、「くっ、あんなに警戒していたのに。どうして帝国の不穏な動きに、もっと早く気づけなかったの?」と、この惨状に間に合わなかった事を悔やみ、自分自身に失望した。


娘から託された孫娘を抱くミリアは、帝国軍を一人で食い止めるトミの後ろから叫び声を上げた。


怒りと悲しみに満ちた怒号は、その場にいた者達の動きを止める。


「関係の無い住民を巻き込み、好き放題してくれてるんじゃないわよ」


「えっ、ミリア、大丈夫なの。リムは、・・・リムはどうなったの?」


「この子を残して死んだわ、いいえ、帝国軍に殺された・・・」


ただならぬ気配のミリアにトミは、背筋が凍りついた。このまま帝国軍と同じ場所に居ては危険だと、彼女の第六感が訴える。


「・・・たく、魔法士とは恐ろしい生き物だね」と、飛び跳ねミリアの後ろへ急いで移動した。


赤ん坊を抱くミリアは、右腕を前に伸ばし手のひらを見せた。


「この世を覆う大気よ、全て我に従え」、ミリアの手のひらへ吸い込まれるように大気が集まる、「我が刃となりて全ての敵を切り裂け、ウィンドスラッシュ!」


戦場が、静寂に包まれる。まるで大気を失い真空状態となり音が消えて無くなったかの様に、静まり返ってしまった。


何も起こらないじゃないか、最前列に居た帝国兵が小声で呟いたのを合図に、ヒュン、ヒュン、ヒュンと風を切る音が鳴り始めた。


何事か、帝国兵達は警戒して辺りを見回すと、ゴロンと兵士の首が地面に落ちて転がった。


ミリアの報復の狼煙が上がった。


もう、兵士達は彼女の怒りから逃れられない。


前列の兵士達の首が全て切り落とされ地面に転がると、残された体から噴水の様に血しぶきが上がった。


まだ、何が起こっているのか理解出来ない兵士達は、呆然とその惨劇を見つめていた。


二列目の兵士達の首が地面に転がり、再び血しぶきが上がる。そして、三列目、四列目と続いた後に、やっと我に返った兵士達が背を向け逃げ出した。


しかし、怒り狂うミリアは魔法を止めようとしない。背を向けようが、地面に伏せようが、ミリアの魔法は容赦なく兵士達を切り刻んでいく。


あっという間に血の海となった戦場は、バラバラになった兵士達が転がる壮絶な光景となってしまった。


魔力切れを起こしたミリアがよろめくと、トミは肩を彼女に貸した。


何時まで経っても撤退命令を出さない帝国軍に、しびれを切らしたトミは、最後尾で彼女達を見つめる馬上の男目がけて槍を投げつけた。


「チッ・・・、奴らは魔女か?」、槍は彼の頬の肉を抉り取った。


馬に乗る男が背中を見せると、一斉に撤退命令が下され帝国軍は引き揚げて行った。


結果的にナルラカへ侵略した帝国は、数千もの兵士をこの戦いで失ってしまい、諦めて撤退せざるを得なかった。


それも途中で参戦してきた、たった二人の女性によって。


赤ん坊を抱きしめるミリアと並んで立つトミは、小高い丘の上から破壊され黒煙の上がるナルラカを見ていた。


ほんの少し前まで、ここから見る港町は絶景だったのに。


戦争は残酷だ、簡単に町を破壊し人々の生活を奪ってしまう。そんな風に感傷にひたり悔やみ続けても娘は戻ってこない。


孫娘の顔を覗き見たミリアは、気持ちを切り替えた。


「約束する・・・、必ずこの子は、絶対に幸せにするから」


この子が将来この町に訪れる時は、再び旅人から絶景と評される港町であって欲しいと願った。

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