夢無き少年のユメ

Taike

夢問答

 それはとある日の放課後のこと。進路希望調査票を白紙で提出するという暴挙を成し遂げた俺は、担任の女教師から進路指導室への呼び出しを喰らっていた。

 

 そして、どうせこっぴどく叱られるだろうな、なんてことを考えながら着席した直後。


「なぁ、君にとって夢とはどういうものなんだ?」


 彼女が開口一番に放ったのは、俺の予想の斜め上を行くような、そんな突拍子もないセリフだった。


「え、先生? どうしたんです、急に? 俺に説教をするんじゃ......?」


「はっはっは。君は捻くれ者だからなぁ。普通に説教をしても響かないだろうし、今日は君を困らせるような質問をしてやろうと思ったのさ」


「うっわ。先生って性格悪いっすね。先生も人のこと言えないくらい捻くれてますよ」


「やかましい。いいから、君はさっさと私の質問に答えなさい」


「へいへい、分かりましたよ」


 しかし、これは困ったな。『夢とはどういものか』なんて急に言われても、んなモン分かんねぇよ。


 まあ、いい。とりあえず今はそれっぽい回答を出すとするか。


「えー、夢とは『現実を正確に認識できる人間だけが叶えられる物』だと俺は思います」


「ほう、なかなか面白い答えだな。して、その心は?」


「えー、"夢"と"現実"は相反するものだと考えられがちですが、俺はそういうわけでもないと思うんですよ。だって人は夢を叶えようと思ったら『夢を叶えるに足る能力が自分にあるのか?』って自問自答しながら夢に向かっていくわけですし。つまり、人は一度自分が置かれている"現実"を考慮した後に、夢を叶えるための努力を始めると思うんです」


「なるほど。捻くれ者の君でも一応『努力が必要だ』という考えは持ち合わせているわけだな」


「まあ、"努"っていう漢字を2つ並べると"努努ゆめゆめ"になりますしね。多分必要だと思います」


「いや、"努努"という言葉にドリーム的な意味は全く無いからな。間違った日本語を使うんじゃありません」


 おお、さすがは国語教師。鋭いご指摘。


「はは。まあ、人の夢は往々にして儚いものですからね。大抵の人間は夢を叶える努力をする前に現実という高い壁の前で儚く散っていくんだと思います」


「はぁ、まったく。君は相変わらずの捻くれっぷりだな」


「いやはや、お褒め頂き光栄至極」


「別に褒めているわけではないんだが......まあ、いい。じゃあ今日のところはこの辺で解放してやろう。そら、帰った帰った」


 おい担任。人のことを呼び出しておいて、その扱いは無いだろう。


「つーか、なんで先生はいきなり『夢とはなんぞや』なんてことを俺に聞いたんです?」


「いや、なに。もし君に夢があれば進路調査票も書きやすくなるんじゃないかと思っただけさ」


 なるほど。つまり先生は『俺が持つ夢』についての話が聞きたかったわけか。だったら、さっきの俺の捻くれた回答なんか、期待外れもいいとこだな。


「すいませんね。期待に応えられなくて。夢なんて持ったことないもんですから」


「......なぁ、君は夢を大袈裟に捉えすぎていないか? 夢なんてちっぽけな物でも良いんだぞ? 『これをやりたい』とか『欲しいものがある』とか。そういう目標を持つだけでも少しは見える景色が変わってくると思うんだが」


「あー、まあ......一応欲しいものはあるかもです」


「お! いいじゃないか。なにが欲しいんだ? 目標は口にハッキリ出したほうが効力があるからな。さぁ、言ってみなさい」


「......」


 たとえ叶いそうにない目標でも、それを口に出せば景色が変わるのだろうか。頑張るのが嫌いで、現実を見るのが嫌いで。今までは屁理屈を言ってばかりだった俺も変わることができるのだろうか。


 でも......このままじゃ現状が変わらないことだけは確かなんだよな。


 --だったら、今ここで目標を口にするのも悪くないか。






「俺は先生が欲しいんですよ」


「......え? 今なんて?」


「だーかーら。俺が今1番欲しいのはアンタだって言ってんだよ」





 どんな目標を夢にしてもいいと。貴女がそう言うのなら。今この瞬間から、貴女を手に入れる努力をすることも許されるのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢無き少年のユメ Taike @Taikee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ