第7話 眠り姫とお昼休み

 昼休みのチャイムが鳴った途端、教室に張り詰めていた緊張感が霧散する。

 なんであるのかわからない起立と礼の儀が終わると、40分しかないランチタイムを謳歌するため各々が行動を開始した。


 叶多は立ち上がり、コンビニ袋と『世界一のクイズvol.12』を手にそそくさとドアの方へ。

 その途中、長い居眠りから目覚めた白音を視界に収めた。


 弁当箱を取り出す白音を、「夢川さーん」「白音ちゃーん」と姫と同席を許されし者たちが囲む。 

 各人、容姿が優れていたり成績やスポーツが優秀だったりと、スペックに偏りがあるように見えるのは気のせいではあるまい。


 そんな中、一瞬、白音がこちらを見た気がした。

 多分、気のせいだろう。


 そのまま教室を後にする。


 廊下の隅っこをコソコソ歩き、無駄に広い校内を横断する。

 屋上へと繋がる階段を登った後、年季の入ったドアノブを右に回した。

 

 叶多の通う都立日野宮高校は東京都の中心、千代田区に位置する。

 近くには皇居や国会議事堂など重要な施設が名を連ね、六本木や東京駅周辺の高層ビル群が空に向かってそびえ立っていた。


 そんな本校では自由な校風の一環なのか、今時珍しく屋上を解放している。

 

 とはいっても、今日も今日とて人はまばらだった。

 校内に大きな食堂やカフェテリアといった飲食スペースが充実しているため、わざわざ風に当たる屋上に足を運ぶまでもない、といったところだろう。


 叶多にとってはありがたい。

 こうして誰にも邪魔されず、のんびりと昼食を堪能できるのだから。


 人目につかない給水塔の裏で腰を下ろし、朝コンビニで買ってきた生姜焼き&ハンバーグ弁当を頬張る。

 すっかり冷めてしまっているが、なかなかイケる。


 授業に集中してすっかり空っぽになってしまった胃袋が歓喜の声をあげた。


 食べ終えた後は『世界一のクイズvol.12』を開いた。

 都会の喧騒をBGMに、脳トレの世界に意識を投じる。

 こうして屋上でひとり、クイズに没頭するのが叶多の日課であったが、今日は考えごとが浮かんで集中できなかった。


 一旦リセットするように寝転がり、目を閉じてから考える。

 

 白音に、どのタイミングで借りを返そう。

 先日の礼もしつつ、買ってくれたポカリやおかゆの代金、プラスの手間賃など諸々支払わなければならない。

 

 しかし白音は見ての通り人気者で、常に周りに人がいる。

 一言も話したことがないかつ、白音と同じようにカースト高めなクラスメイトたちの間に割って入って「先日の、お礼だけど……」


 死ぬ気かな?

 闇属性MAXの叶多がそんな光属性のテリトリーに足を踏み入れようものなら消滅は免れない。

 冗談はさておき、普通に嫌だ。


 加えて万が一、それがきっかけで先日の出来事、白音の家に上がって看病してもらいあまつさえ一泊した、なんて珍事がクラスに広まったらどうなる。

 

 ……考えたくもない。

 たくさんの視線をマイナスの感情を以って浴びせられるほど苦痛なことはない。

 それを、叶多は痛いほどよく知っている。

 

 自然と、白音の周りに人がいないタイミングを見計らって声をかけるのがベストだという結論に至った。


 それはいつだ? 放課後?

 でも下校時も確か、白音は友人たちと一緒に帰っている。

 最寄りの赤坂見附駅からどこまで一緒なのか、叶多の知るところではない。


 帰りに後をつけ一人になったところで声をかけるか?

 字面だけ見ると完全に不審者ですどうもありがとうございました。

 

 そうだ、家も近いことだし駅で待ち合わせて……いや、そもそも連絡先知らんな。


「……連絡先くらい、聞いとけば良かったな」

「誰のです?」

 

 ──ぇ。


 ぱちっと目を開ける。

 視界に青空と、白い雲と、白い美少女が映った。


「ゆ、夢川さん?」

「はい、夢川です」


 にっこりと微笑む白い美少女──白音が、ぺこりと行儀よくお辞儀をした。

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