第11話 闇に溶ける姿

 大きなくちばしに尖った爪、そして獲物を決して逃さないような鋭い瞳を持ったその獣はあたしたちを見据え、もう一度咆哮を上げた。

「これは……グリフォン?」

「グリフォンってなんだよ!」

 ティリスが呟いた聞きなれない獣の名に少し焦っているのか、チッタがそう問う。

「グリフォンはアシッド村の守護獣だ! まさか本当に存在しているなんて……どうして」

「今はそんなこと考えている場合じゃないわ! 来るわよ!」

 考え込むガクにティリスが叫び、飛びかかったその獣を間一髪のところで彼が避けたとき、あたしは誰かに腕を引っ張られた。

 チッタだ。

「ユイナはここで待ってろ!」

 洞窟内のくぼみのような場所にあたしを誘導し、そう言い捨てた彼は狼姿になって飛び出していった。見るとティリスは剣を引き抜き、ガクは洞窟内に落ちていた木の板で応戦していた。


 何に怒っているのだろうか、グリフォンの勢いは増すばかりで、その時チッタがグリフォンの足に噛みついた。

 激しく唸り声を上げたそれが大きく足を振り払いチッタが洞窟の尖った壁に向かって勢いよく叩きつけられ、鍾乳洞の一部が派手な音とともに崩れ落ちる。

「チッタ!」

 ゆっくりと動いているところを見ると彼は無事なようだが、ティリスとガクも苦しそうな表情を浮かべている。

 このままじゃ、みんなやられちゃう……!

 あたしは……どうしたら……。

 ふと洞窟内を煌々と照らす炎が目に入る。

 そうだ、炎……あたしにもできることがある!

「エーフビィ・メラフ!」

 生み出された炎がグリフォンの足元に落ちる。

 けたたましい悲鳴をあげてその獣が一歩後ずさり、勢いに乗じて飛びかかろうとしたチッタを、ティリスが制した。

「まって! 様子がおかしいわ!」

 彼女の言葉通り、グリフォンは何かとても苦しんでいるようなうめき声を上げ、暴れまわる。

 しばらくの後、やがて洞窟の中は静寂を纏い、その静けさを破るかのような信じられない出来事が起こった。

 グリフォンが口を開いたのだ。


「……すまなかった、人間たちよ。私はグリフォンのストーレン」

 突然のことに動揺した私たちは顔を見合わせた。

「お前、しゃべれるの?」

 チッタの問いにストーレンはゆっくりと首を縦に振った。

 今までの激しさとは打って変わって厳かな対応である。

「私は、私ではなくなっていた。だが、すべて覚えている。すべて……」

「一体どういうこと……?」

 ストーレンはその鋭い目を少し細めた。

「少し前、ある人間がここを訪れた。そして、私の名を聞き、私は答える。すると、私の意識は彼女に奪われてしまった。 そして君たちが現れ私は本能のままに君たちを傷つけた……」

「誰かがあなたを操っていた?」

 ガクの言葉に再びストーレンは首を縦に振った。

「だとしたら村長のお孫さんの件は……」

 ティリスがそう言いかけた時、どこからともなく何者かの声がきこえた。


「さすが騎士団の女は頭が回る……」

 たじろぐあたしたちの後方を見つめてストーレンがその声の主に問う。

「何者だ。姿を見せろ」

 皆振り向くが彼が見据えていたのは空虚な空間。

 刹那、今まで何もなかった場所に突如男の人が現れた。

「やぁ」

 その声は先ほど聞こえたものと同じでどうやら彼が声の主であるようだった。

 黒い髪に黒いマント、漆黒に包まれたような彼の容姿は、どこか不安な気持ちを掻き立てる。

「あなたはチャチャがどこにいるか知っているのか……?」

 ガクの問いに彼は不気味な笑みを浮かべる。

「知っているさ。彼女を連れ去ったのは僕だ」

 彼のその言葉に勢いよく飛び出そうとしたチッタを、再びティリスが制す。

「ジェダンの坊やは血の気が多いみたいだ」

 そうぼそっと言い、彼は何故かあたしを一瞥するとガクの方に向き直った。

 一瞬とても美しい緑色のその瞳と目が合いそのゾッとするような冷たさに背筋が凍りつく。

 彼は何かを言おうと口を開きかけたが、ガクが先に言葉を発した。

「あなたは俺たちのことをなぜか知っているみたいだが、あなたが誰だか俺たちは知らないしそんなことはどうでもいい。チャチャの居場所を教えてくれ」

 ガクのその言葉に、男の表情は変わらなかった。

「どうでもいいとは失礼だな。まあ名乗らなかった僕が悪いとして、話を続けよう。 あの少女の居場所ねえ……どうしようか。なんていうとまた狼君辺りの反感を買いそうだから教えてあげよう。彼女はこの奥の花園にいる。 無事かどうかは、まぁ君たちの目で確かめることだね」

 チャチャさんの無事を案じてだろうか、ティリスが目を伏せる。


「心配か? あんな子娘一人……」

 彼がその先を言いかけた時、ガクの握った拳に力が入るのが見えた。

 気づいた彼は一つも動揺せず、むしろ少し落胆でもするような表情だった。

「こんなところで怒りを露わにするとは、君の種族も落ちたものだな」

「……俺の種族のことを知っているのか」

 ガクの声が急に弱くなったように感じた。

「ああ、とてもね。詳しすぎるぐらい。あ、知りたいなら東の砂漠にあるカル・パリデュア遺跡に行くといい、あそこは君の種族と大きな関係がある。 ついでに言うと、そこにいる少女、彼女が探しているものもきっと……」

 あたしの探しているもの……元の世界に変える方法が?

「いい加減なことを言うのはやめてくれ。俺の種族と関係のある場所にこの子が探しているものがあるはずがない」

 まるで決めつけたように言うガクに、彼は煽るように言う。

「君こそいい加減だよ。もしそれが真実かどうかを疑うのであればそこに行ってみるんだね」

 黙るガクに彼は続ける。

「さて、僕はもう行くよ。君たちとはまたどこかで必ず会うことになるだろう。ではまた」

 誰かが止める間もなく、彼はそのまま数歩下がると洞窟の闇にまるで溶けていくかのように消えてしまった。

 後に残るのは洞窟の尖った壁と壁にかかった炎の光だけ。

 今まで見ていた彼の姿が幻影だったかのように思え、不気味な静寂が再び洞窟の中を包み込んだのだった。

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