第3話「重大事実③悪友と勝負する」

「お疲れ。そういえば女子の中で神谷だけ恋人いねーな」


 俺の着席と同時に神谷の後姿を見ながら、吉崎は思い出したかのように呟いた。


「……お前よく今のやりとりから、そういう事を思い出すな」


 俺は今の一撃で少なからず寿命が削られた気がするよ。


「まー、いいけど。しかし、なんかもう何人かに告白されてなかったか?」

「神谷が転校してきて一ヶ月経つけど、手紙での告白が二十三通。対面での告白が十六回ってところだな」


 すらすらと吉崎は神谷への告白カウントを述べる。


「……お前、いつも思うけど、一体どこでそういう事、調べてくるんだ?」

「それは企業秘密だな」


 にやりと気持ち悪い顔で吉崎がほくそ笑む。何か危ない事にでも手を染めているのではないかと勘繰ってしまう。まぁ、捕まったり退学になったりしたらあんな奴もいたなーっとたまに思い出してやろう。


 神谷は窓際の席で誰とも話さず、冷めた顔で外を見ている。お決まりのポーズで休憩時間の時は大体あの姿勢で居続けるのだ。なにか見ていて楽しいものが外の景色にはあるのかと思いたくなるくらいに。


 しかし、神谷ねぇ……。


「あんな女の何がいいんだろうな」

「まー、性格はあれだけど、すげー、かわいいしな。そこらの芸能人よりも、よっぽど顔がととのってるし。まさに薔薇のような美しさ」

「トケだらけだけどな」


 俺は腹を押さえながらケッと吐き捨てる。


「転校初日の自己紹介があれだぞ? 『私に関わるな宣言』 どうかしてるだろう。クラスメイト全員に冷戦宣言したようなもんだろうが。わけわからんわ」


 ファーストコンタクトで教室の空気を凍らせた神谷は拒絶宣言からこの一ヶ月、誰かと一緒にいるところどころか、まともに会話しているところを見たことがない。嫌なくらい徹底していた。


「相変わらず神谷のこと嫌ってんな、学級委員様は」


 吉崎の台詞に俺は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 担任の横暴のせいで学級委員になった事は今でも腹立たしいが、今は水に流そう。何か問題が起こると気軽に俺をかり出すクラスメイトの事もこの際、許そう。ただ、認知し難いのは神谷の面倒を俺がみなければならない事だ。


 未だにクラスに馴染む気配のない神谷を心配して、――そもそも馴染む気がないんだろうけど――担任の川村ゆきえ先生こと、ユッキー【二十六 ♀ 婚約者有り】から頼まれているこの件は最近の俺の不幸指数を高めている。


 先程のような神谷の無視は今になって始まったことではなくことごとくあんな感じなのだ。まだ反応しただけましだといっていいかもしれない。あの一撃は余計だが、最後まで無視し続けられる可能性だってあったのだから。


 一ヶ月経って分かった事は、俺が神谷を嫌いだという事だけだ。

 神谷が転校してきて少したった時の事を思い出し、胸がむかむかとした。

 最悪な事をいわれたのだが、くそっ、思い出したくもない。


 俺との事はおいてといても、基本的に神谷は人と話さないし、必要なく話しかけてきたり、接触してくる奴は当然のように無視する。

 そして、そういう態度だけでも問題なのに神谷には他にも問題があった。

 それは先程、神谷が怒りを表したあれだ。


 絹糸のような淡くウエーブのかかった栗色の髪。切れ長で澄んだ夜空を思わせる深い色を宿した瞳。唇は薄く形よく、淡い桜色をしている。肌はミルクでも溶かし込んだように白くきめ細かい。小顔で顎は細く、身長は一六〇の後半と高く、それ以上に足が長い。


 神様の悪戯みたいなぎりぎりの均整がとれた美しさを備えた女子で、その容姿はすぐに評判になった。

 しかし、神谷はそれら一切の評価を拒絶する。


 神谷は自分の容姿の話をされる事を心底嫌がるのだ。嫌がるだけならまだいいが激怒する。まだ、その事が周知されない間に神谷の容姿をほめ称え告白を敢行した奴がいたのだが、思いっきり頬を張られ振られた。トラウマものだろうな、かわいそうに。


 そんな奴だから、一ヶ月たって神谷に接触しようとする奴はほとんどいなくなっていた。みんな神谷に睨まれたいとは思わないし、またほめてしまってもかみつかれるのだから、とりつくしまがないのだ。

 

 しかし、それにしたってまわりにほめられて一体何が不満なのだろうか。

なにを考えているのか謎な女だ。

 大体そもそもクラスというか全生徒を敵視しているのが、もうわけがわからん。


 現在、そんな神谷は俺の悩みの種だった。放り出したくても、川村ゆきえ先生こと、ユッキーに頼まれているので、放り出せないのが、痛いところだ。

 周りが幸せの中、何故こんなに不幸なのだろうか。

 俺はハチミツ柚子茶に口をつける。お前だけが俺の癒しだ。


「とにかく神谷は女子だし例外だとしてよ、俺かお前どっちかに彼女ができたら、どうなるか分かるよな?」

 吉崎が嫌な話を再開する。


「【最後の一人】 【売れ残りの廃棄物】【クラスで唯一彼女がいない男】という称号を手にするわけだ」


 そんな不名誉な称号、全力で辞退したい。


「これはお前と俺の名誉をかけた勝負になるんだぜ?」


 いや、名誉じゃなくて、不名誉をかけたの間違いだろう。……落ち込むな。


「しかし、彼女な、嫌な状況だけど、そんな勝負してもなー……」


 俺が曖昧な受け答えをすると、吉崎は片眉を上げて、ほくそ笑んだ。


「俺に勝つ自信がねーと?」


 ぴきっ。


 青筋がこめかみに走るのが分かった。誰が誰に勝てる自信がないと吉崎の馬鹿はおっしゃったのだろうか? 少し長く目をつむり気持ちを落ち着かせる。馬鹿の調子にあてられてはいけない。同じ土俵にたったら俺も馬鹿みたいじゃないか。


「いや、そうじゃなくて、俺はさ、彼女なんて恋愛感情が芽生えて、好きな奴が出来て、はじめてできるものであってだな。無理して作るものじゃないんじゃないか?」


 俺はなんとか落ち着いた声音で吉崎に語りかける。馬鹿にも分かるように。


「まー、分かる。分かるよ。いい訳をしたくなるのは。俺が本気出したら、すぐ彼女できちまうもんなー。そりゃー、孝也ごときが俺よりもてるわけねーし、敵前逃亡? いいんだぜ、負ける事が分かって戦う事はかっこいい事だとは限らねーもんな」


 そんな俺の言葉を遮るように無知蒙昧な妄言を吉崎は吐き出した。



 ぷちん。



 俺の中で我慢していたものが簡単に切れた。他の誰にいわれても許せる言葉でも、吉崎にいわれては我慢できない。

 一体誰に彼女ができて、誰が誰から逃げるだって? ……笑ってしまう。笑ってしまうよ、吉崎!


「……いいだろう、吉崎、お前の勘違いを終了させてやる」

「ほお、負けが分かっていて立ち向かうか、度胸だけはあるじゃねぇか」

「ははは、他の誰に負けても、お前にだけは負けないと思うけどな」


 吉崎に負ける事などありえないからな。万が一、負けるなんて事になったら、吉崎以下という事だ。そんなのは恥辱に耐えかねて、死んでしまいかねない。

 俺たち二人を中心に負のオーラが漂い始める。互いの自尊心がせめぎあい、空気が張り詰めていくのが分かる。

 

 心なしかクラスメイトから、距離をとられている気がするが気にしない。


 重い沈黙の中、吉崎と睨み合う。


「……期限はクリスマス迄。当然、罰ゲームはありだよな?」


 吉崎がぼそりと沈黙を破る。


「上等だ。のってやろうじゃないか」


 俺は即答した。どうせ罰を受けるのは吉崎なのだから。


「……負けたほうが一日、『一生一人、俺一人、自分だけを愛します』って背中に貼り付けて過ごすってのはどうよ?」

「ははは、お前がM気質だとは知らなかったな、吉崎」

「鉄オタの緒方がいいカメラ持ってんだよ。ちゃんとお願いして、お前の背中を記録に残してやるからな、孝也?」


 こうして吉崎との勝負が始まった。

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