第8話

馬車だと目立つため、少し離れた場所に止めた。先に馬車を降り、リディをエスコートする。


《ヴェル様がエスコートして下さるなんて……何年ぶりかしら…?ついこの間までは、メディをエスコートしてましたし。付き纏われて迷惑みたいな顔をしながらも、満更じゃなかった気がしますし。何か心境の変化でもあったのかしら?》


(ぐっ……否定できない)


確かに、あのお茶会の日までは、リディをエスコートしたことは無かった気がする。


メディアーナの天真爛漫な態度が新鮮で、笑顔が天使のように見えて……

リディよりも、メディアーナの方が可愛い気がして……あのまま過ごしていたら俺は……

リディに酷い事を言っていた気がする。


「……リディ、その、手を……」

「ヴェルさま?」


『良いですか!殿下。さりげなく手を握るんですよ!普通に握るじゃなくて、絡めるようにして握るんですよ!』


手を握るだけだ!

それぐらい俺だって出来る!


「……その、手を……」

「手ですか?」

「……は、はぐれると困るだろ?!握っててやるから、手を出せ!」


結局、さりげなく手を握る事が出来なくて命令するみたいに言ってしまった……。

少し、自己嫌悪に陥ったけど、リディの嬉しそうな声が聞こえて、彼女の白い手を優しく握った。


《っ!手を握ってくださるのですか?!わたくしと!?本当に?》


アーキスの言う恋人繋ぎは出来なかったけど、普通に握るだけでも緊張するから!


2人はぎこちなくも手を握り合い、街中に繰り出して行った。




それを遠くから見つめるひとつの視線。


「にゃー」

『あの子たちの運命は、戻りつつあるな』


銀の毛並みをした神秘的な猫は、建物の上からリディとヴェルを見つめ頷いていた。


「にゃうにゃ~」

『けれど……、あれは、もう無理かな…。神の加護が暴走を始めている上に、魂が穢れ歪み初めてる』


路地裏に視線を移し、ある一点をじっと見つめた。そこには、黒いローブを深く被った怪しい集団がいた。


猫は天を仰ぎ見た。


(おや?)


「にゃん」

『来たか』


空が明るく見えにくいが、一筋の光が自分の隣に舞い降りた。


「わぁふ」

『待たせたな』


金の毛並みをした大きな犬が、そこには居た。左目が金で右目が銀の大型犬だ。


「にゃ~ん」

『アルクトゥス……』


「くぅ~ん」

『久しいな、シルヴィアス。鈴音の魂は?』


「にゃ」

『あそこ』


小さな手を路地裏に向けた。

そこには、黒いローブを深く被り、憎々しげにリディを見つめるメディアーナがいた。

彼女の後ろには、口から涎を垂らした男や、虚ろな目をした男が数人控えていた。


「にゃんにゃ」

『お前の加護、暴走を始めてるぞ』


「わふ」

『ああ、みたいだな』


「にゃあん」

『魂……引き剥せるのか?』


「わん」

『無理だな……魂は完全にメディアーナと同化し定着している。鈴音だけを連れて行くことは出来ん。悪いがメディアーナも死なせる事になる』


「にゃぁ~」

『やはり、そうか……』


「くぅ」

『すまねぇな。俺が鈴音の魂を頼んだばかりに……』


「うにゃあ」

『僕が、監視を怠っていたのも原因だ。アルクだけの責任じゃないよ』


猫と犬は、「にゃあにゃあ」「わんわん」と傍から見れば会話してるように鳴いていた。

(実際に会話をしていたんだけど)


「なぅ」

『この世界の歪みは、彼が修正してくれている。後はメディアーナの暴走を止めるだけだ』


「わん!」

『あれは、俺が連れていく。あれだけ黒く染まっちまったんだ…天罰を下すんだろ?』


「にゃにゃ」

『ああ、これ以上、運命を歪ます訳にはいかないからね』


2匹は、道の角を曲がっていくリディ達を見送りメディアーナに視線を移し移動を開始した。


メディアーナもまた、リディ達を追いかけるため路地裏を出て行った。

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