第3話 採取へ行こう!①

「まさか嵐と閉門で買い物に行けなくなるとは思ってもみなかったんだよね……」


 そんな言い訳を呟きつつ、残しておいた二枚のパンを布で包み保存庫へしまう。栗のシロップ漬けも一緒にだ。


 未だ開門の報せはない。ならばまだくだんの盗賊団は捕縛されておらず外は危険だということ。


「うーん……パンを一日一枚として二日分……栗はまだ半分以上あるしシロップもあるから節約すれば三日くらいは……」


 もつだろうか?  いっそ一度森に入ってみるのはどうだろう?

 森には護りがあるはずだし、この一週間は工房周辺に人の気配はない。警備隊も騎士団も辺りには居ないようだし、危険はないのでは? と思ってしまう。


「う〜ん……」


『自分でよく考えなさい、アイリス』


 いつもの先生の言葉が頭をよぎる。

 そうなのだ。現在の状況は私がよく考えず、今まで通りの日常を送ってしまったのが原因。

 当面の食料、物資があるという安心感で、『一人』だというのに『前と同じ』と錯覚してしまっていた。……ううん、錯覚なんかじゃない。やっぱり考えていなかったんだ。


『先生が当面の食料と日用品、お金も用意してくれた』だからそれが無くなるまでは大丈夫だと過信していた。もう居ないのに先生に頼ってしまっていたのだ。

 買い出しも、予定を組むのも、イレギュラーがあることも想定して自分で考え行動しなければいけなかったのに。


 用意してあった食料は約十日分。ほぼ底をついている。残りは焼いたパン二枚と栗のシロップ煮(瓶に三分の二)


「工房と森の護りも採取のついでに確認しようと思って後回しにしてたからまだだし……」


 やっぱり本当にギリギリになるまであと一日様子を見ようか?

 そうだ、明日には報せが来るかもしれない。開門さえしてくれれば半刻(三十分)で街に行けるのだ。


「いやいやダメだ……逆を言えば明日も報せは来ないかもしれないし、また急に嵐が来るかもしれない」


 そうなったら街へ行くどころか森に入るなんて出来っこない。

 ああせめて、裏庭に畑でも作っておけば良かった! 最初の三日でよく考えてやっておくべきだった。


「……いま後悔しても仕方ない。反省は次に活かす。――うん、森に食料探しに行こう」


 最善が何か迷うなら、やらないで後悔するよりやって後悔した方が良い。


 それに多分、工房の森から出ない限りは安全だ。

 先生が用意してくれた護りはきっと『排除型の守護結界』だと思う。結界内の指定したものを護り、外敵を排除する魔術。


 だからもし盗賊が森に入って来ようとも、私や工房に危害を加えようとした時点でアウト、排除が決行させるはず。術式の魔石を確認してみないと正確には分からないけど、植物との親和性が高いイリーナ先生なら多分その術だと思うんだ。


「よし、行こう!」


 今日は野草や木の実がなるエリアまでだからそんなに時間はかからない。今すぐ出発すれば昼二刻(十四時)には帰って来れるだろう。最悪でも日が沈むまでには採取を終えられるはずだ。


 私は腰の魔石ポーチに重ね、ベルトに小刀と薬種ポーチも取り付ける。

 小刀は主に採取のため。自衛に使うには私の腕も加えて心許ない。薬種ポーチは採取に出掛ける時は必ず持ち歩くものだ。中には回復薬のポーションが二種類、消炎湿布、三角巾、空の小瓶と蜂蜜で固めた携帯食、それに筆記用具も入っている。


 採取に出掛けるならもう一つ。ベルトの上からエプロンの様に紐を巻き、袋をくくり着けた。

 お尻が隠れるくらいの大きさの袋は、底が籠状になっていて採取物が沢山入る。それに両手が空くし背負い籠より動きやすい。

 ちなみに袋が重たくなる帰りには紐を肩掛けにすれば楽ちんだ。




 私は玄関扉をそーっと開き外を伺った。

 特に異変は感じない。良い天気だし暑すぎない、採取にはもってこいの日だ。


 工房は森に隣接しているので、外に出ればすぐ森の入り口となる。

 嵐はなかなかに激しいものだったが、ぐるりと見渡しても荒れた様子はそれ程ない。多少小枝が落ちていたり草が倒れてたりする程度だ。


 ――これなら森の素材も動物たちも大丈夫そうかな。


 サクサクと歩を進め、まずはひとつホッとした。





「うん、川の様子も問題なさそう……っと!」


 膝下ほどまでの小川に入り水門を軽く掃除した。工房の水はここから引いているので定期的にメンテナンスをしなくてはならない。

 とはいえ、水門は錬金術で鍛えた特殊な金属を使っているので耐久性は軽く三百年。私はまだ会ったことはないけど、水の精霊ウンディーネも護りをしてくれているから基本的に心配はないそうだ。


「ふ〜……汗かいたな」


 脱いだローブのポケットから、手巾を引っ張り出す冷たい水に浸す。


「んっ!? わっ、こんな浅瀬にトットゥ……! あ、あ〜どうしよう、何か……いいや、もう手巾で……!」


 掌ほどの大きさだがトットゥは美味しい魚だ。他より光を反射する尾びれ付近の鱗は良い素材でもある。薬効もあるし、光沢を出すために他の素材に混ぜたりして使う。


 嵐の影響だろう。普段はもっと深いところにいるはずなので今日はついている!

 私は手巾を両手で広げ、トットゥを川岸に追い込み、包み込むようにして数匹を捕獲した。

 逃げられてしまいそうなものだが、ここは彼らの普段の住処である岩場ではない。隠れられる岩陰も、速い流れも水草も無いのでは身の守り方が分からないのかもしれない。


「ありがとう嵐!! 今夜は塩焼きだ!」

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