第24話 眠り姫と名前

「黒崎さん、って他人行儀ですよね」


 朝ご飯中。

 白音の言葉に、叶多の箸がピタリと止まる。


「俺、そんな冷たい対応してる?」

「いえいえいえっ! 違います違います」


 ぶんぶんと、白音が首を横に振る。


「”黒崎さん”っていう、呼び方がですよ」

「ああ、なるほど……?」

「友達なのに、苗字に”さん”づけって、なんだかよそよそしくないですか?」

「友達だったんだ、俺たち」

「ええっ!?」


 白音がぎょっと身を引いた。


「叶多くん、此の期に及んで私とは友達じゃない、って言うんですか!?」

「そもそも友達の定義とはなんぞや。ていうか、ナチュラルに下の名前で呼んだね今」

「真面目ですかっ。こういうのは自然な流れが大事だと思いまして」

「呼び名は別に、好きなようにって感じなんだけど……」

「一緒におしゃべりしたり、ご飯食べたり、なんなら添い寝もしています……これで友達じゃないのなら、この世のほとんどの友達は成立しなくなりますよ」

「ぐっ……」

「というか、添い寝”フレンド”って時点で、友達じゃないですか」

「ぐぐっ、確かにそうだな」

「いや……ですか?」


 どこか怯えるような瞳が、上目遣い気味に向けられる。


「嫌、ではないが……」


 ──叶多くんは友達だもん! 力になるのは、当たり前でしょ?


 友達という関係性に苦い反応をしている理由はわかっている。

 ”友達”という響きに、良い思い出を持っていないからだ。


 でも、それは自分の都合であって白音は関係ない。


「……じゃあ、いいよ、友達ということで」

「本当ですか!?」


 がたんっと、白音が勢いよく身を乗り出してきた。

 思わず、たじろぐ。


「い、いいと思うよ? うん」


 なんだ、いいと思うって。


「わああぁぁっ、ありがとうございます!!」


 白音の笑顔を中心に、きらきらきらーっと星くずが散らばった。

 喜びの感情が溢れすぎて眩しい。


 そんなに嬉しいことかねと、不思議に思った。


「改めて、よろしくお願いしますね、叶多くん」

「あ、ああ……よろしく、夢川さ……」

「ストップです」

「へ?」


 掌をこちらに向けられた。

 ぷくーと、風船みたく頬を膨らませる白音。


「私たち、友達なんですよね?」

「一応?」

「じゃあ、夢川さん、って呼び方は違うと思うんです」

「えーーーと?」


 つまり、こういうことか?


「…………白音、さん?」

「白音、です」

「いや、それだと俺の呼び名との釣り合いおかしくない?」

「私はあれです。敬語がデフォルトなので、”くん”をつけないと浮いてしまうのです」

「なるほど?」


 理屈が通ってそうで通ってない気がするが、深く考えても仕方のない類のものだろう。


「……白音」

「はいっ」


 合格のようだった。

 100点満点の笑顔を前にして、叶多はぽりぽりと頬を掻いた。


 知らなかった。

 下の名前で呼ぶのが、こんなにも照れくさいということを。

 

「次の添い寝はいつにしましょうか?」


 食後。

 学校へ行く準備をしていた叶多のそばに、白音がとててと寄ってきて尋ねる。

 おおよそ、高校生とは思えない会話の切り口に、内心で苦笑する。


「来週は火、木、金がバイトだから、そのどれかかな」

「ありがとうございます! では、火曜日でお願いできますか?」

「少しでも早く、って感じだね」

「えへへ……待ちきれなくて」

「そんなに良いものか」

「すっごくすっごく良いものなのです。とても、助かっています」


 本当に、感謝しています。

 と、白音はぺこりと頭を下げた。

 肺のあたりがむず痒い。


 感謝の気持ちをダイレクトに受けて、胸が温かくなる。


 ……もっと力になってあげたい。

 そんな気持ちが、湧いたのかもしれない。


「……これは本当に、白音が良かったら、なんだけど」


 気がつくと、自分から提案をしていた。


「週に、2日か3日くらいだったら……添い寝、しに来れるかも」

「ほ、本当ですかっ!?」

「白音が良かったら、だけど」

「わ、私はむしろ大歓迎なのですが……」


 ちらりと、窺うような視線。


「でも、いいんですか?」

「いいよ。別にそれで悪い影響があるわけではないし、それに……」

「それに?」

「……いや、なんでもない」

「えええっ、気になります」

「気にするな、大したことない」


 なんとなく、口にするのは憚られた。

 自分自身も、添い寝をしたがってるかもしれない、ということを。 


「ということは、今週もまた添い寝が出来るということですねっ」

「そうだな。今週……明後日とかどう?」

「明後日ですね! 大丈夫です!」


 うきうきるんるんと、身体を揺らす白音。

 背中から”♪”が溢れ出てそうだ。


「本当に、ありがとうございます」

「どういたしまして」


 照れくさい。

 が、悪くないと思った。


 ……その反面、着々と白音との関係性が深まっていることに、不安や恐怖にも似た感情も抱いていた。

 底の見えない湖に足を入れるような、わからないけど、なんとなく、怖い。


 そんな感覚を。

 この時はまだ、気にならないレベルだったけど。

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