第52話 嫁争奪戦

一方その頃、アレックスたちはジャルジャルートに、塔に入る手前の扉に無理やり押し込まれていた。


「うわぁ.....。」


アレックスたちは、扉の内部に入って感嘆の声をあげた。

いや、感嘆ではない。むしろ反対。

嘲笑まではいかないが、顔がひきつるほどの寒々しさに、思わず非難の声を漏らしたのだった。


殺風景すぎる廊下だ。

人の気配や体温が全く感じられない。

ほこりや汚れがないから、廃墟ではないとわかるが、まるでホラー屋敷だ。

本当に、魔王の居室に続く廊下なのだろうか?

普通は、魔王の居室に近づくにつれて豪華絢爛になるんじゃないのか?


最初こそ広い廊下だったが、徐々に狭くなり、今は剥き出しの岩壁でできた螺旋階段をぐるぐる登ってるところだ。


「遠っ!いつ着くんだ?」と、思わず悪態をつく。

凶悪犯罪を犯した囚人並みの隔離っぷりに、うんざりした。

たびたび、体にヒールをかけて黙々と登る。

筋肉に蓄積した乳酸をひたすら分解して登る。


やがて塔のてっぺんに到達した。

ドンドンと扉を叩くと、ギーッと勝手に扉が開いた。

どうやら魔術で、扉が開いたみたいだ。


「しっつれーしまーす。

....ヴェルディエントさーん、いませんか〜??」


恐る恐る部屋の内部に入り、声をかける。


シーーンっと、静まりかえっただけで返事がない。


現在の部屋は、小さな空間で、長椅子が一つ置かれているだけだ。

あとは、扉が2枚。右と左に一つずつ。


ここは、玄関みたいな所なのか?

何で金持ちは、無駄な空間を作るんだろうか?

全く、理解ができない。


そのほかに目につくものとして、壁に大きな魔王らしきの肖像画が、2枚かかっていた。

年代物の肖像画が初代のもので、比較的新しいものがヴェルディエントだろうか。


なかなかイケてるお兄さんじゃないか。

ジャルジャルートがちょいワル親父なら、ヴェルディエントは、ジャニーズ系が歳をとって脂が乗った感じ、抱かれたい男ランキングに入りそうな雰囲気?

ふ〜ん。でも中身はオタクかぁ...。


「なぁ、ネフィ。両サイドに扉があるが、どっち開ける?」


「両方見てみよう!」


開けますよ〜っと、大きな声で声をかけてから同時にドアノブを回した。

かちゃ。かちゃ。


ネフィが開けた方は、洗面室だった。

トイレや、お風呂があった。

そこはハズレだ。


アレックスが開けた方は、短めの廊下につながる扉だった。

そこには、また別の扉が3つあった。


一つは、きっと側仕え用の居室ってところか?


もう一つは、執務室か?

普通は、あるよな。

でも、魔王の仕事ってなんかあんのか?居るだけでいいって言われてたもんな。

じゃあ、物置って線もあるか。


最後は、魔王の居室ってのが妥当だろう。


当たりをつけながら扉を開ける前に、もう一度呼んでみる。

「ヴェルディエントさ〜ん!どこですか〜??どの扉ですか〜?」


相変わらず返事がない。

本当にジャルジャルートは俺たちが来ることを、伝えてくれたんだろうか。

恥ずかしがり屋なのか?でも孤独なんだろう?

これは拗らせすぎて、ヒキニートか?

会ってみたら、壮絶な根暗の天邪鬼だったら嫌だなぁ。


しょうがなく、かくれんぼを提案してみることにした。

いじけて隠れる頑固な村の子供に試すと、見つけた時に機嫌良く出てきてくれるのだ。


あとは、不法侵入とか泥棒なんぞ言われないためのちょっとした保険だ。

書庫でもあれば、契約解除の魔法陣が探せるかもしれないと言う下心もあるし、家探しすることは確定事項だからな!


「かくれんぼでもしますか〜??

出てきてくれないなら、全部の部屋調べちゃいますよ〜?

隠し扉とかも調べちゃいますよ〜?

エロ本とか見ちゃいますよ〜??」


耳を澄ませてみたが、反応がやはりない。

仕方ないなぁ、頑固なオタクだ。


「村の子供達とよく遊んだので、俺、かくれんぼ得意なんですよ〜。準備はいいですかね?」


スゥーーーーっと、息を大きく吸って、


『Let’s play “Hide-and-Seek”!!』と、叫んだ。


英語で叫んだのは、前世の哀愁でも誘えたら、出てきてくれやすいかと、打算である。


「I’ll count TEN!

10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 ゼロ〜!!」


「Ready or not, here I come!(いきまーす!)」



「where are you〜??」と言いながら一番手前の扉を開けた。

ガチャ。

ただの個室だった。

ベットと小さなタンスと机があるだけ。

側仕えがいれば使うんだろう。

一応ベッドの下も見てみたが、いなかった。

面白そうなものも一切ない。ハズレだ。

次だ。


「where are you〜??in here??」

ガチャ。

うん、まんま執務室だ。

机の上に書類が何枚か置かれている。ちゃんと仕事をしているようだ。

とりあえず執務机の下も確認。居ない....。

本棚の本もパラパラみてみるが、魔術書らしきものは全くなかった。残念。

さあ次。


最後の扉が、きっと居室だろう。

では、いざ行かんっ!!


『I’m going to get you!(捕まえるぜ〜!)』と言いながらドアノブをガチャリと回して、バーンっと開いた。


扉を開くと、やっぱり居室空間。

ベッドに、簡易台所、ダイニングテーブルに、ソファー。

大きな空間に一通りの家具が置いてあった。

ここまでは、普通だったが、床には大きな魔法陣が描かれてある。


なんの魔法陣だろうか?

所々家具の下敷きになっていて解析できない。

ところで、ヴェルディエントはどこだ??


キョロキョロと周りを見渡すが、ここにも居ない。

これは、ジャルジャルートに騙されたか?と、思い始めたところで、違和感を感じた。


スタスタと違和感があるところまで歩いていく。

ベッドに乗り上げ、横の壁をぺたぺた触ってみる。

触った感じ普通の壁だが、何かが引っかかる。


試しに魔力を流してみると、魔力の痕跡があった。


幻覚か?だが、ここに触れられる壁がある....。

どうなってる?


周辺を探ってみると、ベッドサイドと部屋の向こう端に同じ形の水晶が置いてあった。


これは、さっきまでいた黒い池にもあった水晶か?


「なるほど結界かっ!?」


どうやら結界と幻覚を使って、触覚・視覚共に錯覚を起こさせているようだ。

ここに壁があるように見せている。


原理がわかったなら、結界さえ壊せば幻覚も解除できるし、先に進める。


よしっ!


まずは、水晶を壊す。

ネフィに鞭でバキバキに割ってもらった。


すると、壁に手がにょきっと入るようになった。

幻影をぐちゃぐちゃとかき混ぜながら、魔術を解析してみる。


うん、簡単な原理だ。

解除しよう。

逆算しながら魔力を通し、幻覚を破壊した。


ぐにゃん...と、壁が歪むとパッと消えた。


「!?」


アレックスはギョッとし、絶叫した。


「嫁゛ぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


壁が消えた先には、更に部屋が続いていた。

まぁ、それはいいのだが、消えた瞬間現れたものに驚いたのだ。

オタクの嫁だと思われる物体が存在感たっぷりに現れたのだ.....。


今いるベッドの隣に、ピンクのフリルがふんだんに使われたプリンセスベッドが横付けされていて、幻覚がとれた状態で見ると二つのベッドが合わさって、一つのキングサイズのベッドになっていた。


その上に横たわる等身大の女子、多分ヨメ。

もしかして、普段添い寝をしている気分を味わっているんだろうか.....。


痛ぁいですっ!これは、痛いって!

これは、見てよかったのだろうかっ!?

ぶっちゃけエロ本よりも、見ちゃいけないもん見ちゃった感が半端ないっすよォォォォ!?

わかんないけど、猛烈に叫びたいっ!!

お母さぁぁぁぁぁっん、息子さんが危ない扉開いてますよォォォォ!!


横を向いて寝ている格好だが、目を閉じていてもわかる。

こ、これは....うる☆やつらのラムちゃんだ....。


もしかして、ヴェルディエントは元オッサンか?

俺世代だと、もう少し女子高生っぽいもんじゃないのか?

何だっけか...名前が出てこないが、セーラー服でミニ丈で、パンツがモロ見えてるような前髪パッツンの...。


とりあえず、俺らの世代ではないな。


うわぁ、それにしてもよくできてんな。

これ何でできてんだ?胸とか腰とかお尻とか、確かにこんな大きさだった気がする。

この世界、プラスチックってないのにこれなんだ?

ちゃんと、着色もしてあるな。

うまいな、ヴェルディエント。

ガチで前世オタクだったんだな。

何も参考資料なしでこのクオリティ....カタギじゃないな....。


アレックスが、そおっと触って材質を確かめようとした時、静止する声が響いた。


『触るなっ!!』


ビクッと手を引き、声がした方向を見る。


「私の嫁に触るな!!貴様、そのベットから降りろ!

そこは、私とラムたんの愛の巣だ!

貴様が乗っていい場所じゃない!!」


ヴェルディエントがいた。

ビシッと指を突きつけ激おこしていた。


ひらりとベッドから降りたアレックスは、とりあえず謝罪した。


人の愛の巣に土足で入ったら、怒られるのは当然だ。

うん、俺が悪かった。


「失礼したな。俺は、人間のアレックスだ。

ジャルジャルートから会って欲しいと言われたから、ネフィときたんだが迷惑だったか?」


ヴェルディエントは、ふんっと鼻で笑って「迷惑だ。」とボソリといった。

しかし、どことなく嬉しそうだ。

これは好感触か?と思って、頑張っていい印象を与えて交渉しようとしたら、ヴェルディエントの様子がおかしくなった。


目を見開き、口がパカッと開いている。

目線を辿ると、ネフィを見ているようだ。


「な、なに?何で、魔王こっち見てんの?」と、ネフィも困惑している。


「喋った.....。喋るんだ。」


ボソボソと喋るヴェルディエント。

そりゃ、人間だもんよ、喋るよ。

どうした??


異様な様子に、アレックスたちは緊張感が増す。

危ない扉が、新たに開いてしまったのだろうか?

オタクが、おかしくなったらどうなるんだ!?


「.....リアルだ...。.....リアル嫁...。」

ふらふらと手を伸ばして、ネフィに近づくヴェルディエント。


はぁ!?今何て言った?リアル嫁だぁぁ??

はんっ!コイツは、リアル元SM嬢だ。


アレックスは、ネフィの前に移動して、むすっと立ちはだかる。

「ちょっと待て、お前。ネフィを嫁だと言ってんのか?」と、下から顎を上げ、ギッと睨んだ。


ヴェルディエントも負けずに睨み返し、

「邪魔だ。どけ...。私の嫁との邂逅の邪魔をするな。」と、地を這うような低い声で威嚇された。


「あぁっ?勘違いだ、クソオタク。

コイツは、お前の嫁じゃねぇ。

見ろ!こいつの髪は金髪だ。

お前の嫁は、緑だ!鬼の角もねぇぞ。

人間だからなっ!」


頭わいてんじゃねぇ?眼科もしくは脳外科に行けっ!


「貴様は何を見ているんだ??心の目で、見たまえ。

彼女の髪は、緑だっ!!」


呆れた顔で、ヴェルディエントに諭された。

アレックスは、ムカっときた。


「どんな心の目だよっ!

歪んで見えてんじゃねぇのか?あぁん?」


「違う!私の目は、曇ってない!

貴様の目の方が曇ってるぞ。

どこからどう見ても、攻めの目線のラムたんだっ!!」


「は?...攻めの目?」


何言ってんだコイツ。


「この色っぽい体と顔!!

なによりも、目がラムたんだ!

つり目がちで、主人公を誘惑するような目!

どこからどう見ても私の嫁だ!

さぁっ!ラムたん!

『だっちゃ☆』って言ってみて!さぁ、さあ!!

SAY!『だっ・ちゃ・☆』」


アレックス越しに、ネフィに必死に要求するヴェルディエント。

ネフィはその熱意に負けて、困惑しながらも

「......えっと....、わたし...ネフェルティ、....ダっチゃ??」と、こてんと首を傾げながら言ってあげたのだった。


ブゥーーーーーーーーーーーーーーっ!!


「うわぁぁぁぁっ!鼻血を噴いたぁぁぁ!!

何すんだっ!お前の血が、めちゃくちゃついたじゃねぇか!すぐに止めろ!」


アレックスは、ヴェルディエントの鼻をギュっとつまみ、氷魔法で鼻を塞いだ。

これで血管が冷えて収縮するので、早めに止血できるはず。

そして、パチンと指を鳴らして、自分に清浄プリフィをかけて血を落とした。


「すまん....。興奮した....。


ボソボソ....破壊力が凄まじい...ぜひ虎柄のビキニを....ボソボソ


....というか、貴様は嫁の何なんだ?邪魔なんだが?」


鼻が冷えて、頭も若干冷めたようだ。

声に落ち着きが出始めた。

言ってることは、相変わらず妄想の住人であったが。


「俺は、ネフィの(仮の)恋人だ。」


「恋人ぉぉぉ!?」

悲壮な顔で絶叫した。


「ボソボソ...そんな.....。だが、まだ恋人だ....結婚してない。...大丈夫だ....間に合う.....ボソボソ。」


独り言がすごい前向きだ。

すごい根性だな、とアレックスは一周まわって感心した。


なら、コイツのベッドにいる嫁はどうすんだ?


「何が間に合うだよ....。手遅れだよ。

ほら、お前の嫁はベッドにいるだろう?」


「そうだ。ベッドで寝ているのも、俺の嫁だ。」


だがっ!と、目力を最大出力にしたヴェルディエントは叫んだ。


「触りごごちが、硬いんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


知らねぇよっ!そんなことは聞いてねぇ!


「お前なぁ...仮にだが。

ベッドにいるのも嫁。ネフィも嫁。

だとしたら、魔界には1夫多妻の文化があるのか?

お前のラムが生きていた地球は、多妻は認められてなかったはずだ。

お前、浮気性の最低野郎なのか??」


「どちらも、ラムたんだから大丈夫だ!」


おいおい、何得意げに言ってんだ?

こっちは、ネフェルティだって自己紹介しただろ!


「いや、違うだろう?

こっちのラムたんは、さっき言ったように『ネフェルティだっちゃ』だ!!

全くの別もんだ。」


「そうか、ネフェルティって言ってたな。

...そうか...。

確かに、そうすると嫁が複数になる...。

それは、不誠実だなっ!!

.....わかった。一人に絞ろう。」


ヴェルディエントは、アレックスの横をすっと通過するとネフィの前に跪いた。


「私の女神....。

あなただけにします。結婚しましょう。」


うっとりとネフィを見上げて、プロポーズするヴェルディエント。


ベッドの嫁、捨てやがったぁぁぁぁっ!!

薄情だな、魔王っ!!

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