長命種の遊びと不始末

坐久靈二

長命種の遊びと不始末

 四人の男女が円卓を囲んでいる。

 彼らはみな長い永い歳月を生きたが故に刺激に飢えていた。


「それで、今回はどのような趣向ですの?」


 黒を基調としながらもどこか華やかさが施された、宵闇のドレスといった趣の衣装に身を包んだ妖艶な美女が席を共にする三人の男に問いかける。

 四人は定期的に集まり、束の間の暇潰しとなる話題を互いに提供し合っていた。

 定期的、と言っても、その間隔は我々が考えるよりも遥かに長い。


「今回は誰の番だったっけ?」


 小柄な美少年が悪戯な微笑みを湛えて男二人を見渡す。


わたしではないぞ。前回思ったよりも受けず、今は趣向を練っておるから楽しみにしておけ。」

「君の話は基本、つまらないからね。あまり期待はできないかな……。」


 少年の揶揄からかいにいかめしい大男がムスッとした表情でふんぞり返る。

 それを受け、老年の紳士然とした男がピンと伸びた挙手をした。


「儂じゃよ。と言っても、今回は珍しい客人をお招きしてその方の話を聴かせてもらうことになっておる。」


 そう言って老紳士が指を鳴らすと、暝闇くらやみの奥から見窄みすぼらしいローブを纏った老婆が姿を現した。


「おやおや、これはこれは、珍しいお話が期待できそうですわね。」


 黒装束の美女が愉快そうに笑うと、老婆はおもむろに口を開き、しゃがれた声で語り始めた。


「本日はこのような場にお招きいただき誠に有難うございます。短い身の上話ではございますが、最後までお楽しみ頂けますと幸いにございます。」


 歪んだ蝋燭の灯がくゆる。

 蟲が迷い、耳障りな羽音を鳴らしている。


 と、美女は勢い良く立て掛けてあった刀を抜いた。


「失礼、お話の邪魔かと思いましてね。」


 蟲は瞬く間に一刀両断され、その死骸を蝋燭の火に沈めた。

 老婆の頬に汗が伝うのはその火の熱ゆえだろうか。

 

 美女は手巾で念入りに刃を拭っている。

 不浄な蟲を斬って汚れたことが余程気に触ったのだろうか。


「続けても、宜しいですかな?」


 老婆は固唾を呑んで確認する。


「どうぞ、早くお聴かせください。」

「愉しみだなあ。誰かさんの二の舞にならなければいいけど。」

「その時、物足りぬのはこの客人ということか。ふん、姑息な手を……。」

「ほっほっ、偏に儂の人脈の為せる業かの。」


 好き勝手に囃し立てる四人の姿を、老婆はローブの奥から深い情念の籠もった双眸で見つめている。


「では、くれぐれもよぉくお聴きくださいませ。これはある愚かな者達の、大変に残酷で滑稽な所業とその結末にございます……。」


 四人の好奇心に満ちた八つの目が老婆の一身に注がれている。


「まずは皆様にお話致しますのは、我が故郷におけるエルフ族とオーク族に纏わる言い伝えにございます。」

「エルフとオーク?」


 大男が口を挟む。


「またまた面妖な名を出してきたな。ならば貴様は異界の民か。」

然様さように御座います。」


 男は怪訝けげんな表情をしているが、他の者達は物珍しさにはしゃいでいる。


「へえ、面白そうだね。」

「そうですわね。異文化を背景とした自分語りとは、それだけで期待できそうですわ。」

「儂、冴えてるじゃろ?」


 焔の揺らめきを映し、老婆の双眸がギラリとかがよう。


「はい。必ずやお楽しみ頂けるかと……。」


 彼らは老婆の奇妙な情念に気が付いているのだろうか。

 ともあれ、美女が老婆を促す。


「どうぞ、続けなさい。」

「はい。ではまず、我等の世界におけるエルフとオークの成り立ちについてからお話しましょうかの…。」


 闇の中、歪な蝋燭に灯された焔だけが命の残骸を食み、五人の姿を照らしながら愉螺璃愉螺璃ユラリユラリと揺れていた。


「こちらの世界で語られる様々な異界におけるエルフとオークの関係、そこにある程度共通しているのは、野蛮なるオークは森に慎ましく生きるエルフを時に好んで侵略し、蹂躙し、そして凌辱するというイメージですな。お嬢さん、それについて如何思われまするか?」


 老婆の質問に美女は眼を天に向け考え、言葉を紡いで答える。


「そうですわね。如何に人間基準で見てエルフが美しく、オークが醜いからと言って、何故そもそも種族の違う彼等がエルフを好むのか、といったところでしょうか。我々で言えば、猿が人間に欲情するようなものですわ。」


 美女の回答に、少年と大男も深く頷いて同調を示す。


「確かにそうだね。まあ僕たちの中にもゴリラや猿に好かれそうな人たちはいるけど。」

「隣の戯言たわごとは聞かなかったことにして、わたしも概ね同意する。」


 それらの意見を聞いて、老婆の口元がニヤリと歪む。


然様さよう然様さよう。その理由付けは異界における各々の種族の歴史によりますし、中にはそのような関係にない場合もありまする。しかし、我々の世界における理由は単純明快でございます。」


 老婆の不気味な笑みを蝋燭の焔が揺れ照らす。


ひとえに、オークはエルフの為れ果てた姿にございまするが故、彼等はエルフを欲し、襲うのであります。」

「なるほど、とあるファンタジー大家の創り給いし世界に準拠しているようですね。」


 美女は己の知識から即座に情報を引き出した。

 それを見て老婆の表情は笑みから虚無を湛えた真顔に返る。


「実は微妙に異なるのですが、それは追々明かしていきましょうぞ。ともあれ、もしオークがその様な経緯で生まれたとすれば、その歴史には『最初のオーク』がいることになりますな。」

「うーん、必ずしもそうではないのですが、なるほど、そちらの世界ではそうなのですね。」

「はい。」


 美女の言葉に老婆は一瞬、不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、さも気にしていないように繕って語り続ける。


「そのエルフは名を『ウルク』と言い、少々エルフ族の中でも特殊なマナを使う者でした。」

「マナ?」


 老紳士が首を傾げる。


「自然界にある霊的なエネルギーか何かだと思うよ。」

「概ね、そのとおりですじゃ。そしてウルクはマナの中でも珍しく、闇の精霊からそれを借りることができたのです。これは当時のエルフ族の中では極めて珍しい力でした。」


 老婆の肯定に、少年は得意気にふんぞり返る。


しばし、待て。」


 今度は大男が口を挟んだ。


「闇の力を使うエルフ、とは通常『ダークエルフ』と呼ぶのではないか?」

「当時は闇もまた単なる自然の一部と考えられておりました。また珍しかったこともあり、特に区別して呼んでおりませんでした。」


 なるほど、と男は頷いた。


「世界は闇で満ちている。それは黎明の時より変わりませんわ。何も恐れることはないのです。」

然様さよう。しかし、畏れの対象ではございました。それでウルク青年は、北のエルフ族の中でも他と距離を作りがちだったそうですじゃ。多少の妬みもあったようですがの。」

「珍しき者は奇異の目で見られる、というのも古より変わらないね。」


 彼らは皆すっかり老婆の話す御伽噺に聴き入っていた。

 この世界にいていた彼らにとって、異世界の話は新鮮であるのかも知れない。


「そんなある時でございました。ウルク青年はマナの不調を訴え、棲み処に臥して動けなくなってしまいました。彼は三日三晩苦しみに苛まれ続け、何やら気味の悪い呻き声を上げ続けたと云います。それはそれは、恐ろしい声だったそうですじゃ。」


 老婆の声がいやに芝居がかってきていた。

 話の中に登場したウルク青年に呼応するが如く、呻くように四人に語り掛けていた。


「そして最後の夜、声が止んだ時ようやく姿を現したのは、苦悶に苛まれ我が身を掻き毟り、醜く変わり果ててしまったウルク青年だったそうじゃ。」

「何と、そちらのオークはエルフが謎の苦しみに自らを傷付け生まれたというのですか?」

然様さようでございます。これが、後に最初のオークと呼ばれる者の顛末でございます。北の里の者はあまりに恐ろしい姿に怯え、これは闇のマナが暴走した結果に違いないと慌てふためきました。」


 ここで、蝋燭の灯が消えてしまった。

 まるで話に登場する闇の力の脅威に合わせるような出来事だった。


「待たれよ。わたしが点けよう。」


 大男がマッチを擦り、新しい蝋燭に灯を点した。


「どうぞ、続けられよ。」

かしこまりました。北の里はこれを最終的に、闇のマナに手を出した結果もたらされた呪いであると結論付けました。しこうして憐れウルク青年はただ生まれ持った力を忌み嫌われ、不幸の由とされたばかりか里を追われる破目になったのです。」


 大男に促されるまま、老婆は話を続ける。


「追放の憂き目にあったウルク青年は南を目指しました。他の里へ行き、同胞はらからに助けて貰おうとしたのです。過酷な旅であったと伝え聞いております。森に住まうは善良な獣や妖精ばかりでは御座いません。中には、出会っては生きて帰れぬとまで言われた巨大な怪物もおりました。山を越える際には古の巨竜から命からがら逃げねばならなかったそうです。しかし、そうして命懸けの南下を続ける中、彼の体に変化が起こったのです。」


 蝋燭の灯は新調されただけあって激しく燃えている。

 それは、これからの展開に合わせ希望を湛えているかのようだった。


「ウルク青年はいつの間にか傷が癒え、元の美しいエルフに戻っていたのですじゃ。」

「え? ウルクがそのままオークになったんじゃないの?」

「意外だな。では一体オークとは何なのだ?」


 少年と大男は思わず疑問を挟まずにはいられなかったらしい。


「それはもう少ししたらわかりまする。しかし元に戻ったとはいえ、ウルク青年は今更北の里へは戻れませぬ。一方でもう南の里は目の前でございました。彼は南の里に辿り着き、事情を話して何とか受け入れてもらおうと考えました。そうするしかありませんでした。」


 心なしか、老婆の顔は皺が薄れ、僅かに艶を取り戻しているかのように見えた。

 声も何処かうっとりと何かに耽溺している。


「それで、受け容れて貰えたのですか?」

「一つ、偶然が御座いました。」


 美女の問いに老婆が夢を見るように答える。


「丁度その時、南の里では里長の娘、ミュオという乙女が二日前より嘗てのウルクの様に悶え苦しんでおったのです。」

「ほほう、それは奇妙な偶然ですな。」


 老紳士が顎に手をやって興味深そうに老婆の話に聴き入る。


「それを聞いたウルクに、闇の精霊が囁いたそうです。『乙女に己の血を与えよ。』と。」

「ああ、なるほど。」


 美女は得心が行った、というように手を叩いた。


「血清、ですね?」

「正に。」


 老婆は美女の問いに頷いた。


「ウルクは闇の精霊魔法によって自らの血からこの『奇病』に対抗する薬を作り、彼女に与えたのです。こうして彼は奇病を治すのに無くてはならない存在として、南の里に快く迎えられたのです。」


 ここまで聞き、四人は声を上げて笑い始めた。

 ならばオークの正体とは、皆迄語らずとも彼らは自ずと察したからだ。


「クク……、つまり、あれだ。北の里のエルフは救世主たり得た存在を自ら追い出してしまったわけだ。」

「フッ、愚かなことだな。」

「見事な因果応報、ざまぁ見ろ、といった感じじゃの。」


 そんな彼らの様子を見る老婆の表情はどことなく陰っていた。

 一層深く皺が刻まれ、苦悩が見え隠れしているかのようだった。


「擁護しておきますと、北の里は神聖な森を侵さんとする人間どもと昼夜戦いを繰り広げ、精神的に疲弊して疑り深くなっておったのですじゃ。」

「かと言って、味方同士で争った結果破滅とは森の賢者が聞いて呆れますわね。」


 美女は彼らの中で一番、さも面白可笑しいといった様子で破顔していた。

 老婆はそんな彼女を見て見ぬ振りしようと努めているようだった。


「さて、北の里の末路は皆さんのご想像通りじゃ。程なくして流行り始めた奇病に成す術無く、生き残った者が必死で助けを求めて南へ下ってきた。だが当時ウルクの生活は既に南の里に根付き、里長の娘ミュオと恋に落ち家庭を築いておった。」

「同じ危険を冒してまで北の里へは到底戻れぬ、と。」

然様さよう。」

「テンプレ通りのざまぁ展開、だね。」

然様さよう然様さよう。」


 しかし、言葉とは裏腹に老婆の表情はみるみる曇っていく。


「しかし、これで目出度めでた目出度めでたし、とはいかなんだ。」

「これまた、どうして?」


 老婆の言葉に疑問を呈する老紳士に、美女は溜息を吐いた。


「最初の話を思い出してごらんなさい。エルフとオークは今、どういう関係でしたっけ?」


 沈黙、それが彼女の言葉によって導かれた四人の答えだった。


「北の里のエルフがオークになったとすると、悲惨な話ですな。」


 老紳士が咳払いをして伏し目がちに呟いた。

 それを聞き、老婆は怨念がかった声で語りを再開する。


「元は同じエルフであったのに、一方が他方を襲い互いに争うようになってしまった。オークとなった北の里のエルフは最早自分達が何者であったのかも忘れ果て、南の里のエルフに害を為し始めた。完全に怪物となったオークは森や山の恐ろしい生き物も滅多に手を出さなくなり、彼らは容易に南の里に来られるようになったのが最悪だった。」

「血清で治療は出来ないのか?」

「出来たら今の今まで争い合っては居らぬ!」


 大男の疑問に老婆は初めて声を荒げた。


「完全に為れ果てたオークは最早エルフには戻れぬ。そればかりかオークに穢されたエルフはマナの加護を失い、時と共に著しく老いる体となってしまう。お陰でエルフはすっかり稀少種じゃ!」


 老婆は呼吸を荒げ、恨めしそうな眼で四人を睨んでいる。


「なるほど、それは御気の毒でございましたわね。」

「うぬぬぬぬ……。」


 美女の素っ気ない言葉に老婆は拳を握り締め、怒りを剥き出しにする。


「で、そろそろ名乗ったらどうなんだい?」

「うむ、此処で名乗るのが一番相応しかろう。」

「そうじゃの、もう潮時じゃろうて。」


 四人は皆、ここまでの話で老婆の正体を悟っていた。

 老婆は一つ深呼吸をし、自身を落ち着かせてローブを脱ぎ捨てた。

 醜く老いさらばえた姿ながら、その耳は長く尖っている。


「お察しの通りですじゃ。我が亡きウルクの妻、ミュオでございますよ……。」


 ミュオは恐ろしげな狂気に歪んだ笑みを浮かべ、四人を順々に舐めるように見渡す。


「さてさて、皆さま。ここで二つ、疑問に思われませぬか?」

「はて、何のことでしょう?」


 美女はわざとらしく首を傾げる。

 そんな彼女の様子を憎々し気に見つめながら、ミュオは二本の指を差し出した。


「一つ、何故我がここへ来て皆様にこのような話をしたのか。そしてもう一つ、抑々そもそもエルフをオークに変えた流行り病は何処から来たものなのか……。」


 眉間に皺を寄せ、激しい憎悪を全面に表すミュオに対し、四人は皆一様に能面の如く冷たい無表情で彼女を見ていた。


「さっきから何が言いたいのですか?」

「とぼけるな、不死者共イモータリス!!」


 ミュオは懐から短剣を取り出した。


「お前達が様々な異界にわざわいの種を蒔いてきたことは突き止めてある! 一族の仇、里の仇、同胞はらからの仇、夫の仇!! 永き生にいたというならここで終わりにしてくれるわ!!」


 老婆の両目から涙が零れる。

 そして、彼女は美女に飛び掛かろうとした。


「死ねええええええっッッ!!!!」


 しかし、瞬間ミュオの胸が切り裂かれ、激しく血潮を噴き出した。


「ば、莫迦なああぁぁっっ!! あの時! あの時既に我を!?」

「余計なことをしなければ、虫螻蛄むしけらと一緒に斬った傷も開かないままにしてあげたのに……。」


 何も出来ないまま膝から崩れ落ちた老婆を美女は冷酷に見降ろしている。

 

「何故……。我等が何をした? どうしてあの様な惨いことを……?」

「さあ? 暇潰し、かしら? 御存じのとおり、永き生にいておりましたので。」

「そんな……酷過ぎる……。一体我等はどうすれば良かったのだ……。」


 ミュオは譫言うわごとの様に呟く。

 そんな彼女に、美女は冷たく告げた。


「どうって、助けてあげれば良かったでしょう。つまらぬ怨恨など水に流してしまえば、お前は今そこに惨めに伏してなどおりませんわ。」

「嗚呼……嗚呼……。ウルク、戻って……。戻ってきておくれ……。」

「今更言ったところで、ねえ……。全ては流転し、生あるものはいずれ死ぬのですよ。」


 ミュオにその身勝手で残酷で理不尽な言葉は届いたのだろうか。

 それは定かではないが、憐れな老婆は事切れていた。


「さて、なかなか面白い趣向でしたわね。」


 美女は老紳士を言葉では称えるも、何処か腑に落ちないと言った表情をしている。


「何か不満だったでしょうかな?」

「そりゃ、ねえ……。」

「うむ……。」


 老紳士の疑問に、少年と大男は厳しい顔をしている。


「前々々回、自分がした話をそっくりそのままされる身にもなって貰いたいですわね。お前のオリジナルは精々最初のオークの妻をこのわたくしに差し向けたくらいではないですか。」

「既に聴いた話に一々リアクションするの、大変だったね。」

「全くだ。」


 手厳しい評価だった。


「それもある意味面白いかと思ったのですがの……。」


 老紳士は面目無さそうに頭を掻いた。

 そんな彼に、美女は一つ溜息を吐いた。


「まあ良いでしょう。次はわたくしの番ですから、一つ手本というものを見せて差し上げますわ。」

「結局、面白いのは僕とお姉さんの二人だけなんだよね……。」

やかましい。次は目に物見せてやろう。」

「ううむ……。」


 蝋燭は吹き消され、邪悪なる存在のおぞましい円卓は闇の中へと呑み込まれた。

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