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 真っ黒な心を見続けてきたからこそ強くなった心――。

 それが愛衣だった。

 だからこそ平穏な今がある。

 うそ、ウソ、嘘。

 良い嘘。悪いウソ。楽しい嘘に悲しいウソ。

 みんなウソ。皆、みんな、ミンナ嘘吐きだ。

 言い方を変えれば本音と建前。

 ウソがあるから今日も我が家は平穏だ。

 例えば、母が同窓会に参加すると言って浮気相手と小旅行に行ったり。

 父親が同僚と飲みすぎて帰れなくなったからと言っては部下の家に泊まるようになり。

 今では妊娠騒ぎで頭がいっぱいだったりとか。

 それら全てを知っていながらも口にしないから。

 今日も三人そろって朝食が食べれるのだ。

 だからこそウソこそが世界の秩序を最も忠実に守り。

 ウソこそが世界の安定を最も保証してくれる存在なのだと愛衣は心から信じていた。

 相手の本心を見抜くことにたけた愛衣。

 彼女にとって克斗の存在は貴重だった。

 その理由として最も重要な点は始めて出来る異性の友達になるかもしれないからだった。

 だからこそ気をつけなければならない。

 自分が人の心を見透かすのが得意だと言う事を――。

 だからこそ慎重にならなければならない。

 彼が自分とどう付き合っていきたいのかを知る事を――。

 人の気持ちはウソがあるからこそ成り立っている。

 嘘を支柱として家を建てては自分が倒れないようにと踏ん張っているのだ。

 そんな当たり前の世界に、彼らの大切な大切な、とても大切な心の支えを食い荒らす害虫が現れたら人はどうするだろうか?

 答えは体験済みであり。現状である。

 愛衣には友と呼べる人は一人しか居ない。

 彼女は愛衣を受け入れる代わりに他の全てに嫌われる道を平然と受け入れた。

 でも、その理由は特別な人種だけが持つ固有なものだと信じたい。

 なぜなら彼女が、他と引き換えに自分を選んだ理由が愛情でも友情でも同情でもなく利用価値があるからだ。

 彼女の心はいっつも真っ黒だった。

 いっつも悪巧みをしていて、ソレを律する理性があるから犯罪者になっていないだけなのだ。

 もともと有った人の心を計算して先読みする才能に加えて愛衣の読心術を盗んだ彼女は自分以上に嫌われやすい存在だろう。

 毎日一緒に居れば嫌でも彼女の心を見せられる。

 毎日毎日真っ黒な心を見せられて平気なわけはない。

 怖くて逃げ出したくなる事が日課だった。

 でも彼女以外に頼る人が居なかったから。一緒に居るしかなかった。

 そして彼女の思惑通り愛衣の心は強くなり。自分以上に嫌な存在でも生きていけることを知り。

 人の暗い部分。本音を知ってもなお上辺を取り繕うテクニックを学んだ。

 そして自分達が持ちつ持たれつの関係だと気付いた時には遅かった。

 彼女以外に本音を語る人を作るということを止めてしまっていたのだから。

 それでも彼女は、愛衣が交友関係を広げる事を望み。

 愛衣は否定してきた。

 はずなのに――。

 予想外だった。

 文字通り間に割って入ってきた存在が現れたのだから!

 彼女の存在があったからこそ今朝の朝食も笑って食べられる。

 父親は離婚して新たな家庭を作りたいと思っていて母親が浮気でもしてくれないだろうか? なんて考えている。

 母親は母親で、父親の浮気に気付きながらも放置していて慰謝料を目一杯ふんだくる算段も終わり。

 今の浮気相手が奥さんと別れてくれたら愛衣に紹介しようと考えている。

 現在は、どうやって娘に恋人を紹介するか思案中。

 愛衣の見解では母の勝ちだと思っていた。

 そして愛衣はキズついた演技をして、式部家に養子として迎え入れてもらうことになっている。

 両親にとってもそれは都合のいい話。

 後は、手切れ金というか……お金だけの問題だった。

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