第13話 眠り姫と、クイズチョップ

「はああぁぁ〜……3日ぶりのぐっすりタイムです……」


 ただ寝るだけだと言うのに、温泉に浸かっているような声をする白音。

 まあそりゃそうか。言葉の通り、3日ぶりに夜寝られるのだから。


 対する叶多はまだ目が冴えていた。

 自分のいる場所が他人の、しかも女の子の部屋だという緊張感もあるが、単に寝るにはまだ早い時間だからである。

 

「電気は、適当に消していいから」

「あれ、まだ寝ないのですか?」

「少しYoutube見てから寝る」


 白音の返答を待たず、叶多はうつ伏せの態勢になってスマホとワイヤレスイヤホンを取り出した。

 Bluetoothとイヤホンをリンクさせて片っぽを耳にはめ込み、もう片方を……。


「なに見てるのですー?」

「え、ちょっ」


 いつの間にかそばに寝転んだ白音が、スマホを興味深そうに覗き込んできた。

 静かな息遣い。意識の外に追い出せないほどの甘ったるい匂い。


「寝るんじゃないの?」

「だって気になるじゃないですか。あっ、私これ知ってます! クイズチョップですよね?」


 画面に表示されたコンテンツを見て、白音が弾んだ声で言う。


 『クイズチョップ』

 高校生クイズを三連覇したクイズ王、半沢がリーダーの東大生Youtuberグループだ。

 

 頭の中どうなってるんだ?

 と突っ込まずにはいられない天才的な頭脳によって次々とクイズに回答していく爽快感と、ユニークな出題形式が人気を博し登録者は100万人超え。

 クイズ好きを自称する叶多も登録者のひとりで、毎晩寝る前の視聴をルーティーン化するくらいにはハマっている。


「クイズチョップ、知ってるのか?」

「名前だけは! クラスで結構、流行ってるみたいです」


 なるほど。確かにうちの高校では流行りそうだと他人事のように考える。

 東大をはじめとした難関大学への進学率が高い日野宮高校の生徒からすると、彼らとは心理的な距離が近いのかもしれない。

 

 ちなみになんで『チョップ』かというと、回答の際に早押しボタンをチョップで叩くという謎ルールを徹底しているからだ。

 いやほんと謎すぎるんだけど、逆にそれがシュールで面白い。


「イヤホン片っぽ、貸してくれませんか?」

「いや、寝ないと」

「少しだけ見たら寝ますっ」

「……2人で見るなら、イヤホンをする必要はない」

「はっ、確かに」


 変なところ抜けてるよなあと、Bluetoothを切りイヤホンを片付ける。

 スピーカーの音量を上げてから、スマホを横に向けた。


 画面の中でリーダーの半沢が開幕の挨拶を口にした後、いつもの流れでクイズが始まる。

 まず第一問目のクイズ。


『“A【】DFGHJKL” 【】の中に入るアルファベット一文字は何でしょう?』


 ピンポーン!


「え!? もうわかったんですか?」

「S」

『S!』


 クイズチョップのメンバーと、叶多が回答を口にするのは同時だった。


『福村さん、正解です!!』

「ええええっ!? 黒崎さん、すごい!! なんでSなんですか?」

「パソコンのキーボードの、上から三列目の並び。左から、ASDFGHJKL」

「あああっ、ほんとですね!」


 ぱああっと、手品を前にした子供のようにはしゃぐ白音。

 わっさわっさと揺れる銀髪。肩と肩が触れ合って叶多の背筋がピンと伸びた。


「これは、世の中の様々なアルファベットの並びのパターンを、知ってるか知ってないか系の問題」

「ほええぇ……すごい……」


 こくこくと、白音がしきりに頷く。


 なぜここまで大きなリアクションを取れるのだろう。

 感情の起伏に乏しい叶多にはわからない。


 次に、第二問目のクイズ。


『【ツツツツツツ】 なんと読む?』


「肋骨」

「えっ!? あっ、あーっそういうことですね!」

 

 ピンポーン!

 今度は白音の納得の声と同時に、リーダーが早押しボタンをチョップし回答を口にする。


『肋骨!』

『半沢さん、正解です!』

「『ツ』が6個あるから、ろっこツ……肋骨ですね!」

「そういうこと」

「すごい! なんでそんな一瞬でわかるんですかっ?」


 至近距離できらきらした瞳を向けてくる白音。

 一旦、一時停止。


「……ク、クイズは小さい頃から、好きというか、趣味というか」


 端正な顔立ちが目の前にあって、つい吃ってしまう。


「ああーっ、確かに! いつもクイズの本? 読んでますもんね」


 『世界一のクイズ』シリーズのことだろう。


「意外な特技、発見ですね!」

「別に、特技でも何でもない。訓練さえすれば、誰でもできるようになる」


 淡々と言うものの、叶多の内心には温かいものが灯った。

 自分の得意な領域を褒められるのは悪い気はしない。


「むむむ……私も、黒崎さんみたいに一瞬で答えられるようになりたいです」

「なれるよ、絶対に」


 なんなら地頭は自分より良いはずだし。

 

「訓練あるのみですね。ささ、次の問題にいきましょう!」

「眠くないの?」

「大丈夫ですっ。せめて一問は回答できるまで、寝るわけにはいきません!」


 なんか今すんごい寝落ちフラグ立ったような。

 まあでも、ベタなラブコメでもあるまいし、大丈夫か。


 特に深く考えず、叶多は動画の再生ボタンをタップした。

 

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