第23話 眠り姫に、そっと触れて


 瞼を持ち上げると、目の前に天使がいた。

 今度は驚かない。


 昨晩、叶多は自分の意思で、白音と一緒の布団で添い寝した。


 左手はまだ、白音に握られたままだった。

 一瞬、躊躇してから、そっと引き抜く。


 自由になった左手には、程よい圧迫感とじんわりとした熱が残っていた。


 上半身を起こして、白音に視線を向ける。

 ゆったりとした寝息を立てて、白音は気持ちよさそうに眠っていた。

 

 先週も同じ光景を見た。

 たしか前回は、寝癖ついてたっけ。

 指摘した時の慌て様を思い出して、口角が少しだけ持ち上がる。


 昨晩は動きが少なかったのか、艶やかな銀髪は本来のシルエットを保ったままだった。

 

 見れば見るほど綺麗だ、と思った。



 ──そばに……いてほしい、です。



 心細そうな声、寂しげな表情が、不意に思い起こされる。


 後から振り返ると寝ぼけていたとしか……いや、これは言い訳だな。

 昨晩の白音の姿に、言葉に、思うところがあったのだろう。


 意思を伴った叶多の手が、白音の頭に伸びていた。


 小さな頭に手を乗せる。

 そのまま横に、滑らせる。


 柔らかい。

 海岸の砂粒みたいにサラサラだ。


 ゆっくり撫でると、白音はふにゃりと表情を緩ませた。

 やっと、安心できる場所を見つけた子供みたいに。


 それから何度か、手を頭の上で往復させて……。


「ん……」


 漏れた寝息で、ハッとした。


(俺は一体、なにを……)


 ピピピピッ!!


 けたたましいアラーム音が耳朶を打って、心臓が丸棒で突かれたように跳ねる。

 手も一緒に引っ込む。


「んぅ……」


 慌ててアラームを切る叶多の傍ら、ゆっくりと、白音の瞼がカタツムリの速度で持ち上がる。

 

「おはよぅ……ございます……」

「あ、ああ……おはよう……」


 ばっくんばっくんと、威勢の良いドラムのように跳ねる心臓を宥めながら言葉を返す。


 くぁーっと、猫みたいに伸びをする白音が身体を起こして、ぽえぽえした声で言った。


「……変な夢を、見ていました」

「夢?」

「歯医者さんに削られる、虫歯になった夢……」

「俺の手はドリルか」

「……? おれの、手?」

「あっ、いやっ……なんでもない」

 

 自爆してどうする。


「よく眠れた?」

「根元まで削られてしまったので、永遠の眠りについたも同然です」

「ああ、よく眠れたようだな」


 まだ頭、寝てるっぽいけど。


「はい、おかげさまで」


 にっこりと、白音が微笑む。

 陽の光を浴びて喜ぶ向日葵のような笑顔。


「ありがとうございます」

「礼を言われるようなことは、していない気がするが」

「いえ! 一緒に寝てもらって……なんというか、とても安心できたといいますか、ぐっすり眠れたといいますか……」


 後半にかけて小さくなっていく声のボリューム。

 もじもじと擦り合わせる両の腕。

 それに合わせて揺れる銀の長髪。

 

「俺も」


 一度口を閉じて、白音の顔を正面に捉えてから言う。


「おかげで、ぐっすり眠れた、と思う」


 叶多の言葉に、白音は息を呑んだ。

 それは一瞬で、くしゃりと破顔する。

 

「朝ごはん、作りますね」


 弾んだ声。

 ベッドから降りた白音は、鼻唄を歌いながらキッチンへ行った。

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