夢の中の男は、僕のいるこの世界をギャルゲーだと言っていた。

第10話

　〈黒影ゲイリー視点〉

　ゲイリーの任務は二つあった。

　一つは、ネックラ家の嫡男クライに暗部の世界がどういったものか、さわりだけでも触れさせ影人（忍者や暗殺者のような存在）とはどういった輩なのか理解させること。

　もう一つは、妊娠した姉リリア・ネックラに代わり、真偽眼の所持者であるネックラ子爵家当主マクロを護衛すること。どちらかと言えばこちらが本命だ。

　さすがに人の命が軽くみられている暗部の世界を、まだ成人してもいない（影人として幼少期から鍛えられている子どもたちは省かれる）クライに触れさせるには少し早いという意見もあったようだが、陛下が、

「魔眼持ちは何かと命を狙われ短命な者が多い。それは何故か。言わずもがな魔眼所持者を疎ましく思う輩が暗部を放つからであろう？　ワシはそれを少しでも改善したい。ましてやクライの色眼の能力は非常に優れている故、味方ともなれば非常に頼もしいが、敵対すれば脅威でしかない。その価値を知られれば間違いなく消されるだろう。そこで自分を狙う存在である暗部とは何かを、暗部の世界をかるく触れさせ理解させることで、自身の身の守り方を学んでもらおうと思ったのじゃ」

　と反対した宰相たちの意見を退けたのだ。

　俺も陛下の意見には賛成だった。魔眼保持者は弱者、強者関係なくよく狙われ暗殺されてきた。

　真偽眼を保有するネックラ家の前当主もそう、鑑定眼を保有するミルック家の前当主も、結界眼を保有するバリアーク家の前当主もそうだ。

　レドラ王国に所属する魔眼三家全ての前当主が他国の暗部に暗殺されているのだ。

　これは俺たち護衛影人にとっては二度と起こしてはならない、屈辱的な出来事だった。

　そして陛下が言われたように、マクロ殿の嫡男クライはその三家とは違う新たな魔眼、色眼を宿した。

　今のところ情報を操作し誤魔化してはいるが、他国から狙われるのは時間の問題だろう。

　だからこそクライには、その辺りのことを、自分の置かれている立場を早くから理解させていた方がいい。そう思っていたが……

　これは一体どういうことなのか……

　クライとアンナの二人は、たった一月で俺のスピードについてくるようになり、さらにその一月後には跳躍力までも俺と並び、難易度の高い魔力の使用を禁止した状態での「壁走り」すら平気でこなす。

　さらにその一月後には魔力を纏い走る「高速走り」と、隠密行動を行う上で基本となる「影走り」（足下に魔力を履かせて音を消して走る）までも易々と身につけてしまった。

　普通ならばここまで身につけるには優秀なヤツでも六年はかかるというのに……

　姉上も天才だったが……こいつらもそうだというのか……いやきっとそうなのだろう。特にクライは姉上を超えるかもしれん。

　クライとアンナが、何やら期待した眼差しを俺に向けてくる。純粋に学ぶ楽しさを知った目だ。

　普通ならば血反吐を吐き、辛くて死んだ目になるほど過酷な課題を出しているというのに。なんてやつらだ。

　しかし本当に参った。

　陛下は触りだけだと言ったが、その触りはこの三ヶ月で全て終えてしまった。

　クライには適当なことを言って誤魔化していたが、俺は任務上、姉上の出産を終えるまではマクロ殿から離れない。この屋敷から離れない。

　俺は天を仰ぎ、考えるのをやめた。やめて触りどころか影人の中核ともなる影術を教えてみるのもいいかと思ってしまった。

　こいつらがどこまで出来るか期待したくなったのだ……

　――――

　――

　〈クライ視点〉

　師匠の訓練は、貴族としての嗜みとして学んでいた剣術の鍛錬と全く違ってとても厳しいものだった。

　けど、できなかったことが出来るようになる感覚はやっていてすごく楽しい。

　最近教えてくれた魔力の扱い方、纏い方にしたって、ただ放出していた今までの魔力の使い方と全然違い、魔力効率がかなりいい。

　でも、三ヶ月も経っているのに、まだネックラ家で鍛錬している僕は、かなり情けなく、自分でも落ちこぼれではないのかとふとした拍子に考えてしまう。これでも僕はネックラ家の嫡男なのだ。

　――早く認めてもらわないと……父上と母上に申し訳ない。

　そう思い師匠に視線を向けてみれば、師匠はしばらく空を見上げていたかと思えば、ゆっくりと口を開いた。

「今日から影術を教える」

「影術、ですか？」

　――『影術なんてきいたことない』……ん？

　夢の中の男の声が頭を過ったが、これは初めて夢を見た日からたまにあることなので気にしても意味がない。

「そうだ。とは言っても今まで行ってきた鍛錬は全て続ける。続けて、そのあとに時間が余ればってことだ。

　だから今までと同じペースで鍛錬しても時間は足りない。

　そうなれば、いつまでたっても影術を教えてやることはできんがな」

　そう言った師匠から厳しい視線を向けられる。思わず僕は背筋をピンと伸ばした。伸ばしてふと思う。

　――……ということは今までの鍛錬は基本中の基本で、今からが本格的な鍛錬が始まるってことか。

　よかった。僕も次のステップに進めるってことだ。よしっ！

「「了解っ」」

　僕とアンナが短く承諾の返事する。

　これも、迂闊なこと、余計なこと話さないようにする訓練。なるべく返事は短く、要点をまとめ口数は少なくするように師匠に指摘されている。

　その弊害とでもいうのかな？　訓練が終わった後のアンナはすごくおしゃべりになる。だけど、それはそれで、今までなかったことだから楽しくてしょがないんだけどね。

「では、まずは魔力を纏わずにこの屋敷の周囲を百周だ。ついて来い」

「「はいっ」」

　師匠の走る速度は魔力を纏わなくてもかなり速い。けど、このペースなら、いつも走っている慣れている。ならば、

「師匠、もう少しペースを上げても大丈夫ですよ」

　僕は早くいつもの鍛錬を終え、影術を学びたい。

「そ、そうか……」

　師匠の走る速度が少し上がった。でも師匠は少し手加減してくれたのか、僕はもう少し速くても大丈夫そうだ。

　並走するアンナに合図を送れば、アンナも、もう少しなら大丈夫、という合図が返ってくる。

「師匠、お気遣い感謝します。ですがもう少しペースを上げてもらってもいいでしょうか」

「っ！？　そ、そうか分かった」

　師匠の走る速度がさらに上がりちょうどいい速度になった。

　これでも表情の変化がない師匠には遅いペースだろうなと思ってしまう。

　――もっと頑張ろう。

「師匠、すみません。僕にはまだこんな遅いペースでしか走れません。もっと精進ますっ」

「そ、そうか。でも無理はするなよ。身体を壊しては元も子もないからな」

「ありがとうございます。でも師匠。僕はネックラ家長男です。あまり甘えてばかりもいられません。明日はもう少しペースを上げてみたいと思います」

「！？　お、おう。そうか。うむ、そうだな」

　一瞬だが、師匠の肩が跳ね上がった気がしたけど、石でも踏んだのだろうか？　石は危ない、悪ければ足を挫き魔力で補助しなければ痛くて走れなくなるほど悪化することもあるのだから。

　それから、全ての鍛錬のペースを少しずつ早めた。僕はどうしても影術を学ぶ時間を確保したかった。

　だけど、タイミングが悪いことに突然、師匠宛に密命が届き、今日の鍛錬はお開きとなってしまった。とても残念。

「アンナどうする？」

「そうですね……せっかくですし……」

　アンナもまだまだ体力に余裕があるようで、僕ともう少し鍛錬がしたいと言ってきた。

「そうだね。せっかくだもんね。二人で影走りの鍛錬でもしようか」

「はい」

　影術が、学ぶ事ができなかったのは残念だったけど、僕とアンナは時間になるまで影走りの鍛錬をして充実した時間を過ごした。

　もちろん、体力の限界を超えていた黒影が、与えられた寝室で横になって唸っているなど知る由もないクライとアンナであった。

「うぅぅ……（あ、あいつらの体力は絶対おかしい……）」