第59話 嫁改造計画6

キーーーーン....


嫁のありったけの声量をぶつけられ鼓膜が痛い。

それでも、少しずつであるが、聴力が戻って来た。


「忘れてた....。そういや、魔力をヴェルディエントと入れ替えなきゃいけないんだった。嫁、マジごめん。」


聴覚を戻そうと、ふるふると頭を振りながらアレックスが謝る。

それに対し、嫁は腰に手を当て、怒りをあらわし、ぷりぷりした。

その姿は、ラムっぽい。いい傾向だ!


とりあえず、残して来た騎士仲間が心配なのは事実なのでサクッと魔力の入れ替えをすることにする。

嫁をベッドに寝かせ、臍に手を当て、身体の隅々まで行き渡らせたアレックスの魔力を抜いていく。


やがて、嫁が動かなくなった。


さっきまで、人間と変わりない様子だったのが、一気に人形らしくなる。

そんな姿にヴェルディエントが狼狽え始めた。


「だ、大丈夫なのか??ラムたん、死んでないか?」


「は?もともと、死んでんだよ。

何言ってんだ?」


もっともである。

幽霊を捕まえて来たんだから、今更さらに死ぬことはない。

あるとしたら、成仏だ。

しかし今現在のところ、満足なんかしてないのでありえない現象である。

取り越し苦労だ、安心しろ。


「大丈夫だ。ここにちゃんと、魂は残ってる。」


こんこんとお腹に埋め込んだ魔石を叩く。


だが、その行動にヴェルディエントが、ヒョワッと反応した。アレックスの何気ない軽率な動きが、安心どころか逆に慌てふためかせた。


ヴェルディエントが、ガバリと覆い被さり、嫁のお腹の魔石を守る。


「ぎゃーっ!!叩くな!

ラムたんの魔石が割れたらどうするんだ!!丁寧に扱えっ!!」


「割れねぇよ。

...ネフィじゃあるまいし...。どんなゴリラだよ。」


ぼそっと、一言加えたが、聞こえてしまったた為、ネフィが怒る。


「はいぃ!?なんだとぉ〜!

アレクっ。失礼だねっ!

流石に、私だってコンコンするだけじゃ、割れないよ!!」


見てよっ!と、事実無根を証明しようと手を伸ばすネフィだったが、ヴェルディエントにそれは阻まれた。


「あー!!お前は、触るな!寄るな!近寄るなっ!

割れたらどうするんだ!死んでしまうだろう!?」


ものすごい形相で、嫁を庇い、ネフィと嫁の間に身を滑らせる。


「うるさいな、童貞オタ魔王!

割れないって言ってるじゃないか!

そ・れ・に、もともと死んでるんだよ!

ほんとに今更!!」


ヴェルディエントの肩を掴んで、ぐいっと引いて、退ける。

ぐらっとタタラを踏む魔王。

しかし、絶対に嫁には触らせない。

ネフィの腰に抱きつき、引きずられそうになっても離さなかった。


「だから、触るなー!!

ゴリラは、お触り禁止だぁぁっ!!」


「なんだってぇぇ!これで砕いてやろうか!生涯童貞クソ魔王!」


ネフィは、パシンっと、ブルウィップを床に叩きつけて威嚇する。

ネフィの憤慨具合と、ヴェルディエントの必死な慌てっぷりに、場はカオス。

美女が鞭を叩きながら怒り、美男が美女に縋り付きながら懇願する姿。


セリフさえなければ立派なSMプレイだ。


「あー、待て待て。二人とも落ち着けよ。

ヴェルディエント、強化魔法陣も埋めてあるから多少ネフィが叩いても大丈夫だろう?」


その言葉に、縋りつく力を緩めずに魔王がクワッと目を見開いてアレックスに反論する。


「馬鹿か!?

今、おまえの魔力を抜いただろう!

だから今!

俺の嫁の体は、まっさらな魔石でしかないんだ!艶々ぷるぷるたまご肌の状態だっ!!

落とすだけでも、欠けるだろうがっ!!」


ハッと、目を見開く二人。

うっかりしていた。強化魔法陣の効力が今はゼロであった。


それをみて、ヴェルディエントは蒼白になる。


こいつら、しっかりしてそうで抜けている!

このままだと、ラムたんがバラバラになるっ!!


「3メートル離れろっ!この馬鹿どもがっ!!

ガサツで抜けてるところが、似たものカップルだな!!」


そういえば、恋人(仮)を否定するのを忘れていた。

.....まぁ、いっか。


ブツブツと、全く...仕方がないアホどもめ...と怒りながら、そおっと臍に手を当てるヴェルディエント。

最上級に丁寧に扱う。真綿に包むように慎重だ。


ようやく魔力が流れ始めた。

臍から段々と足先、手先、頭へと魔法陣が光りだす。

ゼロからのスタートだったので先ほどよりも時間はかかったが、桁違いの魔力を持つ魔王、難なく無事に全体に魔力が行き渡った。


しかしながら、アレックスも魔王も平然と作業をこなしたが、実はこのアンドロイドを満たす魔力の総量...半端ないくらいエグい。

これができるのは、今まで出会った者に限定すれば、アレックスかヴェルディエントだけであろう。


複雑な魔法陣を何重にも組み込んだため、総量100万はくだらない。

かなり燃費が悪い嫁なのだ。

これも、ある意味、前世童貞特典の二人にかできない。


よかったな、ヴェルディエント!

怪我の功名である。


怪我?....怪我ではないな。

前世徳を積んだ?....徳は積んでないな。

ただ、モテなかっただけだな......。

まぁ、なんでもいいか!

縁ゆえの偶然のラッキーだ。


魔力を流し終えると、パチっと嫁が目を開けた。


「へ、変なところはないか??おれが、わかるか?」


「はい。わかります。」


心配そうに顔を覗き込むヴェルディエントに、にっこりと嫁が笑顔で返事をした。


魔王は、嫁の微笑みにノックダウンし、くぅぅっ....と悶絶し、心臓を抑える。


そして嫁は、そんなヴェルディエントを一切合切無視して(いいのか、嫁?)、アレックスに向き合った。


「アレックスさん、この度はありがとうございました。」


上体をおこし、ベットの上で三つ指をつきお礼を言う。

そして顔を上げると、はんなりと言葉を続ける。


「今回のことがなければ、無限な時間をあそこで過ごしていたでしょう。空虚で無為な幽霊生を過ごしていたはずです。

意図してはおりませんでしたが、結果的に破滅に追いやってしまった客たちが、いつか私を許すことがあれば、この世の鎖が外れ成仏することができたかもしれませんが....。

多分、無理だったでしょう。

死んでから、幽霊の精神が育つことはありませんから。恨まれたままだったでしょう。

それでも万が一。

私の業が許され成仏することがあれば、その時は、...成仏したいですがね。

でもそれまではヴェルディエント様を支えたいと思います。新たに生をいただいて、感謝をしてます。意義のある暮らしを過ごせることに喜びを感じております。

とりあえず今はヴェルディエント様からラムたんさんの行動を学ぶことに専念します。次にお会いする時には完璧になっておきましょう。」


すっきりとした表情で、笑う嫁。

今だけは、ラムとしてではなく元男娼の自分の言葉で感謝の気持ちを述べた。


そして、ちょいちょいと手招きをする。

アレックスが近づくと、すっと横顔に口を寄せる。


『性別も黙っておきましょう』 と、囁かれた。


ふふふと、口に手を当て妖艶に笑う嫁に、ふはっと、アレックスも笑って微笑み合う。


すっかり魔力操作にも慣れ、自然な表情になった。

まだ短い間しか喋っていないが、嫁契約させたのがイーサンでよかったと、アレックスは思った。


「何か不具合や、新たな能力が欲しければ、いつでも連絡してくれ。

その時、俺の体が空いていれば喜んで協力するよ。」

「ネフィも、一緒に協力するよ〜♪」


なっ!?お前も来るんかい!と、ギョッとするアレックス。


着いてこなくていいのにぃ....。平穏に済みそうな気がしねぇ。


がっくりと項垂れるアレックスだった。

嫁は、そんな二人のやり取りを見て温かく微笑んだ。



「よし!その時は、俺が迎えに行こう!」


いつのまにか持ち直していたヴェルディエントが、得意げに提案してきたが、それはまじでノーサンキューだ。


「や・め・ろ。

俺の街の赤ん坊が窒息して死ぬ。くんな。

紛い物悪魔のジェ・スーの威圧でさえ、鍛えてる騎士連中でも動けなかったんだ。

魔王なんてきたら、どうなるかわからん。

そん時は、最弱悪魔にでも頼め。」


うんうんと、横でネフィも頷いて同意する。

ヴェルディエントは、そんなぁ....と悲しげな表情でこっちを見てきたが、どうにもならない。

平和のために、今後もこの場所でヒキニートでいてくれ。


「わかった....。仕方ないな...。

俺には、嫁ができたんだ!我慢しよう。

だが、遊びに来てくれ!

この18年っ、本っ当に、孤独だったんだ...。気軽に直接喋る相手がいなくて....、誰にも触れること出来なくて...寂しかったんだ。」


その境遇には、同情する。


「来てやりたいのはやまやまなんだが....手段がないなぁ。

人間には転移魔法がないからな。

そっちが、迎えを寄越してくれれば会いにくるぞ。」


「そうなのか?

確かに俺以外の悪魔の中でも、一人で転移ができる奴はほとんどいないな。

魔力が足りないから、あらかじめ魔力を込めた魔法陣に、追加で媒体の魔石を必要とするのが、大半だ。

だが、アレックスなら理解さえすればできるだろう。そっちのハレンチ痴女は無理だがな。」


フッと鼻で笑われ、魔力が足りないとバカにされたネフィは、ムッとする。

しかしながら、ハレンチ痴女の部分は、その通りなので怒りはちっとも湧いてこなかった。


それでいいのかと、心配になる。


「確かに覚えられたら、便利だろうな。

だが、一瞬見た魔法陣は、見たことがない文字が多くて理解ができなかったぞ。」


「ふむ。我々が使ってる文字は、この世界ができた時の原初の文字だ。今、人間が使ってる魔法陣文字は、劣化版になる。

魔力が微々たるもんしかない人間では、使いこなせない文字が多かったのだろう。だから、廃れたんだろう。

辞書と魔法陣の本をやろう。状態保存の魔法がかかってるからまだ読めるはずだ。」


ヴェルディエントがくるりと指を回すと、何もない空間に歪みが生じ、ポポンっと本が飛び出してきた。

そのままどさっと、アレックスの手に分厚い本が2冊のせられた。


「空間収納....。そんな魔術まであるのか。欲しい。」


「その中に、あるぞ。せいぜい励め。」


ニヤッとしながら、激励された。


さてさて、ということで今度こそ聖岩石に囲まれたジェ・スーの洞穴に転移で送ってもらうことになった。

今回の魔界訪問(ジャルジャルートによる強制召喚)では、元地球人の魔王(童貞)と友人になり、平和な解決(無差別人間虐殺をやめる)を約束し、リアルな嫁(中身おネェ)を作り、多大な魔力が必要な魔術本という手土産ももらえた。

最初はどうなるかと思ったが、ヴェルディエントがいい奴でよかった。


よし、人間界に帰ろう!


アレックスとネフィの周りに魔法陣が広がると、シュンっと

二人がその場から消えた。

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