夢の中の男は、僕のいるこの世界をギャルゲーだと言っていた。

第23話

　魔法学園の敷地は広く魔法訓練所や舞踏会場、芸術劇場などのヒロインとのイベントが起こる様々な施設からがある。

　これは知識にあったから別に驚くこともない。ただ、

　――イベン通りって何……

　知識にない飲食店や雑貨店、洋装店などの様々な店が並ぶイベン通りというものがあったのことには驚きを隠せない。しかもほぼ全てが王都では名の知れた有名店の支店。

　通っている生徒がほぼ貴族だからその顔繋ぎのため？

　やはり全てがゲーム通りという訳ではない。入学する前の僕だったらそんな事実は不安でしかなかったが、今の僕はそのことが少し嬉しく思うようになっている。

　その理由は大したことはない。僕はあんな王子が知識にある主人公だとは認めたくないだけのこと。

　邪神竜の討伐で必要になる竜の紋章だって別にアレス王子じゃなくても僕の前を歩いているマルク皇子だって宿しているんだ。

　ゲームではいいところを全てアレス王子に奪われたライバルキャラだけど、第一印象はアレス王子より遥かにいい。サポートするならマルク皇子の方がいいと僕が思うほどに。

　それに同じグループになったのも何かの縁だろう。

　――となると、ルイセ様、セシリア様、マリア様、リーディア様の内、誰か一人と仲良くなってもらった方が確実か。でもな……下位貴族の子息でしかない僕にどうやってその機会をつくるかが問題だな。彼女たち（ヒロイン）に僕が声をかけたところでうまくいくとは考えづらい。んー最悪、魔眼に頼るか？　

　これはまだ試したことないのだが、操られたことすら気取られないほど、ほんの一瞬だけパスを繋ぎ「あっちに行ってみようかな」というようなふとした行動をとらせるような、思考誘導のようなことができないかなと考えているのだ。

　――うーん。

　今は確信が持てないから今度、時間があるときにでも練習してみよう。

　でもなぜだろう。前を歩くマルク皇子とその護衛の二人の歩く後ろ姿を見ているだけでムラムラしてくる。

　――あの、ぷりっと引き締まったお尻が……！？　ち、違う。

　異性相手にそう思うのならば絶倫スキルの所為で性欲が増しているからだと、まだ理解できるが、マルク皇子とその護衛の人は男性だ。

　――僕にそんな趣味はなかったはずになのに……これは何かの間違い、きっと気のせい気の迷いに違いない。

　でもそれを完全に否定しきれない自分が居るのも事実。一体僕はどうしてしまったのか……気を抜けば今にも後ろから抱きつきたい衝動が……

　――いやいや、僕は認めない。同性に興味なんてない……あるわけないんだ。

　やり場のない恐怖を誤魔化すかのようにそっとトワの手を握ってから、すぐに手を離す。

「ん？」

　トワは僕のそんな行動を不思議そうに首を傾げたが、

「ごめん、トワの手にちょっと触れたくなったんだ」

　僕の身体の一部を見たトワが嬉しそうに笑みを浮かべて「夜まで我慢だね」と笑う。

　そう、僕は僕が正常である事を確かめずにはいられなかったのだ。

　――大丈夫。僕は正常だ。

　トワに頷き返していると先生の声が前方から聞こえてきた。

「ここが最後だ」

　先生が最後にと案内してくれた先はダンジョンの入口だった。

　――へぇ、ここが学園のダンジョンか……

　夢の中男の知識では知っていたが、実際にダンジョンを目にすると柄にもなく心が踊った。

「早速だが、皆にはこのダンジョンの体験をしてもらおうと思う。

まあ、とは言っても今日のところは初日ということもあり一階層のみになるがな」

　この王都には王家が管理するダンジョンと学園が管理するダンジョンと二つのダンジョンがある。

　ダンジョンには様々な魔物が生息している。というか魔物はダンジョンにしかいないのだが、魔物は倒すと生活を豊かにする様々なダンジョン資源をドロップする。

　しかも魔物は倒してもしばらくすれば湧き出し枯れることがない。

　他にもダンジョン鉄やダンジョン銅などのダンジョン鉱物なんかが採掘できる特殊ダンジョンなんかもある。

　もちろんこちらも枯れることがないが、こういった特殊ダンジョンの知識は夢の中の男の知識からではなく貴族に生まれた者ならば学んでいて当然の知識だ。

　ただ王都のダンジョンは王家が管理していて一般開放されているが、学園のダンジョンは学園が管理していて一般開放されていないという違いはある。

　なぜ学園のダンジョンが一般開放されていないかといと規模が小さいためだ。しかも魔物の数も少なく一度倒すと丸一日は魔物が現れない。かなり効率の悪いダンジョンであり、それならば一般開放するより学園で学ぶ者のために利用する方がいいと国が判断した結果らしい。

　このことは王都に住む者なら誰もが知っていることなので先生がそのことに触れることはない。

「自分たちがダンジョンで学ぶことがあるのかと不思議に思った者もいるだろうが、これはこの学園に入った者皆に体験してもらっていることなので諦めろ、と言いたいところだが、意味を知らずに学ぶのと意味を知って学ぶのでは身の入り方が違うので少しばかり説明をしておこう……

　うーん、そうだな〜、ダンジョンは各領地に最低一つはあることは知ってるよな。まあ知らなくても後でもう一度学ぶことになるだろうが、つまりそれは領地持ちの貴族はこのようなダンジョンを常に管理する義務が発生しているということでもあるわけだ。この中にもそのような者がいるだろう」

　先生がそう言うと何人かの貴族子女が頷く姿が目に入る。

　頷いた者たちはたぶん領地持ち貴族の令息か令嬢なのだろう。

　――そういえば……

　ネックラ家は宮廷貴族になるからすっかり忘れていたが、夢の中の男、ゲームの知識ではダンジョンの数はたったの７つだった。

　でも今の現実世界ではこの王国だけでも20以上はある。大なり小なり違いがあるが、それだけ領地持ち貴族が多い。

　ただし、この国の領地持ち貴族の爵位は保有するダンジョンの数で決まっているので爵位が高い貴族ほど管理するダンジョンの数が多いということになる。ダンジョンは資源を生み出すからダンジョン保有数の多い貴族はかなり裕福。まあ管理はそれだけ大変だろうけど。

「自分は関係ないと思った者よく聞け。未来のことなど誰にも分からないからな。中にはそんな貴族に仕える者、ダンジョンに潜って自らの力で収入を得る者が出てくるかもしれない。だからこそ私たちは忘れてはいけない……」

　そこで先生は一度皆の顔を見渡し言葉を続けた。

「ダンジョンには資源が多く我々の生活を潤してくれるが、それと同時にスタンピード（魔物の氾濫）という厄災を引き起こす危険性も兼ね備えているということを。

　皆も聞いたことがあるだろう。十数年前に一度だけスタンピードが起こり、巻き込まれた八つの町や村が一夜にして滅んだことを。

　そして、その原因が領地持ち貴族がダンジョン管理を怠ったからであることを」

　――スタンピードか……

　ゲームではこのことに触れるような内容のイベントはなかったが、これから数ヶ月後、邪神竜の力が増しスタンピードが起こってしまう。

　当然、その時に巻き込まれた町や村がいくつか滅ぶ。これは避けようのない出来事だったが僕はこれをどうにかしたいと密かに思っている。

　今はまだ何の手立ても思い浮かばないんだけど。

「とまあ、少し真面目な話しになってしまったが、ほとんどの者がダンジョンに入ったことがないだろうから……

　今日は取り敢えずダンジョンとはどんなものか肌で感じてくれ。ただ卒業するまでにはこのダンジョンを踏破できるぐらいの実力は身につけてもらうがな」

　と先生が言って少し戯けて見せるが、スタンピードの話を聞いた生徒たちの表情は暗い。

　特に領地持ちの貴族子女。本来ならこんな状態でダンジョン探索なんてやめた方がいいのだろうが、これは貴族にとって必要なことだから仕方ない。

　でもまあこの学園のダンジョンは少し特殊で一階層は全く魔物が出ないんだよな。

　あるとすればこの学園の先生たちが仕掛けた悪戯トラップのみ。

　そんなことを知っているのは僕、そして、一度学園を卒業しているアレス王子の護衛騎士たちのみ。たぶんみんな何らかのトラップに引っかかり酷い目に遭うだろうと思っているがいいこともある。それは罠察知スキル。

　その才がある者ならば罠察知のスキルを身につけるための何かを掴めるはずだ。

　これはゲームの知識からと師匠から学んだ僕の実体験からそう思ってる。

　ちなみに僕とトワはすでに身につけているがアレス王子は身につけていない。護衛も罠の場所を覚えているだけで身につけていない。

　ゲームでは後から護衛を外して罠に引っかかりまくれば取得できたが、果たして……

「おいみんな、この国には私がいるのだぞ、何を恐れる。ほら行くぞ」

　ふっと笑みを浮かべた王子。どうやらアレス王子は護衛騎士から罠しかないという情報を得ていたのだろう。

　余裕たっぷりのアレス王子が皆に「私が先頭を歩こう」と言いダンジョン内へと入っていく。

　とんだ茶番劇であるが、何も知らない皆からすれば頼りになる王子だという認識が根付いていることだろう。皆が尊敬の眼差し送っていた。

　皆が入り、僕たちの班は最後にダンジョンに入った。