第14話 眠り姫と、お約束の展開

「……むにゃ」


 起こったことを一言で記そう。

 白音が隣で寝落ちしました。


 いや、綺麗に回収してんじゃねえよフラグ。

 くぅくぅと、それはもう幸せそうに眠る白音に内心で突っ込む。


 まあ、読めた展開ではある。


 いくらクイズチョップが面白いコンテンツといえど、疲労を蓄積しきった身体では眠気には勝てない。

 あれから10分くらいは元気に動画を見ていたのだが徐々にうとうとし始め、ついにはスイッチが切れたように目を閉じてしまった。


 ──叶多の左腕を枕にして。


 なにがベタなラブコメじゃないから大丈夫だ。

 深く考えるのが面倒になって思考を放棄した20分前の自分に魔剤をぶっかけたい。

 目を覚ませ、と。

 いや、今目を覚まして欲しいのは白音の方か。


 ……さて、どうすっかな。

 起こして敷布団に移動してもらうか、それとも腕を引き抜いてこっちが移動するか。

 

「ねえ」


 ……すやすや。


「あの……」


 ……むにゃむにゃ。


「……」


 ……すぅすぅ。


 だめだ。

 待ちに待った3日ぶりの夜睡眠を阻害するのは非常に気が引けた。

 無理やり起こすという選択が、叶多には採れなかった。


 プランBへ切り替え。

 ゆっくりと、腕を引き抜こうとする。


「んぅ……」

 

 がしっ。


 うおぅっ。


 取り上げられそうになったおもちゃを守るかのように、叶多の左腕を白音が抱き締めた。

 あまりにも自発的な動作だったため、心拍数が一気に跳ね上がる。

 展示品だと思っていたロボットが動き出したら、多分これくらいびっくりするに違いない。


 服越しに感じる白音の体温。

 白くて細い腕からは、しっかりとした圧力が伝わってくる。

 肘のあたりに柔らかい弾力を感じないでもないが、多分気のせいだろう。

 うん、きっと気のせいだ、気のせいだと思い込め!


 ……よし。

 

 落ち着いてから、力を入れて引き抜こうとする。

 が、同じくらいの力でホールドされた。

 夢の中で綱引きでもしているのだろうか。


 無理に引き抜こうとすると起こしかねない。

 強行作戦は諦めて、力を抜く。


 あれ、手詰まりじゃね。


 どうやら自分は、眠り姫と一晩同じベッドで過ごすことになったらしい。

 と結論づけるのは早計だが、しばらくはこの状態だろう。


 寝相が変わるタイミングでさりげなく拘束を解いてもらう。

 うん、これしかない。

 そのタイミングが近いうちに来ることを願って、しばらく様子見することにした。


 とはいえ、どうしたものか。


 とりあえずアラームをセットした後、スマホの電源を落とす。

 充電器も持ってきていたが、腕を拘束されているため繋げることもできない。

 

 次に電気。

 これは手を伸ばせば届く位置に消灯リモコンが立てかけられていたため、なんとかなりそうだ。


 その前に掛け布団だ。

 そろそろ肌寒くなってきた季節、身を覆うものがないと風邪を引いてしまう。


 幸い、捲れた掛け布団は右腕が届く範囲にある。


 左腕をマットに固定したまま、膝を曲げて前屈みの体勢に。

 右腕を後ろに伸ばし、よじよじと布団を引っ張ってから自分と白音にかける。


 全身を覆う包容感に、ほっと安心する。


 よし、これでいい。

 

 再び身をマットに預けると、白音の寝顔が視界に広がった。

 

 息を飲む。 

 見れば見るほど、白音はとんでもない美少女だった。


 きめの細かい肌は生クリームのように白く、あどけない寝顔は子供のように無防備で、つい撫でたくなるような庇護欲を掻き立てられた。

 長い睫毛に、へにゃりと下がった目尻。さくらんぼ色の唇からは、すぅすぅと可愛らしい寝息が漏れていた。


 ……可愛い。


 もはや、その一言だけで充分だった。

 

 そこらのアイドルや女優に引けを取らない。

 いや、それ以上の美貌を持った美少女だと、叶多は再認識する。


 そんな美少女と、ポッキー2本分くらいの距離で添い寝をしている。

 

 異常すぎる状況だ。

 もしかして自分は、先日の雨の日のバイト終わりに行き倒れたまま、長い夢を見続けているのではないか?


 その真相を確かめるべく、右手を顔の位置へ。


 頬を引っ張ろうと指を充てがって、気づいた。

 自分の顔が、いつの間にか熱くなっていることに。


 驚く。

 予想以上に、自分が白音を異性として意識しているようだ。


 いかんいかんと、目を閉じる。

 煩悩退散煩悩退散と、効果があるかわからない呪文を頭の中で唱えた。


 言霊による効果はあったようで、段々と気分が落ち着いてくる。

 しかし同時に、穏やかな眠気がさざ波のように到来した。


 視覚情報が遮断された分、白音の穏やかな寝息と、秒針が時を刻む音が妙にはっきり聞こえる。

 すぐそばで、誰かがいるという感覚。


 それはどこか穏やかで、心地よい、包まれているかのような安心感があった。


 胸に、心に、温かな感情が灯る。


 叶多は知らなかった。ずっと独りだったから。

 誰かと添い寝することは、こんなにも落ち着くものだということを。


 眠気に流されて、意識が朧げになっていく。


 今日はいつもと違うイベントが発生したせいか、地味に疲れた。

 加えて、あまり褒められたものではない生活サイクルを普段送ってるのもあって、疲労も蓄積している。


 だから、うん、寝落ちしてしまうのは仕方がない……いや、待て待て。

 このまま寝てしまうのはまずい……なにがまずいんだ?


 頭が回らなくなってきた。


 ……もう、どうでもいいか。


 心地よい微睡みに身を任せ、叶多は意識を手放した。

 

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