第11話
さらに六ヶ月が経った。
僕はまだ王都にいる。ネックラ家の屋敷から離れることなくその敷地内で鍛錬に励んでいる。
体力面では一昼夜どころか二昼夜、三昼夜だって走りきる自信だったついた。
それなのに師匠は口を濁す。師匠はなんだかんだで優しいところがあるのから、僕を気遣ってくれているのだろうけど。やっぱり悔しい。
だって、師匠が僕に言いよどほど、僕にはまだ、里に向かえるほどの実力がないってことにほかならないのだから。
僕としては師匠との鍛錬は楽しい。実力もそれなりについてきたと思っていた。
僕は、師匠に申し訳なくて「落ちこぼれですみません。もっと頑張ります」と、見捨てないで欲しいとお願いすれば「そんなはずない」全力で否定してくれた。
僕はいい師匠に恵まれた。見捨てないでくれる師匠に感謝して思わず涙にこぼれそうになった。
その後も師匠の下で鍛錬を続けて、更に数ヶ月経ったが、ここ最近、ふと、師匠の行動におかしな点があることに気づいた。
そう、それは師匠は三日に一度、姿(気配)を完全に消している時間がある。
ほんの僅かな時間ではあるが、影術を学んだからだろう。
そんな師匠の行動でさえ少しずつ見えてくるようになった。僕はそんな師匠の行動を興味本位というか、少し気になり隠れて追ってみたのはよかったけど、向かった先は王宮だった。僕は心の中で師匠に謝まりつつ慌てて引き返したよ。
そりゃそうだ。師匠は元々陛下の命で僕に鍛錬をしてくれている。その報告に向かったところで不思議ではない。ただ、その僕の出来が悪くて申し訳ないけど。
僕も陛下からネックラ家を離れて学ぶように言われていたから、きっと師匠は肩身の狭い思いをしているに違いない。師匠すみません。認めてもらえるようにもっと頑張ります。
それからより一層鍛錬に励み、師匠が与えてくれる課題を全て達成していった。
師匠は必ずといっていいほど驚いた顔をみせる。そしてしばらく考え真剣な眼差しを向けた後には、また新しいことを教えてくれる。
驚いた素振りをあえてみせてくれるのも僕のやる気を起こすため、師匠なりに僕に配慮でもしているのだろう、そんなことしなくていいのに。でもその心遣いは正直うれしい。僕にもっと気合が入ったよもたしか。僕って思ったより単純だったようだ。
そんな僕、気づけば出来ることがかなり増えていた。さすが師匠だ。
でも最近僕の心を揺さぶる出来事がある。いや、起こる。というのも今母上のお腹はパンパンに大きくなっている。
父上の話ではいつ子どもが生まれてもおかしくないのだそうだ。
つまり、もうすぐ赤ちゃんが生まれる。僕の弟か妹が。早く会いたい。とても会いたい。
だから、あれほど行きたかった梟の里(暗部の里)ですら、しばらくは行きたくないと思うこともしばしば。
これじやいけないと思うのだけれど、僕は生まれてきた赤ちゃんにお兄ちゃんだと認識してもらいたいのだ。師匠には口が裂けても言えないかど。師匠不幸者な弟子ですみません。
「クライ様……」
「うん」
いつものように身体を重ねていた僕とアンナは、その行為をやめ上体をゆっくりと起こすと〈影具〉を使った。
何も身につけていない全裸の僕たちの身体に、周辺の影が纏わり付き、その影が黒装束へと変化する。
これは影術の一つ。周辺の影を集め思い通りの武器や防具に具現化させるというもの。
ただ黒一色で、僅かだが使用中は常に魔力を消費する。しかも、その強度は影術使用者の練度や魔力、能力によって左右されてしまうので未熟なうちはあまり信用しない方がいいと師匠は言っていたけど、これはかなり便利なモノで、僕とアンナは学んだその日から常に使用し続け、消すのはアンナと寝る時だけだ。
今の僕とアンナの魔力量は、かなりの量になっていて常時発動していても尽きることがないからなんだけど、これも絶倫スキルのおかげだと僕とアンナはそう思っている。
だって僕とアンナが身体を重ねれば重ねるほど少しずつではあるが魔力量が増えていたのだから。
これは今でもずっと。でもだからと言ってこんなこと人に言えるわけないんだね。
師匠? 師匠はただただ僕もアンナの魔力量の多さに驚いているだけだ。
僕とアンナは黒装束に身を包むと、黒い短刀を両手に持つ。
「よし」
「はい」
こんな影の短刀でも、魔力をぐぐっと込めれば父上からもらった僕の長剣よりも強力でよく斬れる。
「一人、二人……四人だな……ん? 今回はそれぞれが別行動をとるのか」
最近になって頻繁にやってくるようになった闖入者たち。今回で三度目だ。剣術の鍛錬で学んでいた〈気配察知〉に影術の一つ〈影察知〉でその人数を把握した。
影察知は周辺の影に自分の魔力を流し影に触れている者の位置を把握するというもの。
慣れてくれば把握したターゲットがどんな行動をとっているのかすら分かるようになる。
でも今の僕では五十メートル程度しか把握できないけど。
たぶん師匠ならもっと広範囲に渡って展開できるんじゃないかと僕は思っているけど、師匠は、今はその時ではないと教えてくれない。
本当ならこれ気配察知と影察知に魔力探知を加えればより確実なんだけど、魔力探知は他の探知よりも魔力を多く使用してしまうので未熟な者が使用すれば逆に相手に自分の位置を知られてしまう恐れがある。
影術を中心に鍛錬してきた僕の魔力探知は影察知よりも遥かに練度が低いので、今回も使用しないことにした。
「私もそうだと思います」
「うん。たぶん師匠も気付いているだろうから、それぞれ一人ずつ相手するとして、残りの一人は早い者勝ちってことにしようか」
「はい」
「あ、でも危険だと判断した時はすぐ撤退して合流すること。これ絶対だから」
「はい。でもそれはクライ様もですからね。私クライ様に何かあったら後を追いますので、私を殺したくなかったら無理をしないでくださいね」
「……それは嫌だね。分かったよ。僕も無理をしない」
「それならいいです」
――――
――
アンナと別れて僕は屋敷の裏手に回った。ここには木々の生い茂り身を隠すには適している。僕も暗部式の鍛錬を学んでいなかったらそんなこと思いもしなかっただろう。
――いたっ。あそこだな……
相手はまだ僕に気付いていない。僕は目的の人物を捕捉すると音もなく走り軽く跳躍して木の枝に着地する。
「!?」
目の前の人物は、突然現れた僕に目を大きく見開き驚きを露わにする。
――さすがに声は上げないか……まあ、それでも関係ないんだけどね。よしっいまだ!
相手が驚き目を見開いていた一瞬の隙に、僕は魔眼を展開して相手の行動を奪う。
相手との間に、赤い魔力の糸で繋がったような感覚がした。
――成功だ。
黒装束を纏ったその人物から表情が抜け落ち、目の色がフッと消える。
「君はその場で待機しててくれ」
「……はい」
その黒装束の人物は僕の指示に素直に従い木の枝の上で動きを止めた。
――ふぅ、今回はうまくいったか……
前回、前々回は相手を無力化してから魔眼を使い、その目的を確認しようと思ったのだが、あと一歩のところで自害されて失敗してしまった。
しかも、自害した闖入者は死体すら残らず消滅した。かなり吃驚したけど師匠曰く、相手に情報を渡さないために、そんな闇の魔法具なんてものがあり、暗部の世界ではよくあることらしい。なんて恐ろしい世界なんだろうと思った。
だから今回やっとうまくいったことが嬉しい。これで少しは情報を引き出せる。
――師匠とアンナは……まだ相手しているのか。じゃあ僕が残りの一人の下に向かうべきだな。
僕は操った闖入者の一人をその場に待機させたまま、屋敷に侵入しようとしている残り一人の闖入者へと向かった。
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