第11話

王城の庭園


既に夜の帳がおりた庭園は、静かでどこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


あの事件から既に一月は経っていたが、首謀者が分からないままだった。リディを襲おうとした男達は全員牢屋に入れ……護衛の騎士だった者たちは、謹慎及び減俸となった。


俺達のそばを離れた理由は、暴漢に襲われた女性を救うためだったそうだ。

それも、あの男たちの計画のひとつだったらしいが……



リディを……


危険に晒してしまった……





サクッ


草を踏む音が背後から聞こえた。


「リディか?」

「ヴェル様……」


後ろの気配に振り返る事もせず、言葉をかけると彼女は俺のすぐ後ろに立ち抱き締めた。


《ヴェル様、辛そうなお顔……どうなさったの?わたくしを危険に晒した事を、まだ気にしているの?わたくしは大丈夫ですのに……》


未だ彼女の心の声は聞こえていた。

俺のせいで、リディを危険に晒したのに、リディは俺の心配をする。


それが情けなくて、辛くて……


「リディ」

「ヴェル様?」


俺は、真剣な顔でリディと向き直った。


「リディ……俺は、お前に謝らないといけないことがある」

「殿下?」

「俺達は幼い頃に婚約を交し、今までお互い忙しく過ごして来た。俺は、少し前のリディしか見てなかった。お前を良く思っていない者たちの言葉を聞き、それだけを信じお前を蔑ろにした。冷たく、傲慢だと……」

「……」

「最低な婚約者だろ?」


何か引っかかる……もう1人居なかったか?

俺に付きまとい、リディを蔑ろにしていた……誰か---の存在を。


ヴェルグの顔が悲しく苦しみに歪む。


「だが、今の俺はリディを好いている……許されるとは思っていない。お前が望むなら婚約を解消して貰えるよう父上に進言もする…


俺に、拒む権利はないからな。リディが望むなら、破棄でも構わない。それでも、俺が許せないなら……リディ…お前の好きにしてくれていい。俺を殴って気が済むのなら、殴ってくれて構わない。ここには俺たちしか居ないから」

「……ヴェル様」


リディは俯いていた。

心の声が聞こえてこないから、俺に対して何かを思ってる訳じゃないのだろう。


ずっと思っていた……

本当は許されることは無いって……

リディの心の声が聞こえて、本心を知れても、罪悪感は拭えなかった。

今更、リディを好きだと言って、どうして信じて貰える?それでも、俺には伝える事しか出来ないが……


「ヴェル様……では」


そう言って右手を上げたリディ。

俺は覚悟を決めて目を閉じた。





そうして待っても、いつまで待っても、衝撃と痛みは頬に訪れなかった。

閉じていた瞳を開けようとした時、リディの手が俺の頬を包み、遅れて唇に感じるのは確かな熱。


「んっ」


リディの両手が俺の頬を包み、彼女の唇が俺のそれに重なる。瞳は完全に開かれ、呆然と彼女を見つめた。


「ヴェル様は、わたくしを見くびり過ぎです。そんな事で、貴方様を嫌いになれるなら、とっくに嫌いになってますわ」


リディの目にはうっすらと涙が浮かび、それでも俺を見つめる目には力がこもっている。


「愛して……いるのです、ヴェル様を。ですから、そんな悲しい事を言わないで下さい。婚約を解消なんて、破棄なんて…嫌ですわ」

「良いのか?こんなに最低な婚約者で…」

「ヴェル様が、良いのです」


にゃ~ん


銀色の猫が足元に擦り寄ってくる。

どこかで見た事がある気がするが……どこだったか?


「まぁヴェル様、この猫……前にお茶会の時に会った猫では?」


リディはしゃがみ「おいで」と言って猫を撫でる。


(いや、それだけじゃない……他にも、どこかで……?)


「にゃあ~ん」

「可愛いですわね、ヴェル様」

「ああ、そうだな」


猫は俺の足元に頭を擦り付けると、タッと走り出し、途中で振り返り「なぁ~ん」とひと鳴きし走り去った。


「リディ、愛してる。もう婚約解消なんて、破棄なんて言わない。俺を信じ、愛し、大切に思ってくれているリディがいる限り」

「ええ、わたくしも愛してますわ」


リディの顎に手を添え上向かせると、真っ赤に染まったリディの顔が目の前に迫る。

涙で潤んだ瞳でヴェルを見つめるリディ。


《あ、あぁ、わたくし達、両思いで…………》


(ん?あれ、声が……)


何故か、リディの心の声が途中から聞こえなくなった。もしかしたら、さっきの猫がこの奇跡を起こした張本人で、必要なくなったから取り返しに来たのかな…?



リディの美しい銀の髪が、月明かりに照らされ淡く光り輝くなか、俺は彼女の瞼にキスを落とした。


自身の唇を彼女の唇に重ね、何度も味わうようにキスを繰り返す。


「ん、は…ぁ」


彼女の抗議の声が響いてこない。

それはそれで、少し寂しい気もするが……


それでいい、少しの間、彼女の本心を知ることが出来……そのお陰で、もう2度と周りに騙され、彼女を貶めることはしないと心に誓ったのだから。


「愛してる……」


愛してる……リディ。






この数ヶ月後、無事に学園を卒業した俺達は盛大に結婚式を上げた。

貴族を黙らせ、国民に祝われ、永遠の愛を国の大聖堂で誓った。


にゃ~~ん


また、猫の声が聞こえた気がした……

まるで、俺達を祝福してくれているような、そんな感じがした。


「幸せか?リディ」

「ええ、幸せよ。ヴェル」


2人は神様の前で深いキスを交わし、死が2人を分かつまで永遠の愛を……。



ゴーン、ゴーン、ゴーン


鐘が鳴り響く。


大聖堂の屋根の上、鐘の傍に3匹の動物がいた。猫と犬と蝙蝠こうもり

犬が後ろを向き「わおん!」と吠えた。

すると、目の前に次元の渦が生じ、犬と蝙蝠こうもりが入っていく。

猫は『祝福を』と言って、次元の渦に消えた。3匹の動物が入ると次元の渦は自然に消滅した。







━━━━━


本編、完結しました(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”

ここからは、おまけを数話載せていきたいた思います。

12月中にメディアーナ編、神様編、鈴音編、リディとヴェルのその後です。

あと数話、お付き合い下さいませ。

ありがとうございました(´・ω・)(´_ _)

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まさか婚約者の心の声が聞こえるなんて…~婚約破棄はしない絶対に~ 紫苑 @rose-sion

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