1 幼馴染の日常

 朝錬のない日の朝はいつもスローペースだ。体育館はいくつかの部活で順番に使っているからな。それにうちはあまり強くないからあんまりうるさくもない。運動できないのは少し残念だけど、そんな日はそんな日で楽しみがあるからいいのである。



「おはよー、里香りか

「ん? ああ、大和やまとか、おはよう。」



 俺は待ち合わせ場所でなにやら難しそうな本を読んでいる少女に声をかける。俺の挨拶に返事をして、文庫本をしまう彼女は幼馴染の赤城里香 あかぎりかだ。腰まである長い黒髪に綺麗な顔立ちをしており、今も一緒に登校する俺に対して、羨望と嫉妬のまなざしが注がれている。少し長めのスカートに、制服の上に白衣という奇抜な恰好だというのに、どこか、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。やっぱり、美人ってずるいよな、こんな格好しても様になるものだ。

 彼女との関係は小学校からの付き合いである。小学生の時点で神童と言われていた彼女に、たまたま運よく、一度だけテストで勝った俺が「俺はお前のライバルだ」と身の程知らずな宣言をした時に彼女との付き合いははじまった。それ以来いつも一緒にいるのだが、俺の名前が緑屋大和みどりややまとで彼女が赤城里香あかぎりかと、二人とも名字に色がついているため赤緑コンビなどとからかわれたものだ。



「それで今日はどんな本を読んでたんだ? まあ、聞いてもわからないんだろうけど」

「どんな本だと思う? ひょっとしたらエッチな本かもしれないよ」

「こんな公共の場で、エロ本読んでる女子高生がいてたまるか、変態天才少女か!?」

「変態だなんて、ひどいことをいうなぁ、人体の神秘は興味深いし、知的好奇心は大事なんだよ。まあ、私が読んでいるのは心理学の本だけどね。結構興味深いんだぜ、大和も読むかい」

「いいや、今は漫画十分だよ。でも、天才ってのは否定しないんだな」

「もちろん、過度の謙遜は人を不快にするからね、わかってるだろ、私のライバル君。伊達に「綺羅星高校の才女」なんて呼ばれていないさ」



 俺の問いに彼女は飄々とした顔でからかい交じりに答える。心理学か……どうせまた専門家が読むような難解な本を読んでいるのだろう。神童も大人になればただの人などと言われているが彼女に関してはそれは例外だろう。進学校である「綺羅星高校」の一部しか入れない特進クラスに入ってもなお学年一位をキープしている。そんな彼女についていくのに俺は精いっぱいだ。同じ高校に入学できたのすらほぼ奇跡に近いのだ。

 なんでがんばってるのかって? わかるだろ。初恋の相手なんだよ、こいつはさ。とはいえ、今は彼女の横に俺がいるけれど、いつまでも一緒にいれるかなんてわからない。大学は一緒のところにいけるかわからないし、なにせこいつはもてるからな。…



「はぁー、めんどくさい。知らない奴との恋愛なんて興味がないっていってるのになぁ……」



 現に今も下駄箱に何か手紙のようなものが入っていた。だから、俺もこのただの幼馴染という関係を超えたいという気持ちはある。だが、告白してふられたらこうして一緒にいることもなくなるだろう。そう思うと一歩踏み出せないのだ。ラブレターをみて彼女が、嬉しそうな顔ではなく、ため息をついたいるのだけが救いだろう。



「相変わらずもてるなー。里香のどんなところがいいんだろうな」

「顔と雰囲気じゃないかな? 私の事を良く知らないのに良く告白できるよねぇ」

「バッサリだな……確かに性格と口はクソだけど、顔だけはいいもんな」

「顔も普通で、性格と口と目つきも悪く、たいしてモテない大和が羨ましいよ」



 眉をひそめて、手紙を鞄にしまう彼女をみて、俺は軽口を叩きながら安心するとともに少し胸がざわつくのを自覚した。

 里香は、容姿は優れているし、多少人間嫌いなところがあるため、友達は少ないが、まったくいないわけではない。

 むしろ、それがミステリアスな雰囲気を強調しているのか、一部の男子生徒には非常に人気である。現に彼女が「また、告白された。めんどくさい」とぼやいているのを、一か月に一度は聞いている。この前もテニス部のイケメンなキャプテンに告白されたが断ったと聞く。それゆえ難攻不落の才女などともよばれているのだ。




「里香はさ、なんで告白されても断ってるんだ?」

「こんなところで聞く話でもないと思うんだが……まあ、いい。答えてあげよう。私の場合は、相手に興味がわかなかったからだね。興味がない相手と一緒にいても退屈だし、時間の無駄だからね」

「だが、関わっていくうちに興味がわくかもしれないじゃないか?」

「ありえないね、今の私は大和と一緒なら十分だよ、だからおいていかれないようにしろよ、ライバル君」



 彼女はからかうように笑いながらこう言った。守りたくない笑顔だなぁ……ちなみに、こんなことを言っているが、こいつは俺を異性とは見ていないのだろう。おそらく俺と彼女は近すぎるのだ。小学校からいつも一緒にいる親友の様に思っているのだろう。まあ、思春期まっさかりの高校二年生で、男女でありながら、良好な関係を築けているといのは中々稀有かもしれない。

 こっちはお前とどう関係を進めればいいか悩んでいるっていうのに……俺がそんなことを思っていながら上履きをはいていると背後から声をかけられた。



「緑屋先輩!! おはようございます」

「ああ、おはよう。今日はよろしくねー」

「はい、ラインでみました。よろしくお願いします!!」



 振り返ると、小柄な茶髪の可愛らしい女の子が立っていた。彼女の名前は涼風夏色すずかぜなついろという、俺の所属するバスケ部のマネージャーであり、俺の妹の友人だ。部活に熱心な子で、よく俺の自主練に付き合ってくれるのだ。その熱心な性格からくる元気いっぱいの応援と、小動物のような可愛らしさも相まって部内でも人気が高い。あとはその……胸が大きい。俺が本能でついみてしまうと、足に激痛が走った。



「いっつ!!」

「大丈夫ですか、先輩!?」

「ああ、ごめん、下劣な輩がいたからね、つい、足が滑ってしまったようだ。君も気を付けた方がいいよ。彼は獣のような目で君をみてたからね」

「いや、俺が悪かったけど扱いひどくないか?」

「赤城先輩もおはようございます!! もしかして、お二人のお邪魔をしてしましましたか?」

「別に邪魔なんかじゃないよ。こいつが変なことをしようとしたら言ってくれ、社会的に殺すから」

「え? 俺なにされるんだ? お前、内申点に響くようなこと絶対するなよ!!」



 飄々とした顔で俺の足を踏みやがった里香にも、涼風ちゃんは礼儀正しく、挨拶をする。彼女と里香は部活も学年もちがうため接点はないのだが、それぞれ俺や妹と一緒にいることもあり、そこそこ話すような関係にはなっているのだ。

 涼風ちゃんはなにやら俺と里香を見つめていたが、何か意を決したかのように口を開いた。



「あの……緑屋先輩と赤城先輩は良く一緒にいますけど、もしかしてお付き合いをしているんですか?」

「「は?」」



 俺と里香の声が重なる。いやいや、確かに一緒に登校したり、お昼を食べたりはしているけどさ。残念ながそんな関係じゃないんだよな。俺が里香の方を見ると彼女と目が合う。彼女はいつものように飄々とした顔で、意地の悪い笑みを浮かべた。



「涼風さんからはそう見えるんだね、私たちの関係は何なんだろうね、教えてくれないかい、大和」

「いやいや、良く言われるが、俺達はただの幼馴染だろう。撫子なでしこ からもそうきいてると思うんだが……」



 俺としては恋人になりたいのだけれど、里香のやつはさっき恋愛なんて興味がないって言ってたしな。こう答えるのがベストだろう。変にぎこちなくなっても嫌だしな。それにしても女子は恋愛話が好きだな。てか、妹の撫子から俺に彼女はいないって聞いているとおもんだけど。



「あ、そうなんですね、お二人仲がよいからてっきり……」

「ふーん、ただの幼馴染か……」



 俺の言葉になぜか笑顔になる涼風ちゃん。そんなに喜ぶことなのだろうか? それと比例するように俺が動揺しなかったのが不満なのか、里香は不満そうな顔をして唇を尖らせている。二人ともどうしたのだろうか? 俺が疑問に思っていると予鈴が鳴り響いた。



「あ、すいません、私そろそろ行きますね。それじゃあ、先輩昼休みにお会いしましょう!!」

「ああ、転ばないようにねー」



 そういうと涼風ちゃんは自分の教室へと走っていった。俺は危なっかしい彼女を見送ってから自分たちの教室へと向かために上履きを履く。



「ふーん、今日はお昼に予定があるって聞いてたけど、あの子と会うのか、もしかしてデートかな?」

「いや、今日朝練なかったから、お昼に練習するってラインしたら、フォーム乱れてないか見てくれるって言われたんだよ。だから今日はお昼一緒にたべれないんだが、なんかまずかった?」

「まあ、別にいいんじゃないかな? 私たちはただの幼馴染だからね」

「ちょっと早いって、俺はまだ上履きを履いているんだぞ!?」



 そういうと彼女はなぜかすたすたと先を歩いて行ってしまう。どうしたんだろうな、機嫌悪そうだ。確かに基本的にはお昼を一緒にたべているけど別に約束をしているわけはないし、こうして、昼休みは練習をすることだってある。それにお互い予定のある時は前もって断りをいれるっていう暗黙の了解があるんだが……

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