第38話 旅行へ

 テスト当日、俺はたしかな手応えと共に胸を張って家に帰っていた。


 過去最高の出来だ。これならクラス10位以内どころか、学年10位以内。下手したら、学年1位まで見えるというレベルの出来だった。

 いや、やっぱ鳴には勝ち目がないので、2位にしておこう。あっはっは、俺って謙虚だなあ~。


 翌日。


「成瀬さん、クラス順位16位でしたよ」

「――――え?」


 翌日の夜、何故か相坂さんから明かされた順位は、クラス16位という数字だった。


 ――ん?


「いやいや、そんな冗談勘弁してくださいよ~」

本当マジです。16位です」


 ――ん?


「ああ、学年16位だったんですか。いやあ、学年2位かなと思ってたんですが」

「どうしてそこまで思い上がれるんですか。クラスで16位です」


 ――ん?


「そ、そんなわけないじゃないですか‼ 俺、今回の手応え的には全教科で平均点いってるはずですよ‼」

「そうです。だから16位なんです。クラスで真ん中です」


 ちょっと待て。何かがおかしい。


「え……平均点取り続けたら、1位になるんじゃないんですか……?」

「えーとですね。殴りたいんですが、今非常にあなたのことを殴りたいんですが、傷心状態みたいなので我慢して説明をしますと。平均点を取り続けると、大体真ん中あたりの順位になります」


 なんか難しいことを言ってる。うーん、よくわからないぞ。


「つまり、どういうことですか?」

「つまり、あなたがお気に入りだったエッチなビデオが、全てあなたの手元から消えてなくなります」

「なんとぉぉぉぉおおおおお――――――ッッ⁉」

「それでようやく状況が理解できるとは……面白い人ですね」


 ……あれだけ勉強頑張ったのに……。いろんな誘惑を押しのけて、一生懸命勉強したというのに、そんな……。この世界、頑張った人に対して冷たすぎるよ。


「まあたしかに努力の成果は見られましたね。苦手な数学で平均点プラス5点。赤点すれすれだったことを思えば、かなりの成長だと思います」

「それでも、温泉旅行もなくなったんでしょ……?」

「まあ、残念ながら」


 意外なことに、申し訳なさそうな顔をしている相坂さん。それだけ、俺の努力が認められたということだろうか。


「まあ残念ですが、これなら次のテストで十分にクラス10位を目指せると思いますよ。頑張ってください。体育祭もすぐですし、まだまだ挽回のチャンスもありますから」


 いつもの投げやりな感じではない、実直な応援。

 それが、俺のテストが失敗に終わったことを痛切に教えてくれていて。


「う、うわあぁぁぁぁああああん‼‼」

「はいはい、よく頑張りましたね」


 思わず、涙がぽろぽろと流れ落ちていた。


 なんだこの青春みたいな展開は。






「ねえねえ、千太くん」

「どうしたんですか先輩?」


 一週間後、俺はいつものように朝ご飯を先輩と一緒に食べていた。

 金曜日なので俺も先輩も制服姿だ。


 そんな先輩が、俺の方を見てニコニコとしている。明らかに上機嫌、という感じ。


「何か良いことでもあったんですか? あ、もしや前のテストで一番だったとか」

「うーん、1番だったけど、それ以上にいいことがあってね?」

「と、言いますと?」


 1番だったんかい。俺だったら、1位を取った喜びだけで2年間は生きられるぞ。


「いやぁ~えへへ……知りたい?」

「めちゃくちゃ気になります」


 相好が緩みっぱなしの先輩。ここまで先輩を幸せにするものがあるとするなら、それは気になる。


「あ、というか千太くんはテストどうだったの?」

「教えてくれないんかい‼」


 さんざん引っ張っておいて言わないんかい。

 まあ隠すことでもないので、テストの結果をつらつらと報告する。


「へえ~! 千太くん、数学で平均点越えたんだっ!」

「まあ、先輩が取ったら失神するような点数だとは思いますが……」

「そんなことないよ。千太くんなりに頑張ったんだから、それはすごいじゃん!」

「先輩……」


 どうしてこの人は、こんなにも嫌味なく人を褒めることができるんだ……。学年1位にテストのことを褒められるなんて、普通は皮肉でしかないはずなのに。


「でね! でね! いいことあったって言ったけどさ!」

「あ、そしてここで話が元に戻ってくるんですね」

「うん! 行ったり来たりごめんだけど」


 そして先輩はごそごそっと携帯をいじると、俺にその画面を見せてきた。


「これ、は?」


 だが見たところでよくわからない。文字がいっぱい書いてあるだけで……って『3名様のご予約』?


「これはねえ、なんとねえ……」


 そしてもったいぶらずに、内容を教えてくれる。


「じゃん! 福井への温泉旅行券‼」

「福井⁉」


 いや、驚くところはそこじゃない。間違えた。


「お、温泉旅行券⁉」

「そうっ! 友達が『彼氏とどうぞ~』ってくれたの‼」

「そんな気前のいい友達がいるんですね……」


 まあ多分、気前がいいというよりも先輩だからというほうが強いだろう。

 先輩の人柄だ。


 ……って、このタイミングの温泉旅行券ってまさか……。


「相坂さん、からですか?」

「ううん、違うよ?」


 あ、違ったらしい。さすがに「目標達成できなかったけど頑張ったからご褒美です」という感じの人じゃないよな。うん、知ってた。だって、AV全部消されたもん。


「すごいお金持ちの友達がいてね? なんでも、その子のご両親が経営する旅館の宿泊券なんだって~」

「す、すげえ……」


 やべえ、めちゃくちゃ楽しみだ。先輩と福井旅行……。一緒に金沢駅に行って、恐竜と戯れて、千里浜でドライブデートして……。いやまて車の免許は持ってないし、福井にいるのは福井サウルスだ。戯れられない。


 まあそれでも、楽しみはいっぱいある。夜一緒にご飯食べて、浴衣姿の先輩と夜の風にあたって……うん、やっぱり最高じゃないか。


「もしよかったら……千太くんと行きたいんだけど…………どうかな?」

「行きます! 行かせてください‼ 僕も先輩と福井、行きたいです‼‼‼」

「ふふっ、よかったっ♪」


 というわけで、先輩との旅行が明日から行くことに決まった……ってあれ、何か忘れているような……?


「ところで先輩。『3名様のご予約』って……」

「あ、もちろん梨花も一緒だよ?」

「デスヨネー」


 というわけで、相坂さんと先輩、3人の旅行が決まった。


 まあ2人きりだったはずの旅行が3人になっただけだと解釈しよう……うん、もっとテスト頑張ればよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る