第58話 嫁改造計画5

アレックスは、臍の魔石部分に指3本でそっと触れた。


「よし。流すぞ。」


アレックスが、ゆっくりゆっくりと魔石に魔力を流す。

臍に程近いところに存在している魔法陣から、順番に輝き出した。


初めにお腹、次に胸と尻、そして末端手足と流れて行く。


体を構成する巨大魔石を作るために、錬金術で小さな魔石をひたすらつなげたのだが、その時に、アレックスの魔力が多少こもっていたので、時間にしては然程かからないで魔力が満たされ、次から次へと光って行く。

最後に頭の部分にある魔法陣が光って、完了だ。


「終わったか...?」


「あー、終わった。多分、これでいいはずだ。

ヴェルディエント、呼びかけてみろよ。」


恐る恐るヴェルディエントが、口を開く。


「ら、ラムたん...?」


すると、嫁が少し動いた気がする。


反応した??

返事もないし、目も開いてないが、確実に一瞬反応した。

理論上は問題なく動くはずなんだが....。


「うーん、まだ動かし方がわかんないのかな。

元々の人格のおネエさん、魔術とは縁遠い生活だったみたいだしな。

おーい、嫁。体にふよふよ動いてるあったかい空気みたいの感じるかぁ??

それを、一番遠い魔法陣に流すように動かしてみろ。

一番遠い魔法陣が、視力だ。視界が開けるはず。」


しばらくすると、嫁の瞼がピクピク動き出す。


「嫁。触るぞ。

ここに大きな魔法陣と小さな魔法陣があるだろう?

小さい方に意識して魔力を流してみろ。それが、瞼の動きを制御している魔法陣だ。」


アレックスは眉間にあたる部位に手のひらをあてて話しかける。


すると、ゆっくりと瞼が持ち上がり、目が開いた。


「おおっ!!」


ヴェルディエントが感嘆の声を上げる。

そこには、光の加減で、ピンクにも青にも黒にも見える神秘的な目があった。

ラムの瞳の色は、イラストによってピンクだったり緑だったり、青だったり、黒に近い濃紺だったりで、これと言う色がない。


だから、アレキサンドライトの宝石を瞳孔に使ったのだ。

アレキサンドライトは、光の当たり方で虹色に変化する希少な宝石で、片目だけで城が立つほどの高価な宝石である。

ここにヴェルディエントの、嫁に対する並々ならぬ執念を感じた。


嫁は、パチパチと瞼を瞬きし興味深そうに眼球を動かす。

今は、目しか動かないようだ。

そこで、アレックスは、嫁の右手の人差し指に触れ、続いて指示を出す。


「よし、じゃあ次。

今度はここにある魔法陣に魔力を入れろ。上部、下部と力を流す場所を変えると、曲がったり、伸びたりすることができる。感覚を掴め。」


指示に従い、嫁が魔力を動かすと、指を曲げたり、戻すこともできた。

ただ、力を入れる加減を間違えると、逆にあり得ない角度で指が反り返ったりする。


..........。


....ま、まぁ...、ちょっとホラーな動きになるが、慣れれば大丈夫だ!


その後も順調に嫁は、体を動かすことに成功していく。

ややあって、立ち上がることも、座ることも、若干辿々しいができるようになった。


後は慣れだ。

慣れれば、スムーズに人間と遜色なく動けるようになるだろう。

まだ妖艶とは程遠い動きだが、きっとそんなに時間もかからずにうまく使いこなせる筈だ。

なかなか嫁の魔力操作が上手いのが、棚ぼただった。


動きに関しては及第点、そこで次のアクションに移行することにした。


「よし、じゃあ、最後に声を出してみようか。」


アレックスは嫁の喉に触れる。徐々に指先を下げていき、ある一点で動きを止めた。


「まず、ここに風の魔法陣があるんだが、これを起動しろ。

うん、ちょっと強いかな。もう少し抑えて、力を流せ。」


反対側の手のひらを嫁の口に当てて、人間の吐息ほどの風量に調整していく。

声を発するときに、少し風量が多いだけで、声がかなり大きくなるからだ。


人間は、肺活量に限度があるし、声帯も痛みを感じるので、自然に音量をちょうど良く調整できるが、人造人間には、痛みもなければ、肺活量の制限もない。

制御せずに発すれば、公害。下手したら災厄級だ。


ちょうどいい風の量になったところで、アレックスは次いで

指示を出す。

今度は、喉に指をずらして指示を出した。


「ここにある魔法陣にも魔力を流してみろ。そうだ。

それによって、発しようとする音に合わせて、人工声帯が開いたり閉じたりする。

じゃあ、今の二つの魔法陣に魔力を均等に流してみろ。

風の魔法陣は、少なめに魔力を流せよ。」


嫁が慎重に魔力を操作して行くが、なかなか難しいようである。

風の魔法陣には均等かつ少量魔力を流す。それに加えて、喉の声帯の魔法陣にも均等に流さないといけないのだが、これが難しかった。

臍から魔力を流しているので、途中の魔法陣には少量なのに、それを越えた魔法陣にはそれよりも多めの魔力を均等に流さないといけない。それが結構大変だった。

風の魔法陣を基準に流すと、声帯のほうの魔法陣に魔力が足りなくなる。

結果、視力の魔法陣にも魔力が滞り、目が閉じてしまう。

臍からの魔力を、ー小ー大ー大というように調整する必要があったが、途中の魔法陣だけ魔力を絞る感覚がなかなかうまくいかなかった。


それでもなんとかかんとか試行錯誤し、うまく流せることができた。


「よし。いい感じに、流せるようになったな。

今指示した2つの魔法陣は、声を出すときは必ず必要になる。均等に行き渡るように魔力を流せよ。

これで勝手に声帯の形が変わって思い描く音が出るからな。

よし、じゃあ自己紹介をしてみよう。

えーっと....、最初はやっぱり『うち、ラムだっちゃ!』かな。」


はい、どうぞとアレックスが嫁に促すと、恐る恐る嫁が口を開いた。


『う゛...う゛ち゛、ラム、、だっちゃ。』


「「 声っ!? 低っ!!」」


アレックスとネフィは、同時に驚嘆の声をあげた。


それもそのはず、聞こえてきた声は、野太くて暑苦しい...かなり漢らしいものだった。

まるで、胸毛もじゃもじゃ筋肉モリモリゴリラ野郎みたいである。


衝撃的だった....。


もちろんヴェルディエントの嘆きは、計り知れないものだった。

床に倒れ込み、静かな涙を流している。


「....俺のラムちゃんじゃない.....。」


嫁自身も眉間に皺を寄せ、想定外の声に不満そうだ。

すかさず、アレックスは、慌てて言葉を発する。


「あ、安心しろ!手直しするから、全然っ大丈夫だ!

声帯が、思ったより長かったのが原因だ。

原因がわかってるから解決するのも簡単だ。

声帯を短くしていけば、声が高くなるからな!」


アレックスは、サムズアップをすると生成の魔法陣を喉に拡げて声帯をいじりはじめた。

それが終わると、嫁が『あー』と声を出す。

声を聴いて、さらに声帯を短く調整して行く。

それを繰り返ししていくと、ようやく可愛いアニメ声を出すことに成功した。

満足したアレックスは、ショゲかえるヴェルディエントのためにとっておきの言葉を嫁に言わせることにした。


「よし、じゃあ。嫁、今から言う言葉をヴェルディエントに言ってあげるんだ。」


アレックスは、嫁の耳に顔を寄せ、ゴニョゴニョと囁く。


ふんふんと相槌をうった嫁は、口の中でぶつぶつとセリフを反芻し、完璧に覚える。

そして、ヴェルディエントに向き合う。

ゆっくり体を動かし、庇護欲がそそられるようなポーズになると、口を開いたのだった。


「...うち、ダーリンと一生離れないっちゃ。

ダーリン、お願いだっちゃ。

一言、うちを離さないって(言って).....。」


上目遣いでヴェルディエントに訴える嫁。

健気さをアピールするために最後まで言わずに、言葉に余韻をもたせるのも忘れない。


ここまでが、アレックスから言われた演技込みのセリフだ。

伊達に、前世魔法使いではない。オタクが夢見るようなことも、なんとなくわかる。

しかもこれは、ラムの名台詞と言われる言葉を、多少もじったものだ。

これなら、ヴェルディエントもイチコロ、ギャフンだろう!

ふふん♪と、アレックスは得意げになった。


そして、やっぱり心に萌え萌えビームがつき刺さったヴェルディエントがその場で手を広げて叫びを上げた。


「離さないぃぃぃぃっ!!一生離さないよぉぉっ!!

ラぁーム、ちゃぁぁんっ!!」


♪エンダーーーー!!♪


今度こそ、ヴェルディエントは、歓喜の涙を流して床に倒れ込んだ。

なんだか、ホイットニーヒューストンの名曲が、パロディータッチで流れている気がする。


♪And I will always love you♪が

♪エンダー!イヤー!ウィーオールウェイズ ラ〜ビュ〜♪と、無理矢理片言カタカナ英語になった感じで、アレックスの脳内を駆け巡る。


大人イケメンのガチ歓喜、マジウケるwww。


アレックスがクスクスほくそ笑んでいると、ちょこちょこと嫁に近づくネフィを捉えた。


「ねぇねぇ。

私、ネフェルティ。人間。

とりあえず、よろしく。嫁の本当の名前はなんていうの?

私もラムって読んだ方がいい?」


おぉぉいっ!

油断も隙もあったもんじゃねぇな。

嫁の本名は、マル秘重要事項だ!


ギョッとして慌ててアレックスは、嫁の口を塞ぐ。


「お前の名前は、ラムだっ!!いいな?

ネフィも、そんなこと聞くな!」


思いっきり不審な動きをするアレックス。

ネフィも、ん?っと思ったが、とりあえずそのまま会話を続ける。


「えー、でもさ。生前の名前は聞いときたいじゃん?

いきなり今日からラムなんて言われてさ。

嫁ちゃんのアイデンティティも大事にしなきゃ。」


「そうだぞ。俺も、ラムたんの名前を聞いときたい。

先程も思ったが、レディー。あなたの本当の名前を教えてくれないか?

俺のわがままで、別の人間になってもらってしまったから、せめて俺の中でレディーの名前を心にしまっておきたい。」


なんか、いいこと言い出したぞ、こいつら。

善意の塊みたいなこと言われたら、おネェさんも喋っちゃうんじゃ!!

やばい....。

こいつの名前は、まるっきり男性名でイーサンだ!!


タラタラと、冷や汗をかき、顔色が悪くなるアレックス。


すると、嫁が口を開いた。


「本当の名前ですか....?そう、ですねぇ......。

ふふ、忘れてしまいましたね。あ、忘れただっちゃ?

わたし、うちか。うちの名前は、覚えていてほしいとは思ってないっ、ちゃ。

そもそもうちを娼館に売り飛ばした親からつけられた名前なんぞ、ゴミクズにはなりましょうが、宝でもなんともないものでしょう?

娼館にいた時の源氏名の方がまだマシです...、マシだっちゃ。

..なかなか難しいですね、末尾をだっちゃにするのは....。」


こてんっと、頬に手を添え、首をかしげる。

なかなか、ラム語をマスターするには、道のりが長そうだ。

しかし、嫁の機転によってアレックスの誤魔化していた事実は露見しなかった。


「そうだぞ、嫁!新たな人生には、昔の遺物は捨ててしまうに限る!!」


フンスフンスと、鼻息荒くアレックスも乗っかった。

これで、性別詐称が誤魔化せるはずだ!


ちゃんと、嫁は性別をアレックスが偽って伝えていることを理解していた。

本当に、助かった....。


「怪しい....。」


ジトリとネフィにアレックスは懐疑的な目を向けられる。


帰ったら、教えてやるから今は聞くなっ、我慢しろ!

ここで、何を隠してるの?なんて言うなよ。

嘘をつくと、契約魔法陣が作動するんじゃないかと、毎回ヒヤヒヤするんだからな。

マジ、死の契約魔法陣、鬼畜。そんなもん、騙し討ちのようにガキの俺にさせたネフィもマジ鬼畜。

ほんと、ドSだな!


そこでアレックスは、話題を変えるために帰還しようぜっと提案することにした。


「そ、そうだ!そろそろ、帰ろうぜ!

団長たちどうしているか気になるしな。」


「まぁ、確かにね。

そこのイケメン残念オタク。一応確認するけど....。

人間滅ぼす計画はやめてくれるんだよね?」


明らかにおかしい態度のアレックスだったが、うまく話題が変わって、今度はヴェルディエントがジト目でネフィに睨まれる。

ヴェルディエントは、小娘の睨みなんぞ痛くも痒くもないというように、一言落ち着いて返事を返した。


「勿論だ。恩を仇で返すことはしない。」


それを聞いて、アレックスも安心できた。


騎士団の仕事が、楽になって何よりだ。

脱・過労死!

ゆったりスローライフのための小さな一歩だ!

このまま悪魔は、大人しくしててくれ。

と、切に思った。


んー、じゃあさ。と、ネフィがさらにヴェルディエントに問いかけていく。


「あの恨みがこもった石版って、どうせ他にもあるんでしょ?あれがあるとこって、もれなくヤバそうだけど。回収してくれる?」


「あー、ジェ・スーが出てきた石版な。」


「あるな。だが、あれは、お前たちみたいな同郷を見つけるためにも必要だから、回収はできん。

それに、アレは俺がちまちま彫って量産した苦労の石版だ。もったいないだろう?

それに、空間魔法が込められてるだけで、あれ自体が厄災を及ぼすもんじゃない。

兄の契約悪魔たちの寝床なだけだ。

兄に言っとけば、もう無差別に人間を殺すことはないから大丈夫だろう。」


「じゃあ、あれがあっても無くても、騎士団に上がってきてる不可解な問題とかは、解決するってことだな。

よっしゃ!俺の平和な生活が戻ってくる〜!」


「すまなかったな。アレックスも今世は、ゆっくり過ごせるといいな。

その為にも、これからは、友として悪魔に関することなら優先的に便宜をはかろう。」


チャララ、ラッタラ〜♪

魔王が友達なった!

これで、アレックスの力が上がった!

レベルがあーがった〜!!


「じゃ、ヴェルディエント。何かあれば、言ってくれ。

友達なんだろ?助け合おうぜ。

これからも嫁のメンテナンスとか必要だろうしな。」


ヴェルディエントとアレックスは腕を交差し固く誓う。

そして、このままいい雰囲気のまま、帰ろうとした。

だが、待ったがかかった。


「アレックスさん、お待ちくださいませだっちゃ。」


ん?


嫁が、真顔で変なラム語を喋りながら楚々と近づいてきた。


「嫁、どうした?だっちゃと言うなら、可愛く言うべきだぞ?若干、ビビったじゃないか。」


んー、キャラの説明が足りないのが否めない。

高級男娼の時の動きなんだよなぁ。


「なるほど。いつでも笑顔ですね。わかりました....。」


スーッと息を吸うと、ニコリと笑顔を浮かべる。

だが、どこか威圧的な笑みなのは何故だろう。


「うちのぉぉー!魔力をー!!抜いてーだっ、ちゃー!!」


ビクゥっ!!


耳を引っ張られながら叫ばれ、頭がキーンとなった。

黒い笑顔で、嫁が叫んだ。


災厄だ。

鼓膜が死んだ.......。



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