01-10. 実はこっそりと

 チーム・マッハマンのフライトランスポーターの車内。

 翔子は弟と話がしたいとチームに告げて入ってきた。

 座席で寝ている弟を見つけて体重を載せた肘鉄を落とす。


「おっきろー!」


「ぐばっ!」


 肋骨に刺さった激痛で直人は目を覚ました。


「ちょっ、これは、……洒落にならん」


 胸を抑えて悶絶する直人へ、翔子が心配そうに声を掛けた。


「大丈夫? どこか痛いの?」


「ねえさんがやったんだろうがっ……!」


 直人が骨に響く痛みにうっすらと涙目となる。


「あたしたちの再会を味気無いものにしたのは、直人くんの方でしょ。

 これぐらいのペナルティで良かったと思いなさい。

 ぷんすこ、ぷー」


 頬を膨らませてむくれる翔子。


「確かに、ねえさんの召喚は最後の手段だ。

 でもお嬢の操縦を見たら、ここでジョーカーを切るしかなかったんだ」


「ジョーカーってなによ。エースと呼びなさい。

 もっとあたしを頼ってくれてもいいのに」


「ねえさんに会うことを、オレが萎縮しているんだってば。

 そっちこそ自分の立場を正確に理解してないだろ。

 史上二人目の天空の乙女アプサラスを、重要視しないわけにはいかないんだ。

 なんのため総合優勝直後に電撃引退したのか忘れたの?」


「だとしても、あたしたちは姉弟でしょ。家族でしょ。

 お互いの仕事上こうして会うのは難しいけど、やっぱり遠慮されるのは寂しいよ」


「継ぎ接ぎだらけのモンスターファミリーに……」


 直人の口を翔子が直接掴んで黙らせた。


「それは禁句。

 おうけー、ぶらざ?」


 剣呑な光を宿す翔子の瞳に背筋が凍る。

 直人は黙って頷いた。

 にっこり笑った翔子が手を放す。


「本題に入るけど、お嬢様の裏はどの程度まで取れてるの?」


「何の事と、しらばっくれるのも時間の無駄か」


 諦めた直人が個人端末を取り出すと、深夜の内に集めた情報を映し出す。


 ラフィーの存在はとても浮いている。

 このイーストエンドグランプリに取ってつけたような存在だ。

 所々に多量の資金を匂わせる強引な部分がある。

 一人の少女が、何故それだけの力を持っているのか。


 疑問に思わないはずがない。

 働く側として、雇用主の素性が謎のままなのは安心できない。

 なので彼女の背景を調べるのは当然のことだ。


 というのは建前半分で、直人はラフィーが告白した言葉に深入りする決心をしたからだ。


『わたしは、一番にならなくちゃいけないの!』


 あの時、直人を見返してきた瞳は悲壮な決意を抱いていた。

 そして直人たちをこれ以上干渉させないという拒絶でもある。


 ラフィーはなぜ自分がトップを目指すのかを吐露しなかった。

 目的の芯を明かさなかった。

 おそらくラフィーが隠したい事に繋がっているのだろう。


 昨日ジュネルフに直人からは詮索しないと言ったが、待ちの姿勢も限界だ。

 チームオーナーの言葉から読み取れるものは拾い集めきった。


 ここから先、あの小さな肩に重く掛かる何かを知るには能動的なアクションが必要だ。


 整備作業の合間に教授への謝罪と事後承諾のメールを書きながら、平行してラフィー・ハイルトン・マッハマンの素性も調べ出した。


「最初はどこから手を出したものかと頭を抱えたけど、キーワードっていうのはひょっこり出てくるものだね。

 お嬢がASFの素人でありながら、既知だった天空の乙女アプサラスという単語。

 直近のねえさん二代目を個別で指している様子でもなかったから、おそらく繋がりがあるのは初代ガブリールの方だ」


「初代様の活動期って数十年も前の話よ。

 なおのこと素人のお嬢様が知っているとは思えないけど」


「こいつを見てくれ」


 直人が小さなニュース記事をピックアップする。

 そこにはガブリールの娘がとある資産家の御曹司に輿入れしたと書かれていた。


 相手の家名がずばりマッハマンだ。

 記事にはマッハマンが筆頭株主となっている企業名も軽く上げられていた。

 書かれている企業の中に、アルス・ノヴァを製造した造船業者もある。


「大活躍したエアリエルに宇宙運送と造船を母体とした企業連帯へのコネクションがあったぐらいじゃ、推理にもならわ」


「ところが、この初代の娘。

 かなり生活と性格に問題を抱えていて、浮気移り気をしまくりやがったのさ。

 十数回もの結婚と離婚を繰り返して、今は行方知れずみたいなんだ」


「うっわぁ。典型的なダメ二世なのね。

 親の重圧もあるでしょうけど、それこそ人生を掛けて乗り越えるべきものよ」


「それでガブリールの孫や曾孫だろうと類推される存在が何人かいてさ。

 オレたちとは別ベクトルで混沌としているんだ」


 翔子が神妙な顔付きで頷く。


「……なるほど。お嬢様もその一人だと言うのね。

 遺伝子鑑定とかの情報はないの?」


「そっちも探れる範囲で漁ったけど、さすがに別作業しながらの一晩じゃ時間が足りない。

 一応戸籍の話なら、お嬢は初代の曾孫になっている。

 最初に生まれたガブリールの孫の娘って間柄だ。

 資産家に残った孫の子供だから、血縁上は間違いない」


「時間が足りないとか言ながらも、そこまで調べてるんじゃない。

 さすが直人くん」


おだてられても、なにも出ないぞ」


 頭をつついてくる姉に、直人が仏頂面になる。


「それじゃあ、お嬢様の本心ってどこになるのかしら?」


「おそらく確証が欲しいんだろうな。

 自分が天空の乙女アプサラスに類する人間だという。

 時系列を考えるとお嬢がガブリールと直接面識を持っていたのか微妙なんだ」


「年齢を計算するに、お嬢様が小さいうちに初代様は伏せられたからね……」


「だから誰から見てもわかる証が欲しいんだろう。

 お嬢の目的が血統の証明なら、優勝に拘るのも解らなくはない」


 アプサラスの類縁ならば、誰よりも速く飛ぶことが出来る。

 あの少女は、そんな幼く薄い証明方法に縋っているのかもしれない。


「さらにプラスして、お嬢には時間の猶予がない。

 差し迫った何かに追われているみたいなんだが。

 こっちは原因が解らずタイムアップだ」


 大きく息を吐いて直人が端末を閉じた。

 翔子が悲しそうに話す。


「切ないわね。お嬢様の望みは。

 たった数世代の遺伝に、能力の移譲を期待するものじゃないわ。

 人間の強みは多様性よ。

 実際に、あたしたちが結果を出しているじゃない」


「総合研究所の所業が表沙汰になれば、それは別事項で大問題だけどな」


「父さんたちの努力を無駄にはしたくないから、これ以上の発言は控えるわ。

 それで、あのお嬢様は信用に足る存在なのかしら?」


 姉の質問に毛布を払って直人が立ち上がった。


「マッハマンの家名は十分に信頼できる。

 造船業者の大株主で、チーム資金の出処もおそらくここだ。

 とはいえ、ASFのチームを作って運用できるぐらい大量の資金。

 お嬢ぐらいの年齢でそれを操れる、自由にさせる家庭っていうのは恐ろしすぎるが」


 チーム・マッハマンのフライトランスポーターの内部を見渡し、その豪華さに翔子が感嘆する。


「お金って、あるところにはあるのよね。

 羨ましいわー」


「ねえさんも個人レベルじゃ十分すぎるぐらい金持ちだろ。

 まあこれ以上はお嬢の家庭の事情だから、踏み入るのは終わりだ。

 この推測がどこまで現実に沿っているのか。

 当人達に聞いて確かめるしかない」


 直人は軽くストレッチをして固まった身体をほぐす。


「後は雇用契約通りにAFのチームスタッフを勤めて、Gパルスドライブの実証データを集めるだけだ」


「あらあら、心にもないことを言っちゃって。

 このあたしを呼んだのだから、そんな平凡な結果にはさせないわよ」


「ねえさんはお嬢に勝機があると思うのかい?

 昨日のうちにアルス・ノヴァのドライブレコーダーを要約したやつ、メッセージで送ったよな。

 あの酷さを見ても臆さないとは、さすがこの世に二人しかいないアプサラス様だ。

 具体的な対策を持って来てくれたんだな」


「何を言うのよ。

 ここに来ることに集中していて、昨日からメッセージなんて一通も確認していないわ。

 パスケースの受け取りサインをしたぐらいよ」


 すっぱりと切り捨てる姉に直人が突っ込む。


「おいこら!

 なんのためにコーチを依頼したのか、根底から崩れさせる行動をするんじゃねえ。

 研究所の頃からそうだ。

 そのズボラをどうにかしろと何回言わせれば気が済むんだ」


「この際些細なことは関係ないの」


「小さくないから突っ込んでいるだよ」


「いいから聞きなさい。

 勝利というのはね……」


 空の覇者であった勝利の魔女が拳を突き上げ笑う。


「勝利というのは、渾身の力を込めた拳で掴み取るのよ!」


「……今更根性論かよ」


 直人はただ呆れるしかなかった。

 コーチング依頼した相手を間違えたのかと、後悔しはじめさえした。

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