第2話「重大事実②バイオレンスな同級生が怖い」

 眩い豊かな栗色の髪を腰までたわませた女子が入ってきた。


 肌はミルクでも溶かし込んだかのように白く、体は均整がとれていて、細い腰から伸びる脚は長い。小さな顔にバランスよく配置されている目、鼻、口はどれも整っている。だが、不機嫌そうなその冷めた表情はいかなる評価も拒絶していた。


 周りのクラスメイトは一瞬目を奪われたが、視線が合うと親の敵のように睨まれ、すぐに目をそらした。


 俺はその姿を見て、先程以上に深くため息をはいた。


「神谷」


 俺の声が聞こえてるはずなのに、自分の机へと直進する足を止めない。俺はその普段通りの反応に机から立ち上がり、神谷の机へと向かう。


「この前、渡した生徒会からのアンケート用紙あったろう? できてたらほしいんだけど」


 神谷は自分の机へと着席し、俺とは逆側の窓に小さな顔を向ける。ああっ、くそっ、無視しやがって。


「プリントだよ、プリント、できたか?」


 俺は神谷の正面へと回り込み、再度尋ねる。

 今度は逆の方へと神谷は不機嫌そうな白い顔を向ける。勘弁しろ、お前は。

 六度、同じ不毛な事を繰り返す。神谷に対して目的を遂げる為には必要な行動だろうが、頭にくるな。


「プ・リ・ン・ト・で・き・あ・が・り・ま・し・た・か・?」


 俺は青筋をたてながら、あえて嫌味で区切るようにいってやる。いい加減にしろ。

 神谷は観念したのか、細い眉に一本筋を寄せ、俺に聞こえるように舌打ちをして、鞄からプリントを取り出した。


「なんだできてるじゃないか」


 始めから素直に渡せよ、この女は。

 何を考えているのか神谷は俺が差し出した手と逆方向にプリントを落とす。


「ちょっと待て! コラッ!」


 俺は慌ててなんとか落ちる前にプリントをキャッチし、神谷に対して吠える。

 神谷は俺の存在を徹底的に無視したいのか再度、逆方向に顔を向ける。怒鳴りこみたい気持ちをぐっと堪えて、冷静に注意するよう努める。


「あのさ普通に渡してくれたらいいから、俺の差し出した手見えてたよな?」

「知らないし、見えてないし、うざいから消えてくれないかしら」


 俺の言葉を塞ぐように暴言をもらし、神谷は恐ろしく冷えた瞳を向けてくる。切れ長の瞳からまるで虫を見るかのような視線を投げかけてくる。

 一度、おののきそうになるが、神谷の台詞が腹立たしいので、いいたい事はいっておこうと決めた。


「神谷、面倒なのはわかるけど、わざわざこんな事しなくていいだろう。なんか俺に恨みでもあるわけか? 俺がお前になにかしたか? きれいな顔して澄ましてないで、いいたい事あるならいってみろよ」


 その瞬間、クラスの空気が凍った。

 まわりのクラスメイトたちは口を閉じ、嵐の予兆を感じたかのようにこちらを見て、沈痛な面持ちでいる。何が起こったというのだろう。俺は理解できず一人首をひねる。


 なんだ? なんでこんな雰囲気になってるんだ?


 しかし、その疑問は神谷を見て俺は気づいてしまった。

 同時に自分のいった言葉を思い返し、愕然とする。


「…………誰が……きれいですって?」


 先ほどより低く小さな声なのに恐ろしく耳に残る。

 ゆらりと神谷は立ち上がり、俺と合わせようとしなかった瞳に敵意を宿らせ睨みつけてくる。栗色の髪がふわりと浮き上がった気がするのは気のせいだろうか。


「私をきれいだなんていうんじゃない!」


 怒気を大量に含んだ声が鼓膜を破かんばかりに響いてくる。耳鳴りがして、頭がくらくらとしたが、神谷が右手を握りこんでいるのが見えて俺は慌てて弁明する。


「いや、言葉の意味が違うから、きれいっていったのはお前がきれいからじゃなくて、無表情にすました顔でいるって意味で、すかしてるんじゃないぞって事であってだな……」


 俺は神谷の瞳から殺気が発せられるのを見た。なまじ顔が整っている分、なんて恐ろしい。声が出ない。神谷は細い肩を震わせながら、底冷えする声を出す。


「いいたいことは――」


 周りのクラスメイトは見ていられないというように目をそらす。


「それだけか!」


 神谷の怒りをまとった右ボディーブローが俺の鳩尾に打ち込まれた。腹部にうまれた衝撃で俺は無様に倒れこむ。

 いっ、息ができない。

 あまりにも的確に打ち込まれた為、横隔膜が機能不全になってやがる。


「フン」


 虫でも見るかのような冷たい視線をよこし、神谷は自分の椅子に着席する。

俺は呼吸が整うまでうずくまり、自分の迂闊さを呪っていた。

 ああ、何故俺は不用意にあんな言葉をはいたんだ。

 細く息を吸いながら横隔膜の回復を待って、よろよろと立ち上がる。


 神谷の顔を見るといつもの不機嫌そうな無表情に戻っていた。瞬間沸騰しやがって、この女。再度、腹が立ったがそれ以上に腹が痛いのでこれ以上何かいうのはやめておいた。


 しかしあの細い腕で何故にこんな一撃を繰り出す事ができるのか。

 恐ろしい女だ。

 

 俺はため息と共にプリントを片手に自分の席についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る