第15話 超級魔獣

 超級魔獣の襲来。それは都市にとって文字通りの悪夢だ。


 騎士とは魔獣を狩る力を持つ者である。狩猟器と術式というグランドギルドで開発された魔術を受け継ぎ、自分よりもはるかに巨大で強い魔力を持つ魔獣を狩る選ばれし存在だ。少なくともそういうことになっている。


 実際、魔力によって守られた巨大な草食魔獣や、魔力により暴力的な膂力を誇る中型の肉食魔獣など、中級魔獣は多くの騎士の獲物だ。また、巨大な肉食魔獣であり、魔力を用いた原始的な攻撃すら行う上級魔獣も、優れた騎士なら倒すことは可能だ。


 だが、超級魔獣はただ巨大で強力なだけでなく、騎士をもしのぐ魔力効果の発動が可能な存在だ。騎士の術式とは異質で巨大な魔力の模様を描き出し、そこから発生させる魔力効果はけた違いとなる。


 その威力は人間ではなく都市すら滅ぼしうる。グランドギルドの遺産である結界すら揺るがす。


 だが、この恐るべき存在と人間が遭遇することは極めてまれだ。超級魔獣は大量の高濃度の魔力を必要とする。すなわち、極めて強い魔脈の噴出口を活動の拠点とする必要があるということだ。そのような場所は多くの猟地で一カ所であり、その魔力は地下の都市結界器により消費されているのだ。


 いや、歴史的な因果関係としては逆だ。グランドギルドが植民都市を建設した場所は、元々は超級魔獣の巣なのだ。したがって都市はもちろん多くの猟地は超級魔獣の行動範囲から外れる。


 だが、グランドギルドが滅び巨大な魔脈の中心が空いて数百年を経たことで、超級魔獣の行動範囲は変わってきている。グランドギルド跡には多くの超級魔獣が生息するようになった。その中には長距離を移動する、いわゆる渡りをする種が存在する。


 そのような種の一つが火竜ボルガヌス・ドラゴラスである。


 並みの上級魔獣の倍を超える巨大な体にもかかわらず、魔力により高速で飛行するこの魔獣は冬季に北のグランドギルド跡から南にある果ての大山脈へと渡りをする。


 三十年前、この火竜の群れが北にあるダルムオンという都市を襲った。単に運が悪かったのか、何か別の理由があったのか、原因は不明だ。


 ちなみにダルムオンはグランドギルド跡に近いことからわかるようにリューゼリオンの猟地よりも魔力が濃く猟地としても広い。そこで狩りをするダルムオンの騎士は勇猛さを知られていた。過去にはグランドギルドに対して大反乱を起こしたことが知られていたほどだ。


 だが、そんなダルムオンも数匹の火竜の群れに襲われてはなすすべもなかった。結界ごと破壊されて滅んだのだ。


 そして七年前には群れからはぐれた一匹がリューゼリオンを襲った。この時は一匹だけだったこともあり結界は火竜の攻撃をしのぎ切り、魔力を消耗した火竜を王自ら出撃して撃退することに成功した。


 それでも、多数の騎士と多くの平民が犠牲になった。火竜襲来として、この場にいるものの記憶に刻み込まれた悲劇だ。何よりも失われた王の片腕がその記録だ。


「デュースター家の者が現在も火竜の動向は監視している。今は猟地境近くの山で羽を休めている。報告を待ってからここに来たゆえ最も新しい情報だ。無論、いつ動き出してもおかしくない」


 息子から変わってデュースター家の当主が言った。遅刻してきたことを誇らんばかりの言いようだが、誰も咎める余裕はない。


「リューゼリオンへの火竜襲来となれば極めて深刻な事態だ。リューゼリオン騎士の総力を挙げて当たらなければならない」


 王が最大勢力の領袖に向かっていった。表情には強い警戒感がある。七年前、王が片腕とそれ以上のものを多く失った時、協力を拒んだデュースター家は多くを得たのだ。


 そして、現状はあの時よりもさらに悪い。現在の王家には独力で火竜に当たる力はない。少なくともまだ……。


「確かに、ことはリューゼリオン全体の問題だ」


 会場中の視線を集めたデュースター家当主は鷹揚に答えた。リューゼリオンの存亡にかかわる事態に、都市の管理者である王と騎士院の最大実力者の意見が一致したように見えた。


「問題は、誰が指揮を執るかだろう」

「なるほど」


 そしてすぐに二人の視線が正面からぶつかる。


「この中で火竜に直接対したことがある騎士は私をはじめ数名しかない。私が指揮を執るのが妥当ではないか」

「その意見には同意しかねる。七年間も狩りから離れた騎士に狩りの指揮は任せられない。前に立てないならばなおさらだ」


 デュースター家の親子は、王の存在しない右腕をねめつけるように見ていう。


「ならば王は後方で指揮を執り、先頭にはこの老骨が出ればいい」


 本来なら引退していてもおかしくないベルトリオンが立ち上がった。騎士としての盛りをとうに過ぎた老人にとっては死地になるのは分かり切っているが、それでも立たざるを得ないのだ。


 デュースターが今回の火竜撃退の指揮を執ることになれば、王家にとってはおおよそ最悪の事態が生じる。王家に近い騎士たちを格好の捨て石として用い、中立の騎士達に対しては生殺の権を持つも同然だ。


 デュースター家にとって目の上の瘤であるベルトリオンはどちらにしても死に追いやられる。ならばせめて、彼の孫娘と王家の希望である王女を守るべきという選択だ。


「その歳で何ができる」

「あれに対したことがないデュースター卿よりは役に立つことをお約束しよう」


 王は側近を視線で制し、デュースター家の当主を見た。


「では、デュースター卿が先頭に立ち火竜に当たるということか」

「いや、我ではない」

「それでは話が合わない。まさか他の者を捨て石に功だけを求めるとでも?」

「いや。先頭に立って火竜に当たるのは我が息子アントニウスだといっているのだ」

「……なんだと」


 完全に予想外の言葉に王は虚を突かれた。立ち上がったままのベルトリオンも驚きで固まっている。度が過ぎるほどの身内びいきで知られるデュースター家が跡継ぎを最も危険な場所に出すというのだ。


「いまだ準騎士の彼が先頭に立つのは無謀というべきではないか」

「魔獣に関することで成算ないことを言うようでは騎士失格だ。当然、我らにはしかるべき策がある。アントニウス、あれをお見せせよ」

「はい」


 アントニウスが手に持っていた長い包みを解いた。ちなみに、狩猟器の騎士院への持ち込みは禁止という暗黙の了解を無視した行為だ。だが、議員たちの目はそこに現れた異常な狩猟器にくぎ付けになった。名門騎士だらけの議員たちが息をのむ銀の輝きの投槍のような形状。さらに、その表面には見たこともない様式の二色の術式が描かれている。


「この狩猟器は青と赤の魔術を連続的に発動する。つまり、はるか遠方に正確に届き、しかも対象に巨大な打撃を加えることが出来るのです。実際私はこれを用いて飛亜竜ワイバーンを狩り取った」


 若い準騎士は懐から取り出した赤い大粒の魔力結晶を掌に掲げ、議場に示した。空を飛ぶ上級魔獣は最も狩ることが困難な獲物であることは誰もが知っている。


「火竜をリューゼリオンまで引き付け、都市結界を盾に消耗させた上で左右から挟み撃ちで行動を制約する。この指揮は私が執ろう。そして、アントニウスがこの狩猟器により撃退する。我々デュースターの対火竜対策、いかがかな」


 デュースター家の当主が議場を睥睨した。


 議場の空気が変わる。ここにいるもので七年前の火竜の姿を見ていない者はいない。空を飛び、魔力の炎を吐く魔獣相手となれば、騎士院に身を置く議員たちと言えども手も足も出ない。


 そこに、デュースター父子の策は唯一の解決策に見える。もちろん、狩りの主導権を得ればそれを最大限に利用するだろうが、何もできないよりはましだ……。


 だが、この作戦を肯定できない者がいる。ほかならぬ都市の管理者である王だ。


「デュースター家がリューゼリオンを守るために力を尽くすという志は歓迎する。都市を盾にするという作戦は都市の管理者として受け入れがたい」

「結界の役割は魔獣を防ぐことだ。それを活用して何の問題がある。七年前もそうしたではないか。まさか、結界の管理に支障をきたしているとでも?」

「相手は超級魔獣だ。結界と言えども過信すべきではないということだ。三十年前のダルムオンの教訓を忘れるべきではない」

「ダルムオンを襲ったのは群れ。今回確認されているのは七年前同様に一匹だ。大体、火竜を撃退できねばさらに結界への負担は大きいものになる。ああ、要するに結界の管理を盾に指揮権をよこせという話か」


 デュースター当主はその手には乗らんと攻勢を強める。


「結界の管理は王家の役目。それこそ結界の管理に集中すればいい。火竜に対する指揮はデュースターに任せるべし」

「都市の管理者として都市を餌にするような計画は認められない」

「ならばいたずらに騎士の犠牲者を増やすというのか」

「そのようなつもりはない。火竜については実際に撃退した私が一番よく知っている」

「七年前のことをいつまでも誇るよりも、今の王に騎士として何ができるのかだな」

「そもそも、デュースター卿が先頭に立てるといった者は、いまだ騎士ではない」

「既に多くの現役騎士を凌ぐ。それに、先ほど見せた狩猟器を扱えるのはアントニウスだけだ」


 議員たちが固唾をのんで見守る中、二人の意見は平行線をたどる。ただ、ベルトリオンは議場の空気が段々とデュースターに傾いていく事を感じ取っていた。王の主張の所々に無理が出ているのだ。


 七年前の経験があるからこそ、今回の対火竜戦にかかる制約の大きさを知るベルトリオンにとってはあまりに歯がゆい。だが、この場でそれを口に出すことは極めて危険だ。


「今にも火竜がリューゼリオンに向かおうとしているとき、これ以上の議論は時間の無駄だ。ここは騎士の掟にのっとり決めようではないか」


 反対に、背後の天秤が十分すぎるほど自分に傾いたことを確認したデュースター卿は自信満々に己が結論に向かう。


「掟とは?」

「知れたこと。火竜に一番槍を付けたものが全体の主導権を持つ。他の者は従う」


 一番槍はその獲物に対する優先権を与えるもの。火竜も魔獣であるとすれば、魔獣に対する掟は有効と言える。


 騎士の流儀としては正しい言葉に多くの議員が頷く。それを止めるすべはもはや王にもベルトリオンにもなかった。


 もちろん、思惑は明らかだ。空を飛ぶ火竜に打撃を与えられる手段、先ほどの狩猟器を持つデュースター家が主導権を取るといっているのと同じだ。その後は騎士院での決定を大義名分に王家側の騎士も完全にデュースターの指揮下に入ることになる。


 どのタイミングで仕掛けるかも、他の騎士をどう用いるかもデュースターの思うがままだ。もちろん、自分たちの安全を最重視した行動をとるだろう。


 そもそも最初の一撃を与えるタイミングも、彼らの手中にある。要するに自分たちの計画通りにやるといっているのだ。


 だが、王は反論の言葉を出せない。騎士院において騎士の掟という言葉は重く、結局のところ火竜に対抗するすべを持つのはデュースター家だけだ。


 そして、騎士院での議決が取られる。デュースターの父子は満足げに頷き、立ち上がった。そして、最後に王を振り返る。


「都市の存亡の危機に対し先頭に立ったには相応の報いが必要だろう。火竜撃退に最も活躍したものには…………」


 現在だけでなく将来にわたってリューゼリオンを支配する、その宣言と共にデュースターの父子が議場を去る。デュースター派だけでなく、多くの中立の騎士が雪崩を打つようにその後を追った。

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