Act.03 ゼロからのリスタート

03-01. 商業衛星カーククリフ.1

 観光惑星エスメカラン。

 この星は、外環オービタルリングで6つの衛星を繋げた特徴的な見た目をしている。

 豊かな水資源を抱えた資源惑星であり、寄港惑星でもある。


 6つの衛星はAアインシュタインからFフランケンの名前で呼ばれる。

 それぞれが惑星上に行政区を持ち、惑星全体を6分割して担当している。

 経済的にも区分けされ、惑星内需の活性化も計られている。

 それ以外にも惑星政府として主要な執務業務を受け持っており、特にC衛星カーククリフは商業区画として位置づけられていた。


 なので、形から入るラフィーとしてはカーククリフにオフィスを構えることは大前提なのだった。



 ラフィー・ハイルトン・マッハマンは、C衛星内で再建築された真新しいオフィス街の一角に自陣を構えた。


 そして、デスクの前で分厚い書類束に目を通していた。

 これまで自分がすっ飛ばしてきたエリアルA ザ スカイ SフォーミュラFに関する規定や規約に関する書類だ。

 ただ空を飛びたい一心で突き進んできたが、今は足を止めるしなかった。

 公式ASF協会から残り2ヶ月のレース参加申請を拒否されるとなればしかたがない。

 それも自分が原因の競技者エアリエル保護条約違反となれば、苦悶を上げながらも首肯するしかなかった。


 なので、こうして生まれて初めての書類仕事に励んでいるのである。


 前回まではべスレヘムインダストリー側の担当者であるニタジークに頼っていたところや、ヴィクトリア王女のチーム・ラウンドランドに一任していた部分。それらを最初から自分の手で作り直そうというのだった。


 正直に言って。


「面倒臭いわ……」


 げんなりとしたラフィーが居た。


「マシンドレスの規定コード、レース上のコースマーカーとのリンクプロトコル、ピットのレンタル規約、フォロワーと中継屋の条約……。

 これ以外にもまだまだあるのよね。

 アエロAフォーミュラF1機を飛ばすのに、こんなにも複雑なシステムがあったなんて」


 それもごく一般的なレースに対してである。

 現場では、レース毎の個別ルールなどがさらに積み上がる。


「……空どころか宇宙まで飛び回るレースなんだから、考えれば当たり前のことよね」


 気を取り直して書類整理に勤しむ。


 こうして準備を整えながらも、ラフィーの心は空の彼方を目指していた。

 事務仕事以外でも他にやれることはないか、考えを巡らせる。


 飛行練習をするにはどうすればよいか。

 ラフィーは他のエアリエルたちがどのように訓練しているのか知らない。

 肉体造りはしていて当然だが、アエロフォーミュラを使っての訓練場は聞いたことがない。

 多くのサーキットは空中に設営されるので、常に存在しているわけではないのだ。

 レース場を借りるという方法は、やってやれないこともないだろうが、現実的ではない。


 大手事務所など抱える訓練生たちが練習で飛んでいると聞くが、具体的な場所は知らない。

 練習を指示してくれるコーチの心当たりもない。


 いっそ航空局に単独で飛行計画を提出して自由に飛んだほうが身になるかもしれない。



 雑な考えが浮かんでは消える。


 一番最初に参加したネオグリーンランド島のイーストEエンドEグランプリGP

 あれはフォロワーの存在を失念していたことも失敗の一因だ。

 ブレインパルスリンクで飛翔するAFにはフォロワーの存在が欠かせない。


 彼らをまとめパルスリンクを橋渡しする中継屋も忘れてはならない。


 こちらは練習場の確保よりなお解らない。

 エアリエルとして飛ぶことばかり見ていた以前のラフィーには、彼らの存在が目に映っていなかった。

 EEGPに出場して初めて知ったぐらいである。


 このあたりは教えてくださらなかった曾祖母大婆さまにも一言物申したい気分だった。


 初代『天空の乙女アプサラス』と競って飛ぶなど、気安い飾り言葉だけの約束だと言われれば立つ瀬もないが。



 落ち込み気味の気持ちを奮起させて、今一度考える。


 自分にもフォロワーは存在する。


 先のサウスSパークPディメンジョンDでは、ヴィクトリアことトリシャから融通してもらった応援団が付いた。しかしチーム入りを断った手前、もう借りることはできない。


 他にもEEGPでは小口少単位とはいえ中継屋が活動する程度には、ラフィー個人へのフォロワーは現れていた。

 彼らをもう一度集められないだろうか。


 そのためにも中継屋との交渉が必要だ。


 F衛星立大学の学生が営業していた中継屋”三河屋”との連絡が取れればと悩んでいた。


 彼らの手には、EEGPで契約したフォロワーの一覧があるはずだ。

 それがなによりも欲しかった。


 恐れを知らない贅沢な話だ。

 見もしなかったもの、知りもしなかったものを、今更欲しがるとは。


 今まで自分がどれだけ杜撰だったのか思い知らされる。


 F衛星立大学へは何度か連絡を入れているが、返答はかんばしくない。

 定形的な謝罪が出るだけで、くだんの学生たちとはアクセス出来ずにいた。


 代わりを考えるなら、自分の手でフォロワーと中継屋の選定をすることになる。

 費やす労力を考えると、飛びたい空が余計に遠くなる。


 これらを自らで取り仕切っていた『蒼き旋風ブルーゲイル』トリシャが、改めて力のある人間だと気付かされる。



 まずは目の前にあるオフィスに人を入れ、自分を支えるバックヤードを作る所からやらなければならない。


 1から始めるのではない。

 0からやり直す。


 その心づもりでラフィーはこのオフィスを買ったのだった。




「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」


 老執事のグライブが休憩時間を知らせてくれる。


「ありがとう。いただくわ」


 書類を手早く整え、机の上を空ける。


 執事がティーカップと菓子を載せた小皿を置く。


 ラフィーが愛飲するすっきりとした香りの抹茶グリーンティーと、小さなブロックチョコ。定番の内容だ。


 カップを手に取り、まずは香りを楽しむ。

 凝り固まっていた心を冴えた匂いがほぐしてゆく。

 ほう、と吐息を出してゆっくりとお茶をいただく。


 無粋にもこのタイミングで来訪のメッセージが鳴った。


 多少苛立ちながらラフィーがメッセージの内容を表示させる。


「えっ? ホントに!?」


 そこにはフランケン大学の中継屋”三河屋”の代表、松平元康の名前があった。




「おひさしぶりっす。ラフィー」


 オフィスにやってきたのは、少し軽い感じの年若い男性。


 こんな人だったかしら?

 ラフィーは内心首を傾げる。


 EEGPでの二日間でしか見たことのない彼だが、他のメンバーに隠れていまいち印象が薄かった。


「どうしてここがわかったの?」


「いえ、特別おかしなことじゃないっすよ。

 不祥事から自分の会社を取り潰されて引き上げ作業をしていたら、見知った名前が見えたので挨拶に来たっす」


「ご、ごめんなさい」


「ラフィーの謝罪はいらないっすよ。

 詫びとして直人さんを絞れるだけ絞ったんで。

 むしろチームの運用に関しては、こっちが謝るほうなんっすから」


 元康は軽く笑うが、ラフィーは反応に困った。


 互いに謝り合う構図は奇妙なものだった。


「レースの結果が申請停止処分なんて重いペナルティになるとは思っていなくて。それを聞いてみんなひどく狼狽うろたえたんっすから」


 一つのファイルを元康が差し出す。


「だから、なんとか助力したかったんす」


「これは?」


「あのレース中に契約した顧客リストっす」


 目を丸くして驚く。

 ラフィーが一番欲しいものが目の前にあった。


「ファイルのここに指を着けてくださいっす」


「?」


 恐る恐る示された場所に指先をつける。

 ピッと軽い電子音。


「認証をどういたしまして。

 これでこのデータは三河屋から完全に削除されました。以後の扱いは任せるっす」


「こんな簡単なことでいいの?」


 唖然とした表情のラフィーが問う。


「いいんすよ。こっちとしても無理に気を使う情報の整理が出来て嬉しいぐらいなんすから。

 一介いっかいの大学生が持っているには部が重い荷物でしたから」


「それなら、ありがたくいただくわ」


 ファイルを宝物のようにぎゅっと胸に抱く。


「むしろこれからっすよ。

 個人事業でAFを運営するのはとても手間がかかるっす。

 どうしてエアリエルの多くが事務所に所属しているのか、知ることになるっすよ」


「ええ、今になってトリシャの偉大さがよくわかるわ」


「ラフィーが直前に組んでいたのが『作業着の君ブルーカラープリンセス』でしたっけ。

 彼女こそ自分で後援の会社起こして自己所属している個人運営の筆頭っすね」


 お供のイノガロイド・フィフス曰く、トリシャの行動原理の中にはASFで外貨を稼ぎ故国に貢献することもあるという。

 ラフィーのようなあやふやな目的ではなく、しっかりと目標を見据えた生き方は先達として頼もしかった。


「伊達や酔狂で『勤労王女ロイヤルプロレタリア』なんて呼ばれているわけじゃなかったのよね」


「エアリエル一番の働き者と言われるほどっすから。

 レースと歌以外も含めた総合能力なら、彼女ほどの傑物はいないっす」


「あの行動力バイタリティを見ていたら、こっちも動かなきゃと思うわ」


 ふんっとラフィーが気を張る。

 そんな彼女に松平元康が質問した。


「今後の具体的な活動案はあるんっすか?

 申請解除までの2ヶ月間は何をするんですか?」


「と、当然よ。これから始まるわたしの活躍に期待しなさい!」


 元康の視線が温度を下げる。


「ここで見栄と意地を張ってもしょうがないっすよ。

 チーム・マッハマンの内情は全部バレてますから」


 大きく嘆息して、首を振る。


「何もすることがないんですね」


「うるさいわね!

 そんなに意地悪い言い方しなくてもいいじゃない。

 こっちは始めたばかりなのよ!」


「あっしは元からこういう性分なんすよ。

 そんなラフィーにご案内です」


 怒鳴られてもそっけない態度の元康が、フィンガースナップでホロ画像を呼び出した。


「これは?」


「アエロフォーミュラは、全てのレースにASF協会が関わっているわけじゃないんっす。

 探せばこうしたおもしろいレースが見つかったりするわけです」


 画像にはAFチームの参加を募集する旨が書かれている。


「協会が承認していないので公式ランキングには反映されませんが、フォロワー稼ぎはできます。

 所謂いわゆるアマチュア主催の草レースですね。

 ガラの悪いものは地下レースとか言われますが、これはそこそこマイナーメジャーなヤツなんで安心できますよ」


 レース名称は、リバースダイバー。


 1on1でどちらが先に目標高度へ到達するかを競うレース。

 トーナメント形式で優勝を決める形だ。

 武装の利用は無く、純粋に速さのみでぶつかり合う内容となっている。


「こんなのもあるんだ……」


 本当に自分の知らないことが次々と出てくる。


「でもこれって内容的からして、あなたたちの研究成果を試すために目をつけていたものじゃないの?」


 元康たちが研究しているGパルスドライブは重力線に乗って滑り落ちる代物だ。電荷を逆転させれば上昇することに非常に有利な装置となる。


「あっしらはそこまで外道じゃないっすよ。

 ラフィーにGパルスドライブの試験をお願いしたのは、本当に偶然の産物なんで。

 うちの研究室に、どこかのレースに出て場を荒らそうとかそんなつもりは毛頭ありません。

 グラビリティサーフボードは普通に大学の研究課題です」


 だから無断使用で大目玉食らったんですよと元康が言う。


「まあ直人さんやジョージが軽口で『完成したら優勝間違いなし』とか言ってましたが、その程度っす」


 元康の説明を聞きながらも、ラフィーの両目は先程からホロ画像に釘付けとなっていた。


 このレースには、公式ASF協会が関与していない。

 つまり、ラフィーはレースに出られる。


 自分はまた空を飛べる。

 あのあまける感覚を味わうことが出来る。

 心臓が高鳴る。心の奥から高揚感が湧いてくる。


 ラフィーは逸る気持ちを抑えて、平静をよそおうが声が上ずる。


「これに出場しろっていうのね。

 ずいぶんとお高く止まったものじゃない」


「別に命令しているわけじゃなくて、暇を持て余しているならとおすすめを探してきただけっすよ。

 話を持ちかけたのもあっしじゃなくて直人さんですし」


「ふーん、あいつが。ふーん……」


 ちょっと顔を逸して興味が無い振りする。

 無意味にツインテールの毛先を指先でくるくると巻く。


「事を運ぶなら、目に見える目標があったほうがやりやすいでしょう。

 ここは一つ、空への急降下を目指してはどうっすか?」


 苦笑する元康がそれではとラフィーのオフィスを後にした。

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