01-14. Call of Hades

 背後を気にしながら、ラフィーがおっかなびっくりと飛ぶ。


「最初からすごいことになっているわね」


 開始30分もせずに先頭集団から一人脱落するとは思わなかった。

 しかも最後尾のエアリエルが、トップを撃ち落とすという驚愕の展開だ。


 火器が解禁されたASF本戦の恐ろしさを肌に感じる。


 ラフィーのアルス・ノヴァもグラビリティサーフボードに乗り、両手にマルチライフルを構え警戒していた。


 グランドピットの直人から通信が入る。


『真後ろにいる三途の渡し守を気にする必要はないぞ。

 狙撃一発でHP全破壊なんて、そうそうあることじゃない。

 お嬢の位置なら狙撃の予備動作を見てからでも対処はできる。

 今は目の前の一人を追い抜くことに集中しろ』


「簡単に言ってくれるわね。

 あんな射撃を見せられて無視できるわけないでしょ」


 愚痴るラフィーの後ろで、ファナタのディスカーゴが手を規則的に振った。

 ハンドサインに気がついた翔子が割り込む。


『お嬢様、ここで一旦通信を切るわ。

 丁度良いタイミングね。

 妖精たちによる化かし合いの洗礼を受けなさい』


「ちょっと、いきなりなによ!」


 一方的に通信を切られ慌てるラフィーの耳に、ピーピーと呼び出し音が入る。


 種別は指向性レーザーによる秘匿通信。

 発信元は後方を飛ぶ深緑のAFだ。


 嫌な予感がするが、先程の状況と翔子の言葉から応答しないわけにはいかなさそうだ。


 恐る恐るチャンネルを開く。

 聞こえてきたのは、予想外にのんびりとした声だった。


「こんにちは、はじまして。ラフィーちゃん。

 今あなたの後にいるファナタ・マグンダラといいます」


「はじめまして、ミス・マグンダラ。

 わたしに”ちゃん”は付けなくていいですよ。

 先達に理由もなく優しくされるほど、上等な立場にはいませんから」


 警戒心マックスのラフィーは外面モードで丁寧に返す。


「あら、つれない。

 それなら私も名前で呼んでくださいな」


「いえ、新人で初参加のわたしは先輩方に礼を尽くさなければいけません」

「練習飛行で大暴れしたとは思えない礼儀正しさと謙虚さですね。

 ちょっと相手を突き放す冷たさはありますが……」


「別に暴れてなんかいません。

 練習飛行では、イエローもレッドもシグナルは出ていませんよ」


 少し通信に間ができた。


「どうかしましたか、マグンダラ先輩?」


「あはっ、あははははははははっ!」


 突然ファナタが笑いだした。ディスカーゴも少し左右に揺れる。


「昨日の予選でも感じましたが、これは思ったより楽しいレースになりますね」


 笑い終えたファナタが、妙にスッキリした声で言った。


 ラフィーには、何を笑われたのか解らない。

 非常に不気味だ。


 飛翔に集中するため通信を切ろうとした時、


「ラフィーにお願いがあります。

 このレースは、私と組んで下さい」


 本当に訳の解らない言葉を掛けられた。


「……それは協力関係の提案ですか?」


「はい。加えて不可侵の意味もあります。

 他のエアリエルには二人一緒に対応する。

 残り2周まで互いを攻撃しない。

 お返事いただけますか?」


 ディスカーゴが組み立て式超大型バトルライフル LEC-JA7ラルカンシェルを取り出す仕草をする。

 ラフィーの脳裏についさっき撃ち落とされたAFの姿が浮かぶ。


「脅して言う事じゃないですよね」


「いえいえ、こういうものにこそ威力は使われるべきです。

 今ここで撃ち落とされるか、協力してレースを進めるか。

 選んで下さい」


「ピットガレージに確認してからではいけませんか?」


「なんの為にレーザー通信をしているのか。

 一から解説する時間はありませんよ。ふふふ」


 ファナタが先程とは違う冷たい笑い声を出す。


 ラフィーは短く思案する。

 勝利の魔女ライトキャスターアマノカケルこと新垣翔子は、ファナタからのレーザー通信が入る直前に化かし合いと言った。


 エアリエルたちがレース中に結託するとは聞いたことがない。


 単に疎い自分が知らないだけなのか。

 それとも、こうした”密約”は通例で黙認事項なのだろうか。


 『冥王の寵児タイニーカロン』はピットガレージに連絡せず判断しろと言ってきた。


 指向性のレーザー通信は秘匿性が高い。

 レース中のエアリエルたちが内緒話するには丁度よい。


 やはり、つまりは、そういうことなのだ。


 覚悟を決めてラフィーが返事する。


「了承しました。

 と言うか、選択権は元よりこちらにありませんよね。

 拙い自分ですが露払いさせていただきます」


「ありがとう。

 ではまず、前方に追いつくため加速しましょう」


 白と深緑の2機が脚を速める。

 加速度ならGパルスドライブに乗っているアルス・ノヴァの方が有利だ。


「機体の能力上、わたしが先行します。

 早期に結託が暴かれては旨味が減ります。

 出来る限り自然に振る舞いましょう。

 必要な指示があれば、都度言ってください」


「ふふ、理解力は十分なようですね」


 先を飛ぶエアリエルの様子を見て、ファナタはある事に疑問を抱いた。


「……一つ気になったのですが、ラフィーの総飛行時間をお聞きしても良いですか。

 いえ、昨日から比べると目に見えて動きが変わったので、なにかあったのかと思いまして」


 ファナタの質問に一瞬迷ったが、協力相手に隠しても意味がないので素直に返答する。


アエロAフォーミュラFには、昨日機体を受け取って初めて乗りました。

 総計で6時間と少しです」


「あらあら、まあまあ。

 ラフィーは本当に私を飽きさせませんね。

 ふふふふふ」


 また、ファナタが笑いを溢した。


「操縦に関しては、良いチームスタッフとコーチのおかげです」


「ラフィーは実に幸運に恵まれているのね。

 いいえ、ここまで来れば奇跡と言えるでしょう!」


 そして冥王の寵児は、実にいきいきとした声で宣言する。


「ようこそ、新しき白の風の妖精エアリエル

 私はあなたを心から歓迎します。

 これより共に嵐の詩テンペストを詠いましょう」




「相変わらずファナタは、一番予測から外れた選択肢にストレートで飛び込むのね」


 トップを飛翔するナーサ・ガリルは、最後尾二人の動きを見て色々と考える。


 どんな交渉があったのかは知らないが、ファナタと新人の子が現場協定を結んだようだ。

 他のエアリエルでは気付かない変化だが、注視していたナーサには見逃さなかった。


 ラフィーは、ファナタの腕なら簡単にやり過ごせる相手だ。

 それなのに攻撃も追い越しもせず、真新しいAFに前を譲っている。


 怪しすぎる。

 この状況を疑わない訳がない。


 深緑色のディスカーゴは、護衛となるAFがいたほうが有利な運用形態をしている。

 なので、彼女の即席協定は比較的有名な話だ。


 これには苦い噂がある。


 ファナタの近くにいるエアリエルは、地獄の契約書にサインを強請られると言われている。


 隷従か、死か。


 苦渋の決断で断ったエアリエルは敢えなくファナタに撃ち落とされ、契約を飲み込んでも最後には使い捨てられる。


 ここまでがファナタに関する見当違いの風評だ。


 実際は的確な援護射撃で順位が上がる方だし、ファナタも義理に欠く性格ではない。


 ……現実にファナタはラフィーを脅したが、これは右も左も解らない素人と円滑に協定を結ぶための方便ブラフだった。

 貴重なバトルライフルの残弾を、容易に追い抜ける相手で消費するのは愚策である。


 ナーサが考えるに、ファナタが新人を護衛に雇った可能性が高い。

 逆に実力のない相手と組んではファナタの方が利に適わないが、冥王の寵児には常識が通用しない場面がある。


 不利を覆すほどの何かが、あの白いAFにあると踏んでのことだろう。


 とは言え即席コンビは最後尾だ。


「後を気にしすぎてもいけないわ。

 注意するのはバトルライフルの狙撃に絞って、自分のレースに集中よ」


 赤の女王が着るAFファイアボルトが、燃える鏃となって青い空を貫く。


 観戦席と中継先のフォロワーたちの応援に俄然力が入る。

 鋭く振られるサイリウムに、渾然一体となったウェーブモーション。

 優勝を疑わない勝者の飛翔に、パルスリンクがさらに増大する。


 先頭を翔けるナーサ・ガリルに誰も追いつけない。

 多くの人々が羨望の眼差しで赤い光を見つめていた。


 しかし、これは風の妖精エアリエルたちによる嵐の詩テンペストである。

 優しき安寧は容易く打ち破られ、大いなる波乱を呼び起こす。


 観光惑星エスメカランに言い伝えられる数少ない神の一柱劇場神シェイクスピアは、エアリエルたちの栄光を司っている。

 同時に、喜劇と悲劇をこよなく愛する戯神でもあった。

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