01-12. 衆目が集まる

 グランドピットの一番ガレージ。

 事務所のマネージャーたちと打ち合わせしていた『赤の女王レッドクィーン』ナーサ・ガリルに、ピットクルーから報告が入った。


「不可解な選手ってなに?

 どういうこと?」


「これを見てください」


 渡されたタブレットには、長い板に乗った白いアエロAフォーミュラFが映し出されている。

 現在EEGPのサーキットを練習飛行しているAFの一機だ。

 ナーサは情報を思い出しながら首を傾げた。


「今回のスポット枠で入った子でしょ。

 歳が若くてレースには初参加。

 真新しい機体を使っているけど、予選タイムは最後列に近いし。

 こっちと一番近づくのは、周回遅れの追い抜きですれ違う時かな。

 珍しい盾持ちの子が変なポーズをしているように見るけど。 

 ……この子、何か引っかかるわね」


 言いながら、赤の女王は映し出される映像に違和感を覚える。


 ナーサはグランプリに参加するエアリエル全員の概要を暗記している。


 対戦相手として誰一人侮ってはいない。

 自分との力量差を正確に把握して、適切な対応をシミュレートしている。


 その上で、この白い少女はナーサの飛翔に関わることが無いと判断していた。


 ナーサにはEEGPを制する大きな動機があった。

 このクラシックレースに快勝することで得られるものがある。


 開催が迫る四大大会グランドスラム最大の戦闘競技絢爛舞踏会オデュッセイア、その前評判のアドバンテージだ。


 赤の女王であろうと、けっして軽い気持ち、浮ついた心で誰にでも勝てると思ってはいない。

 注意深く慎重かつ正確に状況を把握して、最速で最善の一手を選ぶこと。

 それが赤い女王の実力であり、確固たる地位を支えていた。


 白いAFはナーサの意識に引っかかる何かを持っていた。

 心のさざ波に今一度映像を見つめる。

 一瞬後、違和感の正体に気がついた。


「加速の仕方が普通じゃない。

 コーナー立ち上がりの瞬発力が異常ね。

 コース取りも最適と下手のむらが激しい。

 不確定要素の塊みたい。

 確かに不可解な飛び方だわ。

 昨日の録画データで、27番が写っている部分はある?」


「こちらです」


 データエンジニアが即座に予選終盤の動画を送ってくれる。


 動画には、とても酷く無様としか言い表せないエアリエルがいた。

 練習用のショートトラックをふらつき縒れて、真っ直ぐに飛べすらしていない。

 マーカーから何度も離れ、コースアウトの警告が鳴り止まない。


「これはひどいわ。

 候補生の小学生だって、もっと上手に飛ぶわよ。

 昨日からの一晩で何があったのかしら」


 ナーサに広報担当のスタッフが近づいてくる。


「短い時間で集めた27番の情報ですが、聞きますか?」


「お願いするわ。

 いまのままじゃ、この子が何をするのか予想できないから」


「まず驚くべきことに、27番は本名で登録しています。

 名前はラフィー・ハイルトン・マッハマン。

 素性も簡単に割れました。

 造船業者をはじめ多くの企業で筆頭株主をしている資産家の娘です。

 芸能事務所との契約や登録もなく、完全に個人で参加しています」


 吹いた。


「冗談でしょ?

 屋号や芸名が無いの?

 後ろ盾に誰もいないって、おかしいじゃない。

 金満お嬢様の気まぐれだとしても、お粗末なことしているわね。

 家や素性がバレても問題ないと思っているのかしら」


「内情は当事者のみが知るのでしょう。

 あと27番ですが、フォロワーが確認できません」


「そこは隠しているのね。

 頭隠さずお尻隠すとか、ますます不思議の存在になったわ」


「いえ、フォロワーの準備すら確認できないのです。

 契約している中継屋は一つだけで、応援会場の公開はありません。

 グランドピットの観覧席にも、1区画すら予約されていません。

 おそらくフォロワーが一人もいないのではと推測されます」


 また吹いた。


「ちょっと待って。

 じゃあ、なにかしら。

 今のあの子は、誰のパルスリンクも受けずに飛んでいるの?」


「そういうことになります……。

 しかも、昨日から同じ状況にあると考えられます」


 広報担当の報告に、ナーサの中にある常識がひっくり返りそうだった。

 AFの大前提であるパルスリンクドライブを有効に使っていない。

 そんなことがありえるのだろうか。


「これだけではありません」


「まだなにかあるの!?」


「唯一契約している中継屋は衛星立大学の研究室で、現在ピットを受け持っているのは、そちらの大学生たちのようです。

 昨日の間にクルーが全員入れ替わっていました」


 つまりチームを動かしているのは、本来エンジニアですらない学生だという。


 赤の女王は険しい顔で沈黙した。

 言葉が出ないとは、このことか。


 ひとまず監督を含めたチーム全体での話し合いになった。

 しばし後27番への対処方針を決定する。


「あの白い子が理解できないということを理解したわ。

 今回は最後尾に『冥王の寵児タイニーカロン』がいるから、彼女の動きを参考にしましょう。

 どのみち冥府からの攻撃は警戒対象だし、一緒に様子を伺うことで順次対応策を考えるわ」


 ナーサが言葉にして場を締める。

 チームスタッフが各々の作業に戻ってゆく。

 広報担当にナーサは一言付け足した。


「27番の情報収集は続けておいて。

 他にも秘密がありそうな気がするから」


「はい。情報が入りましたらお伝えいたします」


 事務所の広報担当が離れてゆく。

 ナーサの脳裏にある考えが浮かんだ。


「この状況でファナタが最後尾なのは臭うわね。

 白い子のタイム次第で予選落ちしていた可能性があるのだから。

 その程度の計算ミスをファナタがするとは思えない。

 もしかしてタイニーカロンは、最初から白いAFの不思議な飛び方を知っていた?

 ……さすがにそれは考え過ぎかな」


 深追いしそうになる思考を払って、赤の女王は気分を切り替え自分のレースに集中した。




「うふふふふふ……。

 私の第六感って本当に怖い。

 自分でも恐ろしいわ」


 長い髪をゆるく結いまとめたメガネの女性が薄暗く笑う。

 エアリエルの一人ファナタ・マグンダラが自分のピットガレージで練習飛行の中継を見ていた。

 ファナタは四大大会グランドスラム最も過酷と評される外惑星軌道巡航競技ウラヌスクランで、最年少優勝記録を出した才媛である。

 付いたあだ名は『冥王の寵児タイニーカロン』。


 ファナタは花のあるエアリエルではない。

 フォロワーも人数が多いとは言えない。

 入れ込む人間はとことん嵌まるが、彼女の印象から受け付けない人もいる。


 なにより速さで競うのは、ファナタの気性に合わなかった。

 彼女は情報と理論によって組み上げた飛行計画を、正確無比になぞることで着実にポイントを稼ぐタイプだ。

 加えて、ある一点に置いて特記される能力を持っている。

 その特性と能力から、他のエアリエルたちに畏怖の視線で見られ一歩引かれる存在だった。


 今回EEGPに参加するに際して、マシンドレスをマイナーチェンジした。武装も一部変更している。

 シミュレーションやテスト飛行での結果は良好。

 あとは実地で設計思想通りの運用をするのみである。


 そして予選の直前で、自分の中に何かが降りてきた。

 本戦グリッドの上位を目指すより、後列ぎりぎりまで下がろう。

 訳もなくそう感じた。


 唐突な計画変更にチームは戸惑うが、最終的にはファナタの言葉を信じた。


 実はファナタは、飛翔傾向とは真逆の直感的な性質を持っていた。

 この特殊な感覚は、これまで幾度も彼女に有益な結果をもたらして来た。


 『冥王の寵児タイニーカロン』の言葉なら従ってみるのも一興と、長い付き合いになるチームクルーも腹を括る。


 お陰で本戦は最後番からのスタートになったが、とても面白いエアリエルとお近づきになれた。


 ピットガレージ据え付けのモニターには、白く新しい風の調べが映し出されている。

 面白そうな補助具を装備し、誰も見たことのない飛び方をしている。

 眺めるだけでも楽しい。


 ファナタは昨日からラフィーの存在を感知し注目していた。

 興味を引かれ予選の最後まで観察した。


 赤の女王ナーサ・ガリルの疑念は的中していたのである。

 最終のタイムアタックで、ラフィーが自分を抜いて本戦出場を決めた時には、表情が興奮で崩れるのを止められなかった。


 そしてファナタには、この新人が嵐の中心になると根拠のない確信があった。


「さあ、このGPグランプリに参加する風の妖精エアリエルの皆さん。

 私たちらしく嵐の詩テンペストを詠いましょう」


 波乱の予感に、冥府の渡し守が薄く笑う。




「カーマノ・ララサテン。

 ロンサンス マーク2。

 コースに入ります」


 オレンジ色のアエロAフォーミュラFが4番ガレージのピットロードから飛び立つ。

 ライフルを両手持ちにしての巡航飛行。

 自身の調子を確認しながら飛ぶ。


 カーマノは二つ名こそないが、有力なエアリエルである。

 昨日の予選では好成績を出し、2番グリッドを確保していた。

 本戦一番グリッドポールポジションに座す『赤の女王レッドクィーン』を打倒するまたとないチャンス。


 チーム一丸となって入念な打ち合わせを行い、乗機のロンサンスを丁寧に仕上げた。


 中継屋と連絡を取り、本戦フォロワーの増員も手配した。

 革命に決起する準備は万全だ。


 これからカーマノは3周予定の練習飛行で、自分とマシンドレスの状態を確かめる。

 問題なくコースを進み、軽く一周した。


「順調ね。今日こそいけるわ」


 飛翔して感じた勝利への手応えに笑みが溢れる。


 上機嫌のカーマノに、警報が一つ鳴る。


 後方から一機のAFが高速で接近してきていた。

 空飛ぶサーブボードに乗った不思議なAFだ。

 カーマノに共有情報であるラフィーとアルス・ノヴァの名前が公開される。


「聞いたことのないエアリエルね。

 新人が意気揚々と増速しているみたいだけど、残念。

 しばらく留まってもらうわ」


 練習飛行では無用な接触や事故を避けるため、追い越しと攻撃が禁止されていた。

 あくまで本番前の練習なのだから当然のルールである。


 ただし意図的にコースを塞ぐ行為をしたら罰則が課せられる。

 極端に飛行速度が遅い場合も妨害行為とみなされ、サーキットからの退去を命じられることもある。


 ロンサンスの後ろで、アルス・ノヴァが急減速する。

 それも普通のブレーキではない。止まる勢いで速度を落としている。


 かと思うと、加速してロンサンスとの距離を詰めてくる。


 これを何度も繰り返す。

 前方の機体との距離感を掴めていないのだろう。


「極端な動きね。

 レースに慣れていない新人の中でも、特に悪い分類だわ」


 AFとパルスリンクドライブの特性上失速することはないが、素人丸出しの挙動は見ていてあまり気持ちの良いものではない。


 ここはエアリエルたちが飛ぶ大空の舞台だ。

 壇上に立てるのは、厳しい試練をくぐり抜け、天に選ばれた乙女たちだけである。

 エアリエルの誇りを穢すような存在は看過できない。


 それからも加減速を繰り返すアルス・ノヴァに、カーマノは苛立ちを募らせる。


 予定のサーキット3周を消化するより先に、地上へ降りてしまおうかと考え始めた時、接近とは別の警報が鳴った。

 アラートの内容にカーマノが驚く。


 アルス・ノヴァが構える大型マルチライフルが、ロンサンスを狙っていた。


 追い越しも攻撃もルール違反である練習飛行だが、例外が存在する。


 攻撃の練習として、唯一射撃武装による照準ロックオンが許されていた。

 AFが練習飛行にライフルを持ち出すのは、このためだ。


 だが、世の中それほど単純には出来ていない。


「挑発だけは上手なようね」


 ロンサンスを蛇行させて回避行動を取るカーマノの言葉には、熱い怒りが含まれていた。


 いくら照準が許可されているとはいえ、ある程度マナーというものは存在した。


 相手チームへ事前に一報入れる。

 狙うのは本戦序列グリッドの近しい相手にする。

 細かいことだが、互いが不愉快にならないための不文律が存在した。


 戦えるかもわからないほど順位の離れたエアリエルを狙っても意味がない。

 本当に訓練するのなら、本番前の練習飛行ではなく整えられた場所で行うべきだからだ。


 だというのに、前列グリッドのカーマノをブービーのエアリエルが煽り狙った。


 問題なのは、無告知の照準に前例と意味があることだ。


 それは狙った相手の順位まで上り詰めるという宣言。

 完全なる宣戦布告。


 付け加えて、さらに酷い出来事が起こる。


 アルス・ノヴァは練習飛行中に三度グランドピットに戻ったが、全ての周回で前方を飛ぶエアリエルに銃口を向けた。


 大事件である。


 狂犬のごときラフィーの行動は、またたく間に関係者やフォロワーたちの話題となって広まった。

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