第15話 鬼狩りの少女

 

 桃仙ももせ紅葉くれはと一緒に鬼無里きなさ家へと向かっていた。

 周囲を囲うように護衛しているのは紅葉の実家の鬼無里家に所属する鬼狩りたち。鬼嫁である桃仙は今日から鬼無里家で保護されることになっている。

 まるでSPに護衛されるお嬢様の気分。でも、狙ってくるのは人間ではない。異形の鬼だ。


「鬼無里さんのお家ってどんな感じ? やっぱり旧家だから大きい?」


 緊張や居心地の悪さを誤魔化すように隣を歩く紅葉に問いかける。

 スラリと姿勢正しく綺麗な足運びで歩く紅葉は頷く。


「はい。大きいと思いますよ。伝統的な武家屋敷を想像して頂ければ」

「……和服とかある? 居間に本物の甲冑が置いてあったり?」

「ええ、もちろん。あります」

「っし!」


 桃仙は小さくガッツポーズ。どんな時もブレない和服フェチ。ぜひ見せてもらおうと決意する。

 出来れば紅葉に着てもらいたい。そして、写真を撮らせて欲しい。

 そんな彼女の性癖を知らない紅葉はただ不思議な表情だ。桃仙はちょっと恥ずかしげに苦笑い。


「あはは……私、和服が好きなの」

「なるほど。では、柊姫ひいらきさんのものを用意しましょうか。サイズは私と同じで良さそうですね」

「えっ!? いいのっ!?」

「はい。私は休日は和服で過ごしますし、お風呂上りは浴衣ですよ」

「見たいっ! ぜひ見たい! 鬼無里さんの和服姿! 良ければ写真も撮らせてっ!」


 ずいっと詰め寄る桃仙。ふんすっ、と鼻息が荒い。目は血走っている。

 お風呂上がりの浴衣姿。火照った肌。艶やかな黒髪は一つ結び。クールな紅葉は実に映えるだろう。団扇や扇子で扇ぐと更にグッジョブ。絵になる。

 妄想が止まらない。涎が垂れそうだ。

 並々ならぬ熱意に気圧されて、紅葉はのけ反った。


「い、いいですよ?」

「よっしゃー!」


 思わず了承してしまったが、安請け合いしてしまったかな、と紅葉は若干後悔。だが、もう遅い。

 ふひひ、と笑い、スマホに収められた画像コレクションを眺める。ここに新たな画像コレクションが増えるのだと想像すると笑いが抑えきれない。

 落ち着くために画像コレクションを眺めるが、それは逆効果。和服姿の羅刹らせつに気持ちが高まる。


「それは阿曽媛あそひめさんですか?」


 チラッと画面が見えた紅葉はマナー違反だと自覚しつつ、自らの興味を優先させた。


「そうなの! 家では和服で過ごすんだって! 見てよ! 作務衣姿に割烹着! やっばい……似合いすぎ。ぐへへ……濡れちゃう。私、服がネチョヌチョグッチョリ濡れちゃうよぉ~!」


 えぇ……、と紅葉はドン引き。クラスメイトのにやけきった顔に涎が垂れそうな口、いやらしい笑い声、トドメに下ネタ。

 傍から見たらただの変態である。変質者である。顔が18禁である。職務質問を受けてもおかしくない。

 クラスメイトは犯罪者予備軍だったのか……。


「でへへ……涎が垂れて服が濡れちゃうよ。おっと、ハンカチハンカチ!」

「あっ。濡れるってそっちですか……」


 どうやら早とちりだったようだ。下ネタじゃなくて安心した。でも、年頃の乙女がしてはいけない顔をしている。せめて室内で一人っきりの時にして欲しい。


「しかし、よくお似合いですね」

「でっしょ! これでアイドルできるよ! 和服アイドル! いやー日々妄想していたけど実物の破壊力は凄かったなぁ!」

「あ、あはは……」


 もはや紅葉は乾いた笑いしか出てこない。興奮してうっとりする桃仙は恋する乙女だ。

 今にもマシンガントークで羅刹の、いや、和服の素晴らしさを熱弁しそうだ。桃仙に和服に関する話題を振ってはいけない、と紅葉は心に深く刻み込む。


「くっ! 和服姿の阿曽媛君の隣に和服姿の鬼無里さんを並べたい! 和服が似合う美男美女! 映えるよ、絶対映える! 写真撮りたい! あらゆる角度から眺めたい!」

「ぜひ機会があれば」

「いいのっ!? 私、セッティングするよ? 全力で予定組むよ!」

「いいですよ。ですが、条件として柊姫さんも一緒に和服を着て写真を撮りましょう」

「えっ? 私も?」

「はい。取り敢えず、詳しい話は後程いたしましょうか。出迎えが来ました」


 出迎え、と首をかしげて疑問に思った桃仙だったが、紅葉の冷たい瞳に気づいてハッとする。紅葉が鋭く見つめる先に、ゆらりと人影が揺れている。それは次々に増えていく。一メートルから二メートル以上まで大小さまざま。


「お、鬼っ!?」

「柊姫さんはじっとしていてください」


 どこからともなく取り出した日本刀を抜き放つ紅葉は桃仙の前に立ち、腰を落として構える。周囲の鬼狩りたちも戦闘態勢だ。

 鬼は彼らの周囲を囲んだ。欲深い視線を向け、耳障りな笑い声をあげる。


『見つけタ……鬼巫女ダ……』

『眩しい。眩しい眩しい眩しいぃぃいいいい!』

『キヒヒ。美味ソウダ!』

『忘レルナ! かしらニ持ッテ行ク!』


 リーダー格の鬼が暴走しそうな鬼を窘める。鬼たちは、そうだったそうだった、と歯をむき出して獰猛に笑う。

 そんな鬼たちに紅葉は刀を突き付けた。黒い刀身。赤い波紋。禍々しい妖気を放つ妖刀。背筋がゾクリとする程不気味なのに、妖しい輝きに魅入られる。


「我らは鬼狩り! 鬼無里家の者です! 退治されたくなければ、今すぐ立ち去りなさい!」


 警告を促すも、鬼たちはニタニタ笑うだけ。従う素振りを見せない。

 ケヒャヒャ、と口を開け、涎を垂らしながら一歩一歩近づく。


「お嬢、どうしますか?」

かしらとか言ってますぜ?」

「彼らは禁忌を犯していますよ、姫」


 鬼無里家の鬼狩りたちが、次期当主に判断を求める。


「彼らを従える鬼が良そうですね。しかし、私たちは柊姫さんを家へ連れて行くことが最優先です。警告も聞きませんし、仕方がありませんね。皆さんは柊姫さんの護衛を。彼らは私が相手をします」


 姫、お嬢、と呼ばれた次期当主の紅葉は妖刀を構えて呼吸を整える。殺意が迸り、絶対零度の瞳で鬼を睨む。

 妖刀に赤いオーラが蛇のように巻き付き、周囲にむせ返るほど濃密な血の臭いが漂う。


疾駆はしりなさい《血吸い》」


 紅葉の姿が掻き消えた。次の瞬間、赤い閃光が駆け抜け、一瞬にして鬼たちは斬り刻まれた。鬼たちは断末魔をあげる時間さえ与えられない。

 残されていたのは、真っ赤な紅葉もみじのような血の跡だけ。

 戦闘というのもおこがましい。戦いとも呼べない一方的な殺戮と殲滅だった。

 鬼の血の霧を纏いつつ、殲滅を終えた紅葉が妖刀を納刀する。


「討伐完了です」


 鞘に納められるまで《血吸い》と呼ばれた妖刀は、殺した鬼の血を吸ってドクドクと歓喜に脈打っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る