第10話「まぁこの国 立憲君主制ですから」
「どうしてもですか?」
「どうしてもです」
「お願いです。何でもしますから」
「ん? 今何でもするって」
割愛。
「さすがに5兆円を超すのはねぇ」
今、机を挟んで目の前に座る財務大臣のアーヘンと、鉄道建設の予算会議をしているところだ。
課題になっているのは、もちろん建設費の問題。
試算では、建設費は5兆円以上かかる計算になっている。だが、そんなお金はないとアーヘンが言う。
「でも、年に6000億から7000億円は予算回せるんでしょ?」
「景気がこのまま横ばいもしくは上昇すれば・・・の話ですけどね」
試算の詳細は、5兆6000億円。年に7000億円の予算が確保できたとしても、8年はかかる。
気が遠くなるなぁ。
「ちなみに、予算を用意できたとして、建設期間はどのくらいになるんだ?」
「そうですね。早ければ四年、長くても六年ぐらいでしょうか」
「え、800キロだよね? そんな短期間で出来るの?」
「まぁ、この国立憲君主制ですから」
「あぁ・・・」
日本でもどこでも、鉄道乃至は新幹線を建設する際、非常に時間がかかるのは土地の確保や騒音などの公害問題だ。
早い話、沿線に住む人間が駄々をこねて、それの対処に時間をとられる。
実際に線路を建設したりするのは、多くの人材と高い技術を投入できれば、そこまで時間のかかることではない。
んで、今回の場合は、国王令が出ればそんな面倒なことは一切ない。
国王が「出て行け」と言えば立退くしかないし、「ここに新幹線を建設する」と言えば、それに刃向えるのは憲法以外に存在しない。
あ、ちなみにだけど、見たんですよ、この国の憲法。
それはもうひどいもんで、国民の自由とか経済の自由とか・・・まぁそんなことは書かれていたけど、その多くのことは、国王令によって覆すことができるようなものだったんですよね。
つまり何が言いたいのか。『この国、実質絶対王政みたいなもん』ということです。
なので、実質国王様は敵なしということです。
「エマ・・・ 一ついいか」
「なによ、今対戦中なんだけど」
「公務中に何やってるんですか!?」
「ソシャゲだけど? さっきも言ったじゃない」
「だからって、やっていいものじゃないでしょ。何か言ってやってくださいよアーヘンさん」
「ふむ。そうですね・・・今日は、いい天気ですね」
こいつ・・・何言ってるんだ?
まぁあれだろ、現実逃避だろ。それだけ手に負えないってことなんですね。
「んで、なによ」
「あぁそうそう。予算を確保するために、やはり増税したいんだよ」
「原点回帰したわね」
「五年を目処に、予算を6兆ほど確保したい」
5兆6000億円がおおよその予算だ。だが、その他諸々の予備予算も含めて、6兆円は欲しいところ。
「はぁ・・・ちょうど財務大臣もいるんだし、あんた達で決めてちょうだい。私はその案に納得がいけば承認してあげるわ」
「お、おう・・・」
そして再び、彼女はソシャゲの世界へ誘われるのだった。
「では、議題変更ですね」
「なんかすみません」
「いえ。それでその税は、すべて鉄道建設予算に回す方針で良いのですね?」
「そうだな」
単純計算で、一年で1兆円以上を稼がないといけない。それだけの額を徴収できる税・・・。
「どんな税にしましょうか。もしくは、現行の税目の増税か」
彼女のその問いに、俺はなんて答えるべきなのか。
「ガソリン・・・は無いから、水素や電気・・・いや、それでもなぁ」
悩ましい。そんな感じで奮闘する俺の姿を見て、アーヘンは不思議な反応をする。
「んふふ」
「なんで笑ったの!?」
これはもしかしなくても、馬鹿にされている・・・。
まぁそうだよな、俺は社会科が得意とはいえ、ただの学生だ。
それに引き換え、アーヘンは財務大臣、知識の差は明らかだろう。
「す、すみませんね」
「いえ、俺の知識不足で」
「あーいえ、そういう意味で笑ったんじゃないんですよ?」
「えぇ」
「可愛かったんですよ。本当ですよ? 本当です。信じてください」
「そんな念を押さななくてもいいですよ」
それと、もっとマシな言い訳を考えてほしいところだ。
とはいえ、彼女の頰の照り具合から、まんざらでもなさそうなオーラがする・・・のは、気のせいということにしよう。というか、まず間違いなく俺の勝手な妄想だろう。
「正直な話、財務大臣であるアーヘンさんの意見を聞きたいです」
「私ですか? そうですねぇ」
パソコンを見ながら、顎に手を当て考え込む。
瞬時に決められることじゃないのは分かっているのだが、この無言の時が一番危ない。
危ないというのは、主に俺の理性だ。
だって、わかるでしょう? 俺だって年頃の男の子なんだもん。
彼女の柔らかそうな肌とか、サラサラとした髪とか・・・。
もうね。ヤバい。特に彼女の黒タイツがヤバい。下ばっか見ちゃう。
「あ、あのー・・・えっと、その・・・あの」
おろおろとした感じで、アーヘンが俺に何かを伝えようとしてくる・・・それは伝わるのだが、一体何を伝えようとしているのかがわからない。
というか、下ばっか見てたから気づかなかったけど、アーヘンの顔が真っ赤になっている。
まさか・・・アーヘンのことエロスな目で見ていたのがバレた!?
「ど、どうしました?」
「秋斗さまっ!」
「はい!?」
「すみません。変な声出してしまって」
確かに、今の「秋斗さまっ!」ってのは、声が裏返ってたし、音量も大きかった。でもそれが可愛かった。というのは置いておいて・・・。
「気にしなくていいですよ。それで、どうしたんですか?」
とりあえず要件を聞く。
「あ・・・思いつきました」
「それは・・・税のこと?」
「はい」
ものすごい笑みでそう言う。その表情は、無邪気そのものだ。
この仕事がよほど好きなのだろうか。でも、それは良いことだよな。
そして、俺がアーヘンのことをエロスな目で見ていることがバレてなくて良かった。
「じゃ、聞かせてもらうよ」
「はい。全部で三つほど思いつきまして、一つ目は、株式投資に対しての課税。二つ目は移動に関しての課税。三つ目は、ストレートに鉄道建設のための課税・・・ですかね」
「ふむ」
二つ目の移動に関しての課税ってのが気になったが、ここは一つずつ聞いていくとしよう。
「説明頼む」
「はい。まず一つ目ですけど、株式で得た利益に対して、何パーセントかの税率を設定し、課税するものです」
「なるほど。ちなみに現行の制度の場合、株式収入は所得扱いになって、所得税にならないのか?」
日本の場合はそれである。多分・・・確か。
「そうですね。なるにはなるんですけど、脱税がしやすくて」
「なら、脱税できないような仕組みを組んだ方が効果的だろうね」
「わかりました」
「んで、二つ目は?」
「はい。道路などに門を築き、そこを通るヒトやモノについて、一定の税金を徴収するものです」
関税の国内版みたいなイメージだろうか。昔の日本の、関所みたいな。
「うーん。移動を活発にしたいのに、そこに税金を課せちゃうとねぇ」
「あ・・・そうですよね。すみません」
今気づいたのか・・・。でも、謝る姿も可愛らしい。傲慢で可愛げもないどこぞの君主様とは大違いだ。
「んで、三つ目は?」
「これは、要約してしまえば、所得税の増税です。もしくは、それ専用の税目を追加することもできますが」
「なるほど・・・」
どれも悩ましいが、一つ目と二つ目は基本的に却下ということで・・・。
残った三つ目だが、これは案の中の一つとして考えておこう。
日本にもそういうのあるし、非現実的な話でもない。
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