第11話 威厳があるのだ。えっへん!




「おお……これは素晴らしい」


 水槽のある部屋に案内すると、ミッセル氏は感嘆の声を上げて金魚に釘付けになった。


「これが、ロブスター子爵が話していた……なるほど、確かに目が丸く飛び出ている……なんと!黒い色もいるのか」


 お披露目の際に減った分を補充したので、現在、一つの水槽に十匹ずつ金魚を入れてある。水槽は四つで、そのうちの二つに和金、一つに出目金、残りの一つにらんちゅうだ。ミッセル氏は水槽の間を行ったり来たりしてふんふんと鼻を鳴らしている。


「いやはや本当に……誰も見たことがない美しい魚です。是非、我が商会で金魚を取り扱わせてはいただけませんか?」


 ミッセル氏は目をきらきらさせて熱心に申し出てきた。

 ふむ、どうしよう。

 貴族相手に商売をするのなら、商会を通した方がいい。ただし、ミッセル商会が信用のおける相手かどうかを見極めなければならない。


「すぐには決められぬな。今日のところは金魚を見るだけで満足してくれ」


 お父様が私の代わりにそう言ってくれる。


「かしこまりました。では、三日後にまたお訪ねします。どうぞ、その際には色よい返事を」


 ミッセル氏はあっさり引き下がって、その後は金魚を眺めるのに終始した。押すべきところは強引に押してくるが、引き際もいい。彼はきっと有能な商人なのだろう。


「こちらは和金もしくは小金といいます。目が出ているのは出目金といって、こちらの瘤のあるものがらんちゅうです」

「名前も姿も違うが、全て金魚なのですか?」

「ええ、そうです」


 私はミッセル氏の隣に立って簡単に金魚の説明をした。


「餌は藻やイトミミズです。パン屑も食べますが、一番いいのはイトミミズです。ただし、食べ過ぎると死んでしまうのでやり過ぎは禁物です」

「ほう。これは乾燥したイトミミズですか?」


 水が汚れるので定期的に入れ換えなければならないこと、一つの水槽にたくさん入れすぎると窒息してしまうこと、上手に飼えば十年以上生きることもあるということなどを伝えた。


「実に興味深い。この透明のガラスの容れ物も、こんなものは見たことがありません。しかし、金魚を観賞するには確かにこの透明な容れ物がふさわしい」


 ミッセル氏はガラス水槽も褒めたたえたので、私はキース様に向けてにっこり微笑んだ。


「大変貴重なものを見せていただきありがとうございます。では、また三日後に」


 帰って行くミッセル氏を見送って、私はふうと息を吐いた。


『やったね!アカリア』

『あの人が金魚を売ってくれるね!』


 きんちゃんとぎょっくんはミッセル氏の周りをずっと飛び交っていた。どうやら、いよいよ金魚がこの世界に広がることが嬉しいらしい。


「お父様はあの方をどう思われました?」


 私が見る限り、ミッセル氏は有能で信用のおけそうな感じだったが、いかんせん私には王都の商会の評判などがまったくわからない。


「どう思うね?キース」


 お父様がキース様に尋ねる。


「ミッセル商会はそれほど大きくはありません。どうやら代替わりしたばかりのようで、新しい主の手腕はまだ未知数です。もっと大きい……ナリキンヌ商会やグローバレン商会ならば高位貴族にも顔が利きますが」


 キース様は『ガラス創造』の一族に生まれたため、商会のことに詳しいようだ。


「今のところ悪い評判も聞きませんが、あの男を信用出来るでしょうか?」

「ふむ。抜け目のなさそうな感じではあったが、悪人とも思えないがな」


 私もお父様と同意見だ。ミッセル氏は悪い人には見えなかった。もしもあくどい商売に手を染めていたり儲けのためならなんでもするような人物なら、貧乏男爵家の足下を見て居丈高に向こうが有利な契約を押しつけてきたかもしれない。


『売らないの?』

『売らないの?』


 きんちゃんとぎょっくんが私の頭をつんつんしてくる。

 もうちょっと待ってね。人間の世界にはいろいろあるのよ。


 ミッセル氏の申し出については夕食後にまた話し合うことにして、キース様はお父様から領地経営を教わるために執務室に向かい、私は夕食の支度のために買い物に出た。


 えっちらおっちら町まで向かうと、きんちゃんとぎょっくんが頭をつんつんしながらついてくる。


『売ろうよー』

『広めようよー』


 もー、この金魚達は。


「慎重にならなくちゃ。信用の出来ない人に金魚を預ける訳にはいかないでしょ」

『むー』

『ぶー』


 まったく、せっかちさん達め。


「あら、お嬢様。今日は人参が安いよ」


 顔見知りの八百屋のおかみさんが声をかけてくれる。ジャガイモと干し肉はまだ残っていたから、人参とタマネギを買ってシチューにしようかな。


 人参を買っていると、頭の上できんちゃんとぎょっくんが『あ』と声を上げた。

 その直後、男性の怒鳴り声が響いた。


「このクソガキ!!」


 振り向くと、男性が小さな子供を捕まえて殴りかかっているのが見えた。


「人の財布を摺りやがって!」

「ご、誤解だよ!落としたから拾っただけだよ!」


 捕まえられた男の子は頭を庇いながら喚いている。


「嘘吐きやがれ!テメェが泥棒だってことは皆知ってんだよ!」


 男性が子供を蹴り飛ばしたので、さすがに見過ごせなくて止めに入ろうとした。だが、その私の肩を掴んでおかみさんが止める。


「危ないよ。お嬢様が首突っ込むことないよ」

「でも、あんな小さな子に……」

「あの子は盗みの常習犯なんだよ。母親が病気で貧しいからって、憲兵には突き出さないでやってるんだけどねぇ」


『アカリア、あの子だよ』

『忍び込んできたのあの子だよ』


 言われてよく見ると、確かにあの夜にちらりと見かけた男の子に似ていた。


「このこそ泥がっ!!」

「あっ……」


 男性が拳を振り上げた。私は思わず駆け寄って男性と子供の間に割って入った。


「暴力はやめてくださいっ!」

「なんだテメェ!どけろ!」


 男性に睨みつけられるが、私は男の子を背中に庇ったまま言った。


「小さい子供に暴力を奮ってはいけません。この子には謝らせますから」


 私は男の子を振り返って言い聞かせた。


「この方に謝罪しなさい。人のものを盗ってはいけません」


 男の子は目を瞬いた。


「なんだよ、お前……」

「謝りなさい」

「関係ないだろ!!」

「いいえ。関係あります」


 私はすっくと背筋を伸ばし、男性と男の子の両方に言い渡した。


「我がゴールドフィッシュ家の領地で盗みと暴力が行われるのを見過ごすことは出来ません」


 私の言葉で正体がわかったのか、男性がさっと顔色を変えた。男の子は目を丸くして黙っていた。


「お、お嬢様でしたか……いや、これはとんだところを」


 急に男性の腰が低くなる。貧乏ではあっても私も貴族の端くれ、これぐらいの威厳は示せるのだ。えっへん!


「さあ、謝りなさい」


 男の子に向かって促すと、彼はぐっと目を怒らせて私を睨みつけた。


「きゃっ?」


 突然、男の子に何かを投げつけられて、私は思わず目をつぶった。ぱふっ、と音がして、かすかに風が顔にかかった。


「命令するんじゃねぇ!貧乏貴族のくせに!」


 男の子は捨て台詞を残して逃げていった。


「お嬢様、大丈夫かい?まったく、貴族様になんてことを!」


 おかみさんが顔を青くする。確かに、私だからいいものの、よその貴族にこんな真似をしたら子供であってもただでは済まない。


「大丈夫です。……あの子の名前は?」

「確か……クルトだったかね?母親はエリサっていったはずだよ」


 我が家に忍び込んだことも含めて、一度しっかり注意しなくてはならない。貴族に対してあんな態度をとれば間違いなく処罰されること、貴族の屋敷に侵入すれば死罪にもなりうることを言い聞かせなければ。


 私はそう決意した。



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