第9話 臨時パーティー①

「冬の禁猟期が近い。貴重な演習の機会を無駄にしないよう各自しっかり……」


 演習についての注意事項を告げる教官の声が河原に響く。同級生の群れの中、俺の周囲は丸く空白だ。合同演習以来、俺の扱いは軽蔑あるいは無視から敬遠に変っていることを改めて認識する。


 学院理事になったベルトリオン翁の睨みが教官陣に効いていること、特にゴードンと例の教官が学院を去ったことが大きい。ちなみにゴードンはケガの結果だ。ただ、配置転換ということになっているあの教官の方は誰もその理由を信じていない。


 さらに、もう一つ……。


 説明が終わり、同級生たちはパーティーごとに狩り場への移動を始めた。俺はいつも通り一人北に向かって歩く。前方から赤毛と黒髪の二人の女生徒が歩いてくる。途端に周囲の耳目がこちらに集中するのが分かった。


 合同演習以来、俺が王女様のお気に入りだという噂は完全に広まってしまった。何しろ俺を助けるために複数の上級魔獣に立ち向かったことになっているのだ。


 つまり、俺自身に対する評価は変わらないのに、扱いが変わったわけだ。ちなみに、俺が合同演習で複数のジャッカルを倒したことは綺麗に忘れられている。


 いや、それどころか最近は職人街に行くことが増えているため、王女様や理事の依怙贔屓でこれまでよりもさぼっていると思われている。


 例外があるとしたら、ゴードンのパーティーメンバーだった数人だけ。彼らは今でも不気味なものを見るような目を向けてくるが、それもどちらかといえばベルトリオン理事や王女様に何か言いつけられるんじゃないかという恐れだ。


 二人の準騎士とすれ違う。俺はおおよそ碌な獲物がいないだろう北に、二人は演習場の中でも森の深い南に、正反対の方向だ。目も合わせなかった俺達に、周囲の緊張が解けたのが分かった。同時に、周囲の俺への目が冷ややかなものになる。


 まあ、むしろこれくらいの方が好都合だろう。俺がやっていることを考えれば目立たない方がいい。今から俺達が一緒に狩りをするなんて、知られるわけにはいかないのだから。


 …………


 深い森の中、河から数えて三本目の紅樫の前にたどり着いた。ここは演習場の端も端、少し先には採取地区がある。本来なら碌な獲物が期待できない場所だ。しかも、地形的には湿地で歩きにくい。


 俺は紅樫の大木に背を付けて待つ。


「いた。いたわサリア」

「わかっています。待ち合わせ場所なのですからいなければなりません」


 南の方から弾んだ声と共に赤毛の少女が姿を現した。彼女の後ろには周囲に気を配りながら歩く黒髪の少女がいる。演習場の端で成績最上位の二人と、最下位が鉢合わせるとはなんという偶然……というのはもちろん嘘だ。最初からここで待ち合わせで、あえて反対方向から回り込んだのだ。


 実はここから演習所を離れて少し奥に行くとこの季節に強く撥ねている魔脈がある。つまり、今日のテストに最適の場所というわけだ。


「それにしても、いまだに誰もあなたの力を知らないなんて、みんな見る目がなさすぎるわ」


 合流するや、王女様は珍しく不満を口にした。どうやらここに来るまでに「あんな落ちこぼれにかまわないほうがいい」みたいなことを言われたらしい。


「私があの時上級魔獣と戦ったなんて誰も信じてませんから。まあ、その方がやりやすいですよ」

「それはまあ、私たちもあなたを取られるわけには……。とにかく今日は私達はパーティーなんだから。さあ、早く獲物を探しましょうか」

「リーディア。その前に、やることがあるはずです。レキウス、例の物、できているのだな」

「もちろんです。こちらが主目的ですから。まずは受け取ってください」


 俺は懐から厳重に布に包んだ小瓶を二つ取り出し、二人に渡した。先日この二人からもらった赤と青の上級魔獣の髄液を工房で精製したものだ。今日の目的はこれの実地テストだ。



「これが色媒? まるで砕けた宝石みたいに綺麗」

「色といい形といい、全く普通の物と違うな」


 瓶の覆いを取る。そして中身を見て驚きの顔になった。この形状を見せるのはそういえば始めてか。


「実は調整も少し工夫が必要です。エーテルはこれを使ってください」

「まるで中身が入っていないように透明だな」

「実は超級触媒は普通のエーテルには溶けないのです」

「何もかもが特別というわけだな。まあ、あれだけの色媒だ、さもありなんか」

「この瓶に刻まれている紋は何かしら? 天秤?」


 光に透かすように瓶をくるくる回していた王女様が言った。


「ああ、それは私が作った錬金術の印です」

「つまり、これが付いていることが我々の取引の品である証明というわけだな」

「そういうことです」


 錬金術の象徴である天秤に、死んだ両親の工房のマークとレイラ姉の工房のマークを簡略化したものを乗せた意匠だ。騎士の家紋というよりも工房のマークを意識して作った。錬金術工房というわけだ。


「では、これを使ってそれぞれの改良術式を描いてください。収量は増えたとはいえ、貴重なので扱いには注意してくださいね」

「わかったわ」

「了解だ」


 二人はダミーの術式をエーテルで洗い流し改良術式を描き始めた。俺はそれを見守る。王女様の白銀の剣にルビーのような赤い光が細い線で描かれていく。下地の魔導金属の質が全く違うせいだろう、俺のとは輝きが一段違う。


 いや、むしろこれが超級触媒の本来の色という可能性があるな。


「まずは術式に魔力を通してください。……リーディア、からどうぞ」

「見ていて」


 王女様、もといリーディアが剣を構える。次の瞬間、透明感のある赤い光が周囲を照らした。


「すごい、これ完全に上位術式を超えているわよ」


 元の狩猟器の倍の長さと幅に広がる赤光の大剣を手にしたリーディア。単に魔力の刃が大きくなっただけだが、これが勘違いなのだ。赤の魔術はその力の強さが特徴でその分到達距離は短い。だからこそ普通はリーチがある長柄の槍などを使う。それを卓越した魔力と技量を用いて剣で扱っていたのが彼女だ。


「まるで風の刃を手にしているみたい」


 狩猟器を軽々と振るうリーディア。これだけのリーチが備われば無敵だ。しかも、まだ術式内での魔力の移動をしていない状態で……。


「次は私の番だな……」


 驚きの顔でパートナーを見ていたサリアが鎖を両手で握った。鎖はこの前よりも細くなっていた。そういえば書庫でリーディアが、狩猟器の調整がどうのといっていた。術式が圧縮されたことで、細い鎖でも扱えるだろうが、どういう目的だろう?


 疑問の答えはすぐに出た。彼女の鎖はまるで蛇のように近くの木の枝に巻き付いた。滑らかな動きだが、通常の青の魔術に見えた。だが、普通だったのはそこまでだった……。


 次の瞬間、彼女の体が宙に浮いた。まるで糸のように曲がる鎖が、彼女の体を釣り上げたのだ。そのまま、木の上に立っている。助走も何もなく、一瞬で消え、木の上に現れた。


「予想以上の反応と力だな。まるで手の延長だ」

「……青の魔術ってこんなこと出来ましたっけ」


 木の枝の上のサリアに視線に困りながら聞いた。


「出来ないな。青の魔術は基本的には鎖自体の操作だ。長い鎖の先まで魔力を到達させなければならない。鎖の強度を維持しながらの操作であるから、木などを渡らせなければ力も足りない。とてもではないが魔力で術者の体を持ち上げる余裕はないのだ」

「……教科書ではそうですよね」

「だが、これだけの魔力伝導率と魔力の循環を前提とすれば、話は別になる。そうだな、これだけ滑らかな操作が出来れば……」


 サリアが木の枝から飛び降りる。枝に巻き付いた鎖がまるで油でも塗ってあるように枝の周りをまわり、術者を滑らかに着地させる。完全に使いこなしている。


 …………


「これだけの効果なのに、色同士の干渉がほとんどないわ」

「はい。これなら連携もやりやすい」


 二人はまるで互いの周りを舞うように動く。新しい術式同士で息がぴったりだ。もしかしたら今日は術式の調整だけで終わるかもしれないと思っていたが、全く問題がないようだ。


 いや、むしろこれが超級触媒の真の力なんだろう。これを見ていると俺の盾剣改が小細工に見える。しかも、俺と違って魔力に余裕が十分あるのだ。


 今からのテストは俺の感覚でやったらだめだな。おそらくだが、魔術だけでなく魔力の運用事態が変わってくる。


「では、実際に狩りに用いてみましょう。まずは二人がやりたいように全力で動いてみてください」


 下手をすればこれが最後の指示になるかもしれない、そう思いながら俺は二人に言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る