第三章
第20話 レベルとスキル
病院を退院した二日後から丈瑠は学校へと登校することにした。
久しぶりの自分の教室。少し緊張気味にその教室の前に立ち、そこから漏れ聞こえてくるクラスメイトの声に少しの間耳を傾けていた。
そして意を決したようにそのドアを開けると、その瞬間に空気は一変するのだった。
それまで騒がしかった教室内は丈瑠の姿を見た途端に話す声が抑えられ、ちらちらと丈瑠の方へと視線が送られてくる。
教室の皆は丈瑠がゴブリンに襲われたこと、その時に幼馴染を攫われたこと、その際に大きな傷を負った事。それらの事情を把握しているため、教室に入ってきた丈瑠の姿はまさに腫れ物そのものだったのだ。
クラスメイト達はどう丈瑠に接して良いのか分からずに戸惑い、丈瑠もまた社交的では無い為にそんなクラスメイトにどう接して良いのか分からなかった。
そして、この遠巻きに丈瑠の姿を見るだけで誰も話しかけてこない状態が半日以上も続くのだった。
こうして一人で学校生活を送る丈瑠だったが、むしろ一人である事を好都合と考えた。
一人の方がこれからやる事がやり易い。邪魔が入らない今は好機と言える。
そう考え、丈瑠は休み時間の度に校庭へと足を運ぶ事にした。
校庭にやってきた丈瑠は、しきりに草むらなどを掻き分けて何かを探している。
あっちの草むらから、こっちの草むらへ、校庭中をウロウロと…。
他人から見れば奇異な行動に見えるかもしれないが、本人は至って真剣だった。
さて、丈瑠が何をしているかと言うと、もちろんレベル上げである。
神を名乗る少女から告げられた経験値の稼ぎ方は、生き物の命である。人間は高い経験値を得られると言われたが、何も人間以外から経験値が得られないとは言われていない。
つまり、生き物なら何でもいいから経験値が入る。というわけで、丈瑠はいま手頃な害虫や害獣生物を探している。
そうは言っても、ここは学校の敷地の中。
そうそう危険な生き物はいない。
丈瑠は「だめか…」と溜息混じりに呟くと、校庭の段差になっている所に腰を下ろしステータスを開いた。
名前 ヒノ タケル
レベル 2
HP 40/40
MP 40/40
STR 20
VIT 20
AGI 40
MND 20
INT 30
SP 10
魔法 ヒール
スキル 無し
丈瑠のレベルは2に上がっていた。
昨日、経験値を稼ぐために河原で獲物を探していた丈瑠は、そこで蛇を見つけたのだ。蛇の種類までは分からないが毒蛇ではない事は分かった丈瑠は、恐る恐るその蛇を仕留めてみた。
すると頭のなかに妙な音が鳴り響き、レベルがアップした事が告げられたのだった。
ステータスで分からない所があれば、指でその部分をタップすると説明が出てくる。
例えば、STRという部分をタップすると『力、攻撃力は主にこれに準拠する』というようなメッセージが浮かび上がる。ちなみに、VITは体力や防御力を表し、AGIは俊敏性。MNDは魔力でINTは知力となっている。
レベルが上がった際にはステータスに振るポイントとSPというスキルポイントが付与される。ステータスに振るポイントはレベルが上がるごとに10ポイントが付与され、1ポイントにつき各ステータスを10アップさせる事ができるのである。
丈瑠は昨日レベルが上がった時にHPから順に1ポイントずつ振っていき、余ったポイントをAGIとINTに割り振った。
それは明らかにスピード偏重型である。
なぜスピード重視にしたかというと、先日ゴブリンに襲われたときの事を思い出したからだ。あのとき、丈瑠はゴブリンの動きに全く反応できなかった。殆ど見えて無かったと言ってもいい。あれに対抗する為にはやはりスピードが必要になってくると、そう思ったのだ。
ちなみにINTは知力となっているが、厳密には脳の処理能力を表している。なのでこれを上げる事により、素早い敵にもすぐに対応できるようになるのである。
「ふぅ…、スキルはどうしようかな…?」
レベルが上がったものの、SPに関してはまだ手を付けていない。
スキルは一つ覚えると、それに派生したスキルが覚えられるようになる。つまり、最初のスキル選びでその後の方向性が左右されてしまうのだ。
ここは慎重に選ばねばと思い、まだスキル取得はしていないというわけだ。
ちなみに現段階で覚えられるスキルは…。
取得可能スキル:HPブースト アイテム練成 アイテムボックス(20kg) 空間把握 潜伏 物体干渉
この六つである。
スキルは一つ取得するのに5~10ポイントが必要となるため全部を取得できるわけではない。おまけに派生するスキルに関しては説明が無いので、そこは先を予想して取得しなければならないのである。
「ううん…、アイテムボックスって定番のスキルだよな……。これは取るとして……」
アイテムボックスの取得ポイントは5ポイント。残り5ポイントとなるわけだが、そこで丈瑠は5ポイントで取得できるものを探した。
「……アイテム練成、か……」
どうやら残りのスキルで取得できるのは、アイテム練成だけのようだった。
「これにするか……」
丈瑠はステータス画面を指で操作し、アイテムボックスとアイテム練成を取得する。
すると。
スキル:アイテムボックス Lv1 アイテム練成 Lv1
という表示が現れた。
レベルが上がるとその性能も上がっていく、そして更なるスキルの発生にも繋がっていくというわけだ。
「こんなもんかな……」
ちなみに魔法も幾つか憶えられる項目があったが、丈瑠はヒールを選らんだ。回復魔法があればMPが続く限り戦える、そう思ってまずヒールを取得したのである。
ヒールを取得した丈瑠はまず自分の左手にかけてみたのだが、失った指が元通りになる事は無かった。
このレベルではまだ身体の欠損は治らないのか、それとも欠損を治す魔法は存在しないのか。ゴブリンと戦うならこれは重要な事なので丈瑠としては知りたいところだったが、ステータス画面にその説明は現れなかった。
「……試しにこの石をアイテムボックスに入れてみるか」
丈瑠は石を一つ拾い上げると、それを握りしめてじっと見つめた。
すると、その石は目の前でふっと姿を消した。
「――!?」
実際に目の前で物が消える様を見ると、分かってはいても驚くものである。マジックを見て驚くのにも似ているが、これには種は無い。そういうものだとは思っても、頭の理解が追い付かないのである。
丈瑠は、今度は逆にアイテムボックスから石を取り出してみた。
「ちゃんと出てくる……。凄いな……」
手に平の上に現れた石を見て丈瑠は再び驚きを顕わにした。
「も、もう少し色々試してみないとな……」
丈瑠はその現象に驚きつつも、この能力を具体的に調べていく。
まず、どれくらいの距離の物までアイテムボックスに入れられるのかと考えた。しかし、答えはすぐに出る。この能力は触れている物しか収納できない。他人の物も収納できるのかは今の所分からないが、とにかく触れている物。ちなみに生きている動物などは無理だった。
今現在のところ収納限界は最初の表示に出ていた通り20kg。今の所というのは、これはレベルによって上限が増えていくからである。今の段階では少し便利なスキルという所だが、この先には戦略的にも重要になってくるだろうと丈瑠は思うのだった。
「さて、そろそろ戻らないとな…」
もう一つ取得したスキル、アイテム練成に関しては素材の所でよく分からない部分があり、今ここでの検証は無理と丈瑠は判断した。
そして休み時間ももう残り僅かとなっていたので教室に戻ろうとその場を後にしようとする――
そのとき。
「あの…、樋野くん……」
一人の女子生徒が丈瑠に声を掛けてきた。
「あ…、えと……」
少し小柄な髪の長い女の子。眼鏡をしているため顔が分かり難いが、丈瑠にはその女子生徒に見覚えがあった。
「あ、私、楓ちゃんの友達で『
「ああ、花岡さん…。楓から何度か聞いた事が……」
(花岡…、確か名前は
花岡夕菜はもじもじと俯きがちに、声を絞り出す。
「あの…、先生に訊いてもよく知らないって……」
「……? えと、何の話……?」
「あ、ごめん。あの、楓ちゃんの事で、樋野くんだったら何か知ってるんじゃないかと…」
「ああ…」
意図を理解した丈瑠は、その返答に難色を示す。
丈瑠にしてみれば、おいそれと話す事が出来るほど気持ちの整理はついていない。ましてやそれを、よく知りもしない人間に話すとなると丈瑠の精神的負担は相当なものとなる。
実際、入院中に何度か警察から事情聴取を受けたが、その度に丈瑠は体調を悪くしていたほどだった。
それ故、この手の質問は御免こうむりたいと丈瑠は思っていたのだが…。
「私、楓ちゃんがどうなったのか心配で…」
そう言いながら花岡夕菜はその瞳に涙を浮かべた。
それを目にしてしまった為に、適当にあしらう事の出来ない状況になってしまい丈瑠は溜息を一つ吐く。
「楓なら…無事だよ……」
その言葉を聞いた花岡夕菜は、俯いていた顔を上げて丈瑠をまっすぐ見つめる。
「ほ、ほんと…?」
丈瑠の言葉に徐々に顔を明るくさせていく花岡夕菜であったが…。
「……たぶんね」
「たぶん……? ど、どういう事?」
「どういう状況かは分からないけど…、ゴブリンは攫った人間をすぐには殺さないらしい……」
そこまで言った後、丈瑠の動悸は急激に激しくなる。
自分でそう口にしてしまった為にその光景を想像してしまい、体中の血液が一気に逆流するような感覚が全身を襲ったのだ。
「殺さな…って……」
花岡夕菜の瞳に溜まっていた涙が零れ落ちる。
安心したのも束の間、丈瑠の言い様に冷たさを感じた花岡夕菜は再び不安に駆られて涙を込み上げさせたのだった。
「いま分かってるのはこれだけだよ。これ以上の事は分からない」
丈瑠は吐き捨てるようにそう言った。
「な、…なんでそんな、冷たい言い方を……」
「…………」
「楓ちゃん、樋野くんの事よく話してたよ。二人は幼馴染で仲良かったんじゃ…?」
その言葉は、丈瑠の動悸をさらに激しくさせた。
まるで鳩尾を激しく打ち付けられたように呼吸が苦しくなり、視界が歪んでいくような錯覚に陥った。
「……幼馴染だからだよ」
呟くようなその声に花岡夕菜は上手く聞き取れなかった。
「…樋野くん。……何か、知ってるんだよね?」
「知らないよ、何も。知らないから足掻いてるんだ」
「……何かしようとしてるの? だったら私も――」
「花岡さん、君はあまりこの事に首を突っ込まない方が良い」
花岡夕菜はその丈瑠の言葉に目を丸くする。
「な、何でそんな事言うの…? 私は、楓ちゃんの事が心配で……」
「花岡さんが心配してもどうにもならない事だよ……」
丈瑠はその場に蹲りそうになるのを必死に堪えながら言葉を絞り出す。
「し、心配して何が悪いの…? 私だって何かしたいって思ってるのに、それがいけない事なの!?」
丈瑠に言われて納得するはずもなく、ただ花岡夕菜を感情的にさせただけだった。
しかしその事が、丈瑠をさらに苦しめる。
彼女の口から楓の名前を聞くたびにあの時の光景がフラッシュバックし、とても耐えられない気分になるからである。
早くこの話を切り上げたい丈瑠は左手にはめた手袋をつまむと、一気にそれを外してその手を花岡夕菜へと突き付けた。
ぎょっと目を向いて驚く花岡夕菜。
突き出されたその左手は、ぐるぐると包帯が巻かれてはいるがその包帯越しにでもよく分かる。
親指以外の指が無くなっていることに。
「ゴブリンにやられた。これでも死ななかっただけましなんだ」
「っ…!?」
「こんな怪我、花岡さんには負わせられないよ」
「…………」
花岡夕菜は震える手を握りしめながらその顔を俯かせた。
見る見るうちに顔を青ざめさせ、何も言わずにその場に立ち尽くす花岡夕菜。その予想通りの反応に丈瑠は安堵する。
「……花岡さんに何かあったら楓も悲しむと思う」
「で、でも……」
「大丈夫だよ」
尚も食い下がろうとする花岡夕菜の言葉を、丈瑠は遮るように口を挟む。
そして――
「楓は俺が必ず取り戻す」
それだけ言うと、踵を返してその場を後にした。
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